Web音遊人(みゅーじん)

演奏と語りの名手たちが、詠み、演じ、そして踊った。NHK交響楽団メンバーによるストラヴィンスキー「兵士の物語」

演奏と語りの名手たちが、詠み、演じ、そして踊った。NHK交響楽団メンバーによるストラヴィンスキー「兵士の物語」

N響コンサートマスターの伊藤亮太郎を中心とした同響の7人の名手と、上方落語の実力派・桂米團治が共演した注目の公演。

前半は、グリエールの「バイオリンとコントラバスのための組曲」と、ラヴェル「マ・メール・ロワ」が演奏された。

伊藤と西山真二(コントラバス)による前者は、19世紀末~20世紀前半のロシアで活躍した作曲家が、バイオリンとチェロのために書いた8つの小品が原曲だが、この日はアメリカの作曲家プロトのバイオリン&コントラバス編曲版を演奏。両楽器は音域が離れているため、音色の調和に苦労する難曲だ。だが、日頃からの仲間である彼らは、バイオリンの持続音の上でコントラバスがゆったりと歌い出す第1曲から、実に親密で深みのある掛け合いを展開。バイオリンの美音とコントラバスの音程は常に安定しており、最後のスケルツォではジャズのように軽妙で自在な妙技も聴かせてくれた。

伊藤亮太郎と西山真二

続く後者は、出演者でもある打楽器奏者・竹島悟史の編曲版で、竹島、伊藤圭(クラリネット)、宇賀神広宣(ファゴット)、菊本和昭(トランペット)、新田幹男(トロンボーン)の五重奏。クラリネットは音域の異なる3本を、打楽器はマリンバ、ビブラフォン、パーカッションの3種を弾き分け、トランペットはフリューゲルホルン、トロンボーンはユーフォニアムと各々持ち替える、大変凝った編曲だった。ビブラフォンと4つの管楽器が幽玄に歌い出す「眠りの森のパヴァーヌ」、中国のカンフー映画のような世界を現出した「パゴダの女王のレドロネット」。フリューゲルホルンとトロンボーンが、まさに“野獣”のように激しく活躍する「美女と野獣の対話」、この編成ならではの重厚で骨太な「妖精の園」と、新鮮でオリエンタルな響きに随所で驚き、楽しみ、感嘆した。

打楽器奏者・竹島悟史の編曲版で、竹島、伊藤圭(クラリネット)、宇賀神広宣(ファゴット)、菊本和昭(トランペット)、新田幹男(トロンボーン)の五重奏

そして後半、米團治が加わった「兵士の物語」は、中央に緋毛氈(ひもうせん)で覆った高座を置き、後方には踊り用の舞台を配置。7楽器はその両翼に分かれて上演した(左にバイオリン、コントラバス、クラリネット、ファゴット、右にトランペット、トロンボーン、パーカッション)。クラシックに造詣の深い米團治は、落語とオペラを融合した「おぺらくご」の確立者でもあるが、この日は、語り、兵士、老人、ダンサーなどの全配役を兼任する活躍ぶり。小道具や見台&膝隠しなどを巧みに使い、扇子をバイオリンに、手拭を本に見立てるなど、いい意味で無国籍な自由と精妙、迫力を備えた熱演を繰り広げた。また、病の王女を治すべく王宮に出かける場面や、最後の国境越えでは、台詞を一切排し、日本舞踊にも精通した上方落語の正統派ならではのみごとな踊りを披露。他にも、悪魔からバイオリンを奪い返す指南役を菊本が関西弁でユーモラスに務めるなど、好演出が続く。そして、「タンゴ」「ワルツ」「ラグタイム」の3舞曲では、米團治が舞台左裏に退き、N響ならではの洗練された音楽を前面に押し出す一幕も。「詠まれ、演じられ、踊られる」の副題を持つ本作の新たな真髄が示された衝撃の1時間だった。

米團治「兵士の物語」

渡辺謙太郎〔わたなべ・けんたろう〕
音楽ジャーナリスト。慶應義塾大学卒業。音楽雑誌の編集を経て、2006年からフリー。『intoxicate』『Vivace』『ぴあ』などに執筆。また、世界最大級の音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」のクラシックソムリエ、書籍&CDのプロデュース、テレビ&ラジオ番組のアナリストなどとしても活動中。

 

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:藤田真央さん「底辺にある和音の上に内声が乗り、そこにポーンとひとつの音を出す。その響きの融合が理想の音です」

13869views

音楽ライターの眼

世界観もさまざまに、4人の名手たちが紡ぐギターの音色に酔いしれる/Acoustic Guitar Festival Special Concert Vol.1

3981views

“音を使って音楽を作る”音楽の冒険を「ELC-02」で

楽器探訪 Anothertake

音楽を楽しむ気持ちに届ける「ELC-02」のデザインと機能

8328views

楽器のあれこれQ&A

エレクトーンについて、知っておきたいことや気をつけたいこと

25106views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目のピアノデュオ鍵盤男子の二人がチェロに挑戦!

8070views

オペラ劇場の音楽スタッフの仕事 - Web音遊人

オトノ仕事人

稽古から本番まで指揮者や歌手をフォローし、オペラの音楽を作り上げる/オペラ劇場の音楽スタッフの仕事(前編)

30446views

荘銀タクト鶴岡

ホール自慢を聞きましょう

ステージと客席の一体感と、自然で明快な音が味わえるホール/荘銀タクト鶴岡(鶴岡市文化会館)

11183views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

6461views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

世界に一台しかない貴重なピアノを所蔵「武蔵野音楽大学楽器博物館」

21933views

われら音遊人ー021Hアンサンブル

われら音遊人

われら音遊人:元クラスメイトだけで結成。あのころも今も、同じ思いを共有!

4828views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

泣いているのはどっちだ!?サクソフォン、それとも自分?

5689views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

29034views

大人の楽器練習機

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:世界的ピアニスト上原彩子がチェロ1日体験レッスン

16841views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

世界に一台しかない貴重なピアノを所蔵「武蔵野音楽大学楽器博物館」

21933views

フォルテ・ディ・クアトロ

音楽ライターの眼

韓国から世界に飛翔するクロスオーバーのヴォーカル・ユニット「フォルテ・ディ・クアトロ」は個性豊かな4人組

6775views

オトノ仕事人

芸術をとおして社会にイノベーションを起こす/インクルーシブアーツ研究の仕事

6399views

if~

われら音遊人

われら音遊人:まだまだ現在進行形!多くの人に曲を届けたい

909views

楽器探訪 Anothertake

奏者の思いどおりに音色が変化する、豊かな表現力を持ったグランドピアノ「C3X espressivo(エスプレッシーヴォ)」

8605views

サントリーホール(Web音遊人)

ホール自慢を聞きましょう

クラシック音楽の殿堂として憧れのホールであり続ける/サントリーホール 大ホール

21903views

サクソフォン、そろそろ「テイク・ファイブ」に挑戦しようか、なんて思ってはいるのですが

パイドパイパー・ダイアリー

サクソフォンをはじめて10年、目標の「テイク・ファイブ」は近いか、遠いのか……。

7919views

初心者におすすめのエレキギターとレッスンのコツ!

楽器のあれこれQ&A

初心者におすすめのエレキギターと知っておきたい練習のコツ

21232views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

8359views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

9622views