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【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#70 ジャズにもっと自由な“広がり”を与えたポップな前衛作品~チック・コリア&リターン・トゥ・フォーエヴァー『スペイン~ライト・アズ・ア・フェザー』編
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2025.10.9
tagged: 音楽ライターの眼, ジャズの“名盤”ってナンだ?, チック・コリア&リターン・トゥ・フォーエヴァー
洋楽=ロック好きから横展開してジャズに興味をもつようになったボクのようなものにとって、20世紀後半のジャズという音楽スタイルの中核をなしていた概念に“バンド”というイメージが希薄だったことが、まず意外であり新鮮でした。
もちろん、それぞれに固定化したメンバーはいたものの、それはかなり流動的で、どちらかといえばその流動性のほうを重視しているようなフシが多々見受けられていました。
ジャズを知るようになって、そうした“概念”が1960年代以前(ジャズの黄金期とされた時代)のものであることが“見えて”くると、70年代以降には必ずしも当てはまらないことに気づいたりもしていたのです。
ほぼ最初に、そうしたジャズの“違い”に関する“気づき”を与えてくれたのが、チック・コリアが率いていたリターン・トゥ・フォーエヴァー(以下RTF)でした。
バンドという意識は、ジャズのサウンドの組み立てが“セッション”から“アンサンブル”へとシフトチェンジしたことを意味すると考えているのですが、そこにこのチック・コリアの“バンド”がどう関わっているのかを考察してみましょう。
1972年に英ロンドンのIBCスタジオでレコーディングされた作品です。
オリジナルはLP盤(A面3曲B面3曲の全6曲)でリリースされています。CD化は同曲数同曲順のほか、未収録テイクや別テイク10曲を加えた〈完全盤〉と題したヴァージョンもリリース。また、カセットテープ(LP盤と同曲数同曲順)や8トラック・カートリッジ・テープなどのヴァージョンもありました。
メンバーは、エレクトリック・ピアノがチック・コリア、テナー・サックスとフルートがジョー・ファレル、アコースティック・ベースとエレクトリック・ベースがスタンリー・クラーク、ドラムスとパーカッションがアイアート・モレイラ、パーカッションとヴォーカルがフローラ・プリムです。
収録曲は、オリジナル盤6曲のうち5曲がチック・コリアによる作曲、1曲がスタンリー・クラークによる作曲。詞をフローラ・プリムと詩人のネヴィル・ポッターが提供しています。
チック・コリアがリターン・トゥ・フォーエヴァーを結成した件(くだり)は#035を参照ください。
本作はその第2弾という位置づけになります。
第1弾はドイツ(当時は西ドイツ)のレーベルECMからのリリースでしたが、本作はクラシック音楽の老舗レーベルであるドイツ・グラモフォンの傘下で、英国に本部を置いていたポリドールからのリリース。
ポリドールは、ビートルズやビージーズを世に送り出した実績のあるレーベルで、リターン・トゥ・フォーエヴァーもそうしたアンテナに引っかかったことからの契約だったと思われます。
それはつまり、ポリドールはリターン・トゥ・フォーエヴァーを米国のジャズ=アフリカン・アメリカン・ミュージックのファン向けにではなく、世界のポピュラー・ミュージック・シーンをターゲットにした英国発の“バンド”として売り出す狙いであったことを意味するのではないでしょうか。
その戦略が功を奏したからこそ、本作はポスト・ジャズの新たな潮流を生む原動力となったのだと思います。
本作を“名盤”たらしめている大きな要因として、『スペイン』という曲の収録を挙げることができるでしょう。
20世紀のスペインの作曲家、ホアキン・ロドリーゴの手になるギター協奏曲『アランフェス協奏曲』第2楽章のテーマを用いたイントロダクションから、カーニヴァルを想起させるリズミックなブリッジ、そしてアドリブへと展開していきます。
『スペイン』は、(特にコンテンポラリー系の)ジャズのセッションで取り上げられる人気曲ですが、ブリッジの複雑なリズム・パターン(キメのフレーズ)を正確に把握しているかどうかが“ジャズの習熟度”を測るバロメーターになっているフシがあります。
それまで“ジャズの習熟度”を測るには、4拍子(フォービート)をいかに揺らすことができるか(グルーヴを表現できるか)など、テイストとかフィーリングといった曖昧な基準が用いられていたと思います。
そこでチック・コリアは、そうした“ジャズの習熟度”を深めるのではなく、スペインの作曲家によるクラシックの協奏曲やラテン音楽のリズムを取り入れて、“広げる”というコンセプトを試みたのではないか──。
この“広げる”という方法論は、調性や和音進行からの解放をめざしたフリージャズのカウンターとして、1970年代にムーヴメントを起こすことになります。
その起点として本作がめざした“広がり”を、改めて味わってみてください。
富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ/富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook
文/ 富澤えいち
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