Web音遊人(みゅーじん)

出口大地

今月の音遊人:出口大地さん「命を懸けて全力で取り組んだ先でこそ、純粋に音楽を楽しむ心を忘れてはいけない」

ハチャトゥリアン国際コンクールで優勝し、一躍その名を広めた指揮者、出口大地さん。東京フィルをはじめ、多くのオーケストラからオファーを受ける気鋭の指揮者は音楽とどのように向き合っているのでしょうか。

Q1.これまでの人生の中で一番多く聴いた曲は何ですか?

クラシックで馴染み深いのは、親がよく車で聴いていたチャイコフスキーの『悲愴』。シンプルに好きな曲なのですが、子どものころは車酔いが激しかったので、第1楽章とその記憶がセットになって焼きついています。一方で、小学生から今にいたるまで、もっとも多く聴いているのはMr.Childrenのアルバム『IT’S A WONDERFUL WORLD』ですね。中学校の夏休み、希望者が参加するインド研修旅行にもそれをMDに入れて持って行きました。貧しい地域で現地の人と交流したり、雑魚寝で寝泊まりしたり。ちょろちょろの水シャワーを浴びて、寝台列車やバスで移動しました。そのときの大変な思いを支えてくれたのが、このアルバムです。一方で都会では、考えられないような超富豪の家にホームステイ。そのときの経験は価値観を大きく広げてくれ、人生に大きな影響を与えてくれました。あまり人を嫌いになることがなく、オープンマインドで人と接することができるようになったのはあの体験があったからこそ。指揮者としても大変なことはいろいろありますが、人間関係を前向きに考えられるようになったと思っています。今でも『IT’S A WONDERFUL WORLD』を聴くと、あのころの記憶が鮮明によみがえってきます。

Q2.出口さんにとって「音」や「音楽」とは?

月並みですが、「音楽」は「人生」だと思います。両親の影響で幼少期から身近な存在であり、現在はそれを生業にしています。仕事を離れているときも、頭の中にはずっと音楽のことがありますね。ただ最近、すべてがそれ一色になってしまうことを危惧するようにもなりました。忙しくなればなるほど目の前の「しなければならないこと」が増え、強制的に自分の頭の中で音楽を絞り出していく状態になってしまいます。でも、何もない状態で自分の中から湧き出てくるのが音楽家の本来あるべき姿だと思うんです。ですから、意識的に音楽から離れる時間をつくるようにしています。先日は湯治に行き、気の向くままに湯に浸かったり、森を散歩したり。日常的にはサウナにもよく行くなど、心の中に自然に音楽が湧き出て、自分の価値観が深まっていく瞬間を大切にしています。

出口大地

Q3.「音で遊ぶ人」と聞いてどんな人を想像しますか?

自分も「音で遊ぶ人」でありたいと思ってきましたが、プロとして人生をかけて音楽に取り組むうちにその気持ちを忘れてしまうことがありました。指揮者としてうまくいかずに悩んでいたとき、楽しそうに演奏するジュニアオーケストラの本番を見て、ハッとさせられたことがあります。命を懸けて全力で取り組んだ先でこそ、純粋に音楽を楽しむ心を忘れてはいけない、と。プロやアマに関係なく、それが音楽をする人の真の姿だと再認識しました。すばらしいミュージシャンには、そんな人が多いと思います。交流のあるピアニストの藤田真央くんや務川慧悟くん、バイオリニストの岡本誠司くん……。命を削って苦しんでいますが、舞台に立って弾き始めると一音一音を楽しんで味わい、わくわくしながら弾いているのではないでしょうか。

Q4.楽器や音楽をやっていてよかったことは何ですか?

「音楽」が、非言語コミュニケーションであることです。留学していたときも海外のオーケストラと共演するときも、現地の言葉がわからなくても心が通い合い、つながることができることを実感しています。たとえば、カザフスタンに行ったときには、オーケストラの言語はカザフ語かロシア語で、僕はといえばがんばって勉強してロシアのキリル文字を何とか読める程度。それでも、演奏中はしっかりと通じ合っていることをひしひしと感じていました。終了後に僕の周りに集まって来てくれた彼らの満面の笑顔は「楽しかった」「良かった」という気持ちを物語っていたと思います。言葉ではなく別のツールだからこそ生まれる心のつながり。それは音楽の大きな魅力です。

出口大地

出口大地〔でぐち・だいち〕
大阪府豊中市生まれ。関西学院大学法学部卒業後、東京音楽大学作曲指揮専攻(指揮)卒業。2023年ハンスアイスラー音楽大学ベルリンオーケストラ指揮科修士課程修了。幼少よりピアノ、15歳よりホルンを学ぶ。2021年第17回ハチャトゥリアン国際コンクール指揮部門にて日本人初の優勝。クーセヴィツキー国際指揮者コンクール最高位およびオーケストラ特別賞。2022年7月、東京フィルハーモニー交響楽団との定期演奏会にて日本デビューを飾る。その後日本各地のオーケストラからオファーを受けて共演。
オフィシャルサイト

オフィシャルFacebook オフィシャルX(旧Twitter)

photo/ 阿部雄介

本ウェブサイト上に掲載されている文章・画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。

facebook

twitter

特集

出口大地

今月の音遊人

今月の音遊人:出口大地さん「命を懸けて全力で取り組んだ先でこそ、純粋に音楽を楽しむ心を忘れてはいけない」

845views

ジャズとデュオの新たな関係性を考える

音楽ライターの眼

ジャズとデュオの新たな関係性を考えるvol.9

3053views

“音を使って音楽を作る”音楽の冒険を「ELC-02」で

楽器探訪 Anothertake

音楽を楽しむ気持ちに届ける「ELC-02」のデザインと機能

8513views

楽器のあれこれQ&A

ドの音が出ない!?リコーダーを上手に吹くためのアドバイスとお手入れ方法

182045views

大人の楽器練習機

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:世界的ピアニスト上原彩子がチェロ1日体験レッスン

17211views

オトノ仕事人

オーダーメイドで楽譜を作り、作・編曲家から奏者に楽譜を届ける/プロミュージシャン用の楽譜を制作する仕事

17646views

久留米シティプラザ - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

世界的なマエストロが音響を絶賛!久留米の新たな文化発信施設/久留米シティプラザ ザ・グランドホール

19207views

ズーラシアン・フィル・ハーモニー

こどもと楽しむMusicナビ

スーパープレイヤーの動物たちが繰り広げるステージに親子で夢中!/ズーラシアンブラス

13778views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

10074views

われら音遊人:1年がかりでビッグバンドを結成、河内からラテンの楽しさを発信!

われら音遊人

われら音遊人:1年がかりでビッグバンドを結成、河内からラテンの楽しさを発信!

10835views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

すべては、あの日の「無料体験レッスン」から始まった

5329views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

9992views

脱力系(?)リコーダーグループ栗コーダーカルテットがクラリネットの体験レッスンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】脱力系(?)リコーダーグループ栗コーダーカルテットがクラリネットの体験レッスンに挑戦!

10619views

ギター文化館

楽器博物館探訪

19世紀スペインの至宝級ギターを所蔵する「ギター文化館」

14806views

音楽ライターの眼

編曲作品や委嘱作品を積極的に演奏し、次世代のマリンバ奏者に受け渡していきたい

1990views

オトノ仕事人

深く豊かなクラシックの世界への入り口を作る/音楽ジャーナリストの仕事

4415views

ゲッゲロゾリステン

われら音遊人

われら音遊人:“ルールを作らない”ことが楽しく音楽を続ける秘訣

1573views

reface

楽器探訪 Anothertake

個性が異なる4機種の特徴、その楽しみ方とは?

7583views

秋田ミルハス

ホール自慢を聞きましょう

“秋田”の魅力が満載/あきた芸術劇場ミルハス

4877views

山口正介さん Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

いまやサクソフォンは趣味となったが、最初は映画音楽だった

6748views

楽器のあれこれQ&A

ドラムの初心者におすすめの練習方法や手が疲れないコツ

10689views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

6746views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

9992views