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今月の音遊人:千住真理子さん「いろいろな空間に飛んでいけるのが音楽なのですね」
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【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#039 “即興的”音楽と斬新な演出が生んだジャズと映画のコラボレーション~マイルス・デイヴィス『死刑台のエレベーター』編
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2024.6.21
tagged: マイルス・デイヴィス, 音楽ライターの眼, ジャズの“名盤”ってナンだ?, 死刑台のエレベーター
マイルス・デイヴィスは1949年5月に、自身初の海外公演のためにパリを訪れ、タッド・ダメロンとの双頭バンドでパリ・ジャズ・フェスティヴァルなどに出演し、パリの文化人たちとの交流も楽しみました。
その際、ジャン=ポール・サルトルやパブロ・ピカソらとともにマイルス・デイヴィスを称えた人のなかに、シャンソン・シンガーのジュリエット・グレコがいて、彼女との交際が中断を繰り返しながらも続くことになります。
人種差別が比較的薄く、演奏やアイデアをストレートに評価するパリの反応とジュリエット・グレコの存在に惹かれ、マイルス・デイヴィスの渡仏は回を重ねました。
1957年の年末もまた、ヨーロッパ・ツアーのためプロモーターに招聘されてパリを訪れたマイルス・デイヴィスは、そこでルイ・マルという若い映画監督を紹介されます(マイルス・デイヴィスの自叙伝にはジュリエット・グレコが紹介したとの記述あり)。
サスペンス映画を製作中だったルイ・マル監督から、ラッシュ(音声の入っていない未編集状態のプリント・フィルム)を見ながらその場で音楽を録音してほしいと依頼されたマイルス・デイヴィスは興味を示し、ヨーロッパ・ツアー期間中の2週間で曲想をまとめ、その直後にレコーディングして完成させた──というのが本作です。
1957年12月にフランス・パリで録音。
マイルス・デイヴィスの自伝では「殺人がテーマのサスペンス映画だったから、とても古くて暗い、憂鬱な感じのする建物で演奏した」(引用:マイルス・デイビス/クインシー・トループ著、中山康樹訳『マイルス・デイビス自叙伝①』JICC出版局、1990年)とあります。
1958年にリリースされたオリジナルのサウンド・トラックは10インチのヴィニール盤で、A面5曲とB面5曲の計10曲を収録。
1970年代以降は12インチLP盤で同面同数同曲順のものがリリースされるようになり、1988年のCD化にあたり別テイクを追加したヴァージョンが一般的になっています。
メンバーは、トランペットがマイルス・デイヴィス、テナー・サックスがヴァルネ・ウィラン、ピアノがルネ・ユルトルジェ、ベースがピエール・ミシュロ、ドラムスがケニー・クラークです。
ケニー・クラークはアメリカ生まれですが、1948年から51年までパリを拠点に活動。ほかのメンバーもパリのミュージシャンたちです。
収録曲はすべてマイルス・デイヴィスのオリジナルです。
ルイ・マルは1932年フランス生まれで、1956年にジャック=イヴ・クストーと共同で撮ったドキュメンタリー映画『沈黙の世界』がカンヌ国際映画祭最高賞のパルム・ドールを受賞するなど、新進気鋭のクリエーターでした。
映画『死刑台のエレベーター』は彼の実質的な長編映画監督デビュー作品で、音楽のみならずその斬新なカメラワークなどによって高く評価され、フランスの映画運動“ヌーヴェル・ヴァーグ”に連なる作品および作家のひとりとして知られるようになりました。
映画史に欠かすことのできないヌーヴェル・ヴァーグの象徴的な作品に用いられた音楽であることが、“従”であるか“主”であるかはさておき、1950年代のジャズを最前線で牽引していたマイルス・デイヴィスの、映画音楽という新たなチャレンジでしかもフランスというロケーションでのイレギュラーな企画ということもあって、当初から当時のジャズ・マニアたちが飛びつく要素は十分あったに違いありません。
そして、ラッシュを見ながら即興で(正確にはストーリーなどの説明を受けて事前に曲想を練る準備期間があったから、収録スタイルは“即興”であったものの、音楽的には“即興的アプローチで”と言うべきかもしれません)手がけたというエピソードが「ジャズらしさ」を具現したイメージにリンクして、“名盤”としての評価を勝ち得たのではないでしょうか。
ジャズ・スタンダードと呼ばれる曲の多くは、20世紀前半にミュージカルやレヴューなどの舞台用に作られた楽曲が元となっています。
そして、その大半は、映画にリメイクされたりしている一部を除けば、概要を知ることはできても(このサブスクの時代にもかかわらず)鑑賞することは極めて難しいという状況です。
対して映画『死刑台のエレベーター』は、映画史に残る名作であることが功を奏し、現在でもいろいろなチャネルで作品の全貌に触れるチャンスが残されています。
つまり、音源として残された楽曲/演奏がどのように映像表現と呼応しているのかを、誰もが確認できてしまうという、幸せな状況にあるわけなのです。
ぜひこの状況を活用して、マイルス・デイヴィスが「古くて暗い、憂鬱な感じのする」雰囲気のなかで映像とともに表現しようとした“ジャズ”を、体験し直してみてください。
富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ/富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook
文/ 富澤えいち
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