ジャズとデュオの新たな関係性を考えるvol.3

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ジャズとデュオの新たな関係性を考える
音楽ライターの眼
ジャズとデュオの新たな関係性を考えるvol.3

新たな関係性を考えるために、まず各論から入ってみたい。

前稿で、ボクがデュオを気にするようになったのは「2016年にリリースされたアルバムをまとめているときだった」と書いた。

しかし正確には、その予兆が2015年から現われていたことに、今回の稿を起こすにあたり資料を見返し&聴き返して気づいたので改めたい。

今回からしばらく、そんなボクの目に留まったエポックなデュオ・アルバムの寸評を行なうことで、ここ数年のジャズにおけるデュオの現状を読者と共有したい。

ナッシン・バット・ザ・ベース
『ナッシン・バット・ザ・ベース』櫻井哲夫

日本を代表するフュージョン・ユニット“CASIOPEA”のオリジナル・メンバーとして活躍し、1989年の脱退後は自身のソロ・プロジェクトのみならずJポップ・シーンとの交流も盛んとなり、文字どおりポピュラー・ミュージック・シーンの“ベース=土台”を担ってきたのが櫻井哲夫だ。

彼が2015年5月にリリースしたソロ名義のこのアルバムは、“櫻井哲夫が弾くベース”にフォーカスしたユニークな企画という第一印象を抱いた記憶がある。

基本的に櫻井のベース1本という“縛り”を設け、曲ごとにゲストがちりばめられるという趣向。

なので当時は、“櫻井ヴァーサス”という構図のインパクトが強く、“ジャズ的なデュオ”というイメージをあえて重ね合わせることはなかった。

そうした趣向を設えたのが亀田誠治だったことも影響していたに違いない。亀田は、平井堅やスピッツ、いきものがかり、JUJUといったアーティストたちのプロデュースでも知られる、Jポップの最前線で活躍する“仕掛け人”にしてベーシストである。

ボクが亀田誠治の存在を意識したのは、椎名林檎の「本能」を聴いたときだったから、そのシングルCDがリリースされた1999年10月あたりのことだ。

歪ませたベースとヴォーカルのユニゾンによるサビから始まるメッセージ性の強いこの曲をいま聴き直すと、ファースト・アルバム『無罪モラトリアム』(1999年2月リリース)の成功を受けて、プロデュース役という“影の存在”であることをやめ、自信をもって二人三脚で進もうとしていることを表明しているかのような印象を受ける。

実はこの時期に亀田誠治に関心を抱いた理由は、椎名林檎が打ち出した“新宿系”と呼ばれる新たなスタイルが、彼なくしては成しえなかったこと以外にもあった。

彼の軌跡は、ある人物に重ねて注目していた。

その人の名は、後藤次利。

サディスティック・ミカ・バンド~サディスティックスで1970年代の伝説のベーシストのひとりに名を連ねた彼は、80年代になるとJポップのヒット・チューンの作・編曲を手がけて存在感を増す。

おニャン子クラブなど数々のプロジェクトを成功に導いた功績を背景に、80年代後半はプロデューサーとしてレーベルを任され、名実ともにJポップの一時代を築く存在となった。

後藤次利を亀田誠治に重ね合わせた2000年代初頭の話を、デュオに戻そう。

2003年、後藤はドラマーの山木秀夫とともにユニット“gym(ジム)”を結成して、ライヴ・シーンへの復帰を本格化させた。

このgymというユニット、ベースとドラムだけのデュオだったのだ。

櫻井哲夫の実質デュオ・アルバムをプロデュースした亀田誠治について記憶をさかのぼっていたら、彼が表舞台に出るようになった時期に、ベーシスト&プロデューサーの先輩格である後藤次利がデュオのユニットを組んでいたという偶然に遭遇してしまったので、つい脱線を承知で書き進めてしまった。

ベーシスト&プロデューサーの亀田誠治については、DREAMS COME TRUE(1988年結成)の中村正人との比較論を先行すべきかもしれないが、今回のデュオ論ではそちらには進まないつもりなのであしからず。

余談だけれど、1990年代に流行した3ピース・ユニットの先駆けと言われるドリカムが実質2人体制になったのが2002年。

脱線ついでに、ヴォーカルのShihoとギターの横田明紀男という不世出のコンビネーションで斯界に大きな衝撃を与えたデュオ・ユニット“Fried Pride(フライド・プライド)”のデビューが2001年。

と、ついつい後藤さんやFried Prideのおふたりを取材したときのことを思い出して、書かずにいられなくなってしまったが、2000年代初頭の動きはひとまず置いて、2015年に話を戻そう。

『ナッシング・バット・ザ・ベース』をまとめるまえに、ちょうど同じ時期にリリースされた1枚のアルバムが、対照的なコンセプション(=“ジャズ的なデュオ”というイメージ)で構成されていたので取り上げておきたい。

ある意味で反ジャズの『ナッシング・バット・ザ・ベース』に対して、ジャズ的な伝説をタップリと含んでいるように感じたそのアルバムを俎上に載せれば、デュオの変質が浮き上がるのではないかと考えたのだけれど、ちょっと長くなったので続きは次回。

<続>

ジャズとデュオの新たな関係性を考える<全編>

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
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文/ 富澤えいち