今月の音遊人
今月の音遊人:中川晃教さん「『音遊人』のイメージは、雲を突き抜けて、限りなくキレイな空の中、音で遊んでいる人」
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ヴォイス・オブ・バチェプロトが日本デビュー。インドネシア女性社会派メタル・バンドによるとてつもなくやかましい声
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2024.6.12
tagged: 音楽ライターの眼, ヴォイス・オブ・バチェプロト, VOICE OF BACEPROT, VoB, Retas
半世紀以上の歴史において、ハード・ロック/ヘヴィ・メタルは多種多様な進化を経てきた。“長髪マッチョ男がエレキ・ギターを持ってポーズを決め、その腰にセクシー美女がしがみつく”みたいなステレオタイプなメタル像に対し、メタル・ゴッドの異名を取るジューダス・プリーストのシンガー、ロブ・ハルフォードはツルツル頭のゲイという真逆の存在だ。その一方で“早朝ヘビメタ”も日本のメタル・カルチャーを語る上で欠くことの出来ない要素だし、“髪の毛をツンツンに立ててプロテクターを着込んだ『北斗の拳』のザコキャラみたいな男たちがバイクで突っ走る”という偏ったメタルのイメージも英国のバンド、ローグ・メイルが実現させている。いかに極端に誇張されたイメージであっても、メタルは容易く呑み込んでしまう。むしろ、より極端なものを喜んで受け入れるのがメタル愛好家というものだ。
だが、そんな彼らをも驚かせ、注目を集めているのが、2024年6月にアルバム『レタス(Retas)』で日本デビューを飾るヴォイス・オブ・バチェプロトだ。
ガールスクールやロック・ゴッデスなど、メタル界において女性バンドは重要な位置を占めてきたし、現代ではトップ・バンドにも女性メンバーがいるなど、日本でもガールズ・メタルや嬢メタル・バンドが活躍。もはや女性はマイノリティでも何でもない。
さらにメタルは欧米のものではなくグローバル化が進み、世界のどこにでもバンドとファンが存在する。そんな中でインドネシアは古くから西洋のロックが根付いており、1975年にはディープ・パープルが公演を行っており、そのとき前座を務めたゴッド・ブレスは今日もレジェンドとして活動中だ。近年では数万人の観衆を動員するメタル・フェスティバル“ハマーソニック”が開催され、ジョコ・ウィドド大統領もメタル・ファンであることを公言するなど、アジアでもメタル人気の高い国として知られている。
ただインドネシアは社会や宗教の規範が厳格であることで知られている。信教の自由が認められているものの、6大宗教に限られており(国民の9割はイスラム教徒)、無神論者や反宗教的発言は警察に逮捕されることもあり、2011年にはパンク・キッズ65人が宗教警察に拘束され、髪を剃られるという事件が日本でも報道されている。そんな厳格さゆえに、ロックやメタルは今日でもプロテスト・ミュージックであり、社会に対するメッセージ性の強い歌詞を歌うアーティストも少なくない。
だが、それら諸要素を網羅した“インドネシアの女性たちによる社会派メタル・バンド”であるヴォイス・オブ・バチェプロトのような存在は、唯一無二だろう。
ヴォイス・オブ・バチェプロトは2014年、西ジャワ州ガルト郊外の小さな村シンガジャヤで同じ中学校に通っていたFirda Marsya Kurnia(ヴォーカル、ギター)、Widi Rahmawati(ベース)、Euis Siti Aisyah(ドラムス)という14歳の少女たちによって結成された。課外プログラムの教師の指導もあり、彼女たちはレイジ・アゲインスト・ザ・マシーン、システム・オブ・ア・ダウン、メタリカ、スリップノットなどのカヴァーを始めるが、徐々にオリジナル曲をプレイするようになった。イスラム圏で頭部を覆うヒジャブをまとった姿でのライヴ映像はYouTubeで配信され、世界規模で話題を呼んでいる。保守的な地方都市ではその活動は受け入れられず、罵声を浴びせられたり石を投げつけられたりしたというが、そのことは彼女たちをさらに強靱にし、歌詞のメッセージ性をさらに豊かにしていった。
2018年にデジタル・シングル『スクール・レヴォリューション』で正式デビューを飾った彼女たちは母国インドネシアのみならず、世界から注目を浴びる。彼女たちの存在はレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンのトム・モレロの目に止まり、2021年にはオンラインながら対談も実現した。
2022年には世界最大規模のメタル・フェスであるドイツ“ヴァッケン・オープン・エアー”に出演、2023年には初の北米ツアーを行っている。そうして2024年、世界制覇に向けて解き放たれたデビュー・アルバムが『レタス』である。
『レタス』から伝わってくるのは、その“切実さ”である。彼女たちにとって、音楽をプレイすることは当然の権利ではなく、戦って勝ち取るものだ。アルバムの1曲目を飾る『ゴッド、アラウ・ミー(プリーズ)トゥ・プレイ・ミュージック』から“神様、音楽をプレイさせて”と懇願するナンバー。それから続く楽曲においても言論弾圧やジェンダー問題、戦争の脅威、因習の押しつけなど、日々の生活に密接な社会からの抑圧が描かれている。英語と地元のスンダ語をミックスした歌詞は彼女たちのリアルな現実を題材にしているが、決してクローズドなものにすることなく、世界の人々が共有するエモーションをヘヴィなサウンドに乗せて叩きつける。その作曲能力と演奏、そして“切実さ”は彼女たちの演奏にも漲っており、言語の壁を越えて日本の音楽ファンのハートにも届くだろう。
ヴォイス・オブ・バチェプロトというバンド名は英語のVoiceとスンダ語のBaceprot(うるさい、やかましいの意味)を合体させたもの。とてつもなくうるさく、やかましいメタル・サウンドがインドネシアから日本に襲来するときが来た。
発売元:P-Vine Records
発売日:2024年6月12日発売
山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
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文/ 山崎智之
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