Web音遊人(みゅーじん)

ティアーズ・フォー・フィアーズ

ティアーズ・フォー・フィアーズが『ソングス・フォー・ア・ナーヴァス・プラネット』を発表。繊細さと堂々さを兼ね備えたライヴ・アルバム

ティアーズ・フォー・フィアーズがライヴ・アルバム『ソングス・フォー・ア・ナーヴァス・プラネット』を2024年10月25日にリリースする。

1983年にアルバム『ザ・ハーティング』でデビュー。第2作『シャウト Songs From The Big Chair』(1985)とシングル『ルール・ザ・ワールド』『シャウト』でトップ・バンドとなった彼らも、はや40年以上のキャリアのある大ベテランだ。ローランド・オーザバルとカート・スミスの妥協のないアーティスト性ゆえに寡作で、活動休止も経てきたが通算7作目、約17年ぶりとなる新作オリジナル・アルバム『ザ・ティッピング・ポイント』(2022)は世界各国でヒットを記録、その健在ぶりを証明している。

その揺らぐことのない人気を反映したのが『ソングス・フォー・ア・ナーヴァス・プラネット』である。北米ツアーから2023年7月11日、テネシー州フランクリンのイベント施設“グレイストン・クオリー”内にある“ファーストバンク・アンフィシアター”でのライヴ。7,500人収容の野外会場で、規模の大きなスペクタクルが繰り広げられる。

ありのままの“闇”を大観衆に披露するライヴ

80年代の懐メロに安住することなく、最新作からの『ノー・スモール・シング』『ザ・ティッピング・ポイント』からスタート。音を聴くだけでバンドと観衆の熱気が伝わってくるが、続いて『ルール・ザ・ワールド』のイントロが奏でられると爆発したかのような声援が湧き上がる。人間のエゴや当時の冷戦構造を描いたシニカルなナンバーだが、その抗いがたいコーラスはまさに“世界を統べる”だけの魅力を放っている。

新旧バランス良くベスト・トラックを繰り出すライヴだが、意表を突く(?)のが『ザ・ハーティング』からの曲が多くプレイされていること。本国イギリスでこそ一躍彼らをスターの座に押し上げたデビュー・アルバムだが、『ペイル・シェルター』『マッド・ワールド』『チェンジ』など内省的で暗めの曲が並ぶ作風はきらびやかなMTVポップ勢と一線を画しており、アメリカなどでは今ひとつセールスが伸び悩んだ。“痛み”というタイトルもあり、オリジナル盤の子供が泣くジャケット写真はアメリカ・日本盤ではメンバーの写真に差し替えられている。

だが、今や彼らはそんなありのままの“闇”の姿をファンに受け入れられている。『ザ・ハーティング』の曲の多くはスタジオ・ヴァージョンそのままのアレンジで披露され、唯一大幅に異なる『サファー・ザ・チルドレン』にしてもピアノのバッキング主体の、よりメランコリックなものに生まれ変わっている。だが彼らのステージ・パフォーマンスは大会場に相応しい、繊細さと大胆さを兼ね備えたもので、アメリカのオーディエンスはバンドの音楽性を全身で受け入れている。本編ラストの『ヘッド・オーヴァー・ヒールズ』、アンコールの『チェンジ』『シャウト』は息を呑む一大スペクタクルだ。

なお、この日のライヴは撮影もされており、アルバムからの先行リーダー・トラック『ヘッド・オーヴァー・ヒールズ』はビデオも公開されている。また、当日のライヴ全編を捉えたコンサート映画も海外で劇場公開されるそうだ(日本は未定)。

ポップで翳りのあるメロディで魅せるスタジオ新曲

『ソングス・フォー・ア・ナーヴァス・プラネット』はライヴに加えて、新録音のスタジオ・トラックスも収録されている。2005年のフランス公演を収めたライヴ・アルバム『Secret World Live In Paris』(2006)にも3曲のスタジオ・トラックが収録されていたが、今回はインターナショナル盤に4曲、日本盤にはさらに1曲を追加して5曲というデラックス仕様。おそらく『ザ・ティッピング・ポイント』と同時期にレコーディングされたが収録されなかったものと思われるが、まったく遜色ないクオリティの高さで、ネットで先行公開されている『ザ・ガール・ザット・アイ・コール・ホーム』『アストロノート』は新時代のティアーズ・フォー・フィアーズを強く印象づけるナンバーだ。それ以外の曲もポップでありながら翳りのあるメロディで魅せる、ライヴ映えしそうな秀曲揃いである。

AI時代のティアーズ・フォー・フィアーズをイメージさせるアートワーク

本作のジャケット・アートワークも発売前からけっこうな話題を呼んでいる。「AIを使ったみたいで安直」など批判もあり、バンドが公式な声明を出すことに。このアートワークはデザイナーのヴィタリー・ブルコヴスキとコラボレートした“ミックス・メディア・デジタル・コラージュ”で、AIもその要素として取り入れているが、アーティストとしての表現であると主張している。ジャケットの宇宙飛行士は『アストロノート』、ヒマワリのお花畑は『シーズ・オブ・ラヴ』(本作にもライヴ・ヴァージョンが収録)の歌詞にsunflowerという一節があることからモチーフに使ったと推測されるが、人工的な触感が“AI時代のティアーズ・フォー・フィアーズ”をイメージさせて、細かいディテールまでじっくり見てしまう。

2012年の“サマーソニック”フェス以来日本を訪れていないティアーズ・フォー・フィアーズだが、『ソングス・フォー・ア・ナーヴァス・プラネット』を聴きながら、彼らが日本のステージに戻ってくることを祈りたい。


Tears For Fears Live(A Tipping Point Film) – Head Over Heels(Live From Franklin, TN)

■アルバム『ソングス・フォー・ア・ナーヴァス・プラネット』

アルバム『ソングス・フォー・ア・ナーヴァス・プラネット』

発売元:ユニバーサルミュージック
発売日:2024年10月25日発売
価格:4,400円(税込)

詳細はこちら

山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
ブログインタビューリスト

特集

Web音遊人 - 牛田智大さん

今月の音遊人

今月の音遊人:牛田智大さん「ピアノの練習をしなさい、と言われたことは一度もないんです」

65949views

音楽ライターの眼

2本のギターが運ぶ、未体験の楽しさ/GORO ITO meets KAORI MURAJI BOSSA NOVA Special Night

5047views

マーチング

楽器探訪 Anothertake

見て、聴いて、楽しいマーチング

15943views

楽器のあれこれQ&A

目指せ上達!アコースティックギター初心者の練習方法とお悩み解決

101026views

桑原あい

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目の若きジャズピアニスト桑原あいがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

15650views

楽器博物館の学芸員の仕事 Web音遊人

オトノ仕事人

楽器のデモンストレーション、解説、管理までをこなすマルチプレイヤー/楽器博物館の学芸員の仕事(前編)

11887views

サントリーホール(Web音遊人)

ホール自慢を聞きましょう

クラシック音楽の殿堂として憧れのホールであり続ける/サントリーホール 大ホール

22901views

東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

こどもと楽しむMusicナビ

子ども向けだからといって音楽に妥協は一切しません!/東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

11021views

ギター文化館

楽器博物館探訪

19世紀スペインの至宝級ギターを所蔵する「ギター文化館」

15186views

われら音遊人:クラノワ・カルーク・ オーケストラ

われら音遊人

われら音遊人:同一楽器でハーモニーを奏でる クラリネット合奏団

8404views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

贅沢な、サクソフォン初期設定講習会

5592views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

10373views

今、注目の若き才能 ピアニスト實川風が ドラム体験レッスン!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】今、注目の若き才能 ピアニスト實川風が ドラム体験レッスン!

8861views

上野学園大学 楽器展示室」- Web音遊人

楽器博物館探訪

伝統を引き継ぐだけでなく、今も進化し続ける古楽器の世界

13189views

Vans Warped Tour Japan 2018 presented by XFLAG

音楽ライターの眼

ロックの新時代を告げるフェス/2018年3月31日~4月1日、Vans Warped Tour Japan 2018 presented by XFLAG開催

5037views

楽器博物館の学芸員の仕事 Web音遊人

オトノ仕事人

わかりやすい言葉で、知られざる楽器の魅力を伝えたい/楽器博物館の学芸員の仕事(後編)

8726views

ONLYesterday

われら音遊人

われら音遊人:愛するカーペンターズをプレイヤーとして再現

965views

懐かしのピアニカを振り返る

楽器探訪 Anothertake

懐かしのピアニカを振り返る

17472views

ホール自慢を聞きましょう

地域に愛される豊かな音楽体験の場として京葉エリアに誕生した室内楽ホール/浦安音楽ホール

10782views

山口正介さん Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

サクソフォン教室の新しいクラスメイト、勝手に募集中!

4689views

アコースティックギター

楽器のあれこれQ&A

アコースティックギターの保管方法やメンテナンスのコツ

5113views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

6986views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

10373views