Web音遊人(みゅーじん)

ベルリン・フィル内に室内合奏団を生んだ、シューベルトの《八重奏曲》を聴く

ベルリン・フィル内に室内合奏団を生んだ、シューベルトの《八重奏曲》を聴く

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団が2017年11月、2週間を超えるアジアツアーを行った。香港、広州、武漢、上海と中国各地をめぐり、韓国のソウルを経て日本へ。そんな忙しいスケジュールの合間を縫って22日、各パートのトップ奏者が東京に集結、銀座のヤマハホールで特別編成の室内楽演奏会を催した。プログラムに並ぶのはブラームスの《ホルン三重奏曲変ホ長調》作品40、モーツァルトの《クラリネット五重奏曲イ長調》K581、シューベルトの《八重奏曲ヘ長調》D803の3曲。演目が進むごとに3、5、8とパート数が増えていく趣向だ。

3曲のうち、《ホルン三重奏曲》にだけピアノが入る。オズガー・アイディンの鍵盤さばきは堂に入ったもので、音楽づくりの点で上声部のホルンやヴァイオリンを凌駕する。たとえば終楽章。舞曲「ジグ」のリズム、つまり長短(タータ)やその展開である短長(タター)などが曲の推進力を作り出す。ホルンとヴァイオリンはその“彫り”が浅く、作品を前に進める力にどこか物足りなさを感じさせる。それを補ったのがピアノだ。拍の長さの正確さだけでなく、リズムごとに“子音”や“声色”を変えることで、単調な繰り返しを避ける。そうすることで、めまぐるしく表情を変えながらも、前にしっかりと踏み出していくこの楽章の情緒を、あますところなく表現した。

ベルリン・フィル内に室内合奏団を生んだ、シューベルトの《八重奏曲》を聴く

モーツァルトの《五重奏曲》ではクラリネット奏者ヴェンツェル・フックスの繊細な息づかいが光った。第1楽章には音階を上下に行ったり来たりする楽句や、五線を縫うようにジグザグに下行する音型がたくさん登場する。フックスはそれを、ただレガートで吹くのではなく、小さな“句読点”を細かく打っていくことで、上手な俳優がセリフを話すかのような“滑舌の良さ”を表現した。第2楽章では弱音器の付いた弦楽器の音色に合わせて、くぐもった響きをクラリネットに持たせる。こうしたクラリネットの高度な演奏に、弦楽器陣がついていけていない部分も目立った。とくに第3楽章では、管楽器と弦楽器との間のテンポ感覚の違いが露わになり、居心地の悪い瞬間も。

ベルリン・フィル内に室内合奏団を生んだ、シューベルトの《八重奏曲》を聴く

先行する2曲に比べ、シューベルトの《八重奏曲》ではアンサンブルの精度が整った。ベルリン・フィルで室内楽を志すメンバーにとって、この《八重奏曲》はとても大切な作品だ。約80年前、ベルリン・フィル内に初めて室内合奏団ができたのは、この曲を演奏するためだった。第1楽章では、冒頭から楽章全体を支配するリズム「短長(タター)」の捉え方を全員で共有するので、推進力が削がれないのはもちろんのこと、パート間のメロディーの受け渡しなどもスムーズだ。音楽に向ける意識を共有することで、楽器の個性の違いは浮き彫りになる。アンサンブルの統制と各楽器の個性の発揮とが両輪となって、作品世界を描き出した。

ベルリン・フィル内に室内合奏団を生んだ、シューベルトの《八重奏曲》を聴く

さまざまな楽器がその得意分野を生かし、それぞれに活躍する。そんなオーケストラの基本は、室内楽の基本でもあり、そもそも音楽の基本であることを、“ベルリナー”たちが気づかせてくれた。

澤谷夏樹〔さわたに・なつき〕
慶應義塾大学大学院文学研究科哲学専攻修士課程修了。2003年より音楽評論活動を開始。2007年度柴田南雄音楽評論賞奨励賞受賞。2011年度柴田南雄音楽評論賞本賞受賞。著書に『バッハ大解剖!』(監修・著)、『バッハおもしろ雑学事典』(共著)、『「バッハの素顔」展』(共著)。日本音楽学会会員、 国際ジャーナリスト連盟(IFJ)会員。

 

特集

渡辺美里

今月の音遊人

今月の音遊人:渡辺美里さん「歌を聴きたいといってくださるファンとの時間は最高の財産です」

7110views

音楽ライターの眼

メトロポリタン歌劇場の130年のドラマを詳細に描き出した著作が登場

2723views

v

楽器探訪 Anothertake

弾く人にとっての理想の音を徹底的に追究したサイレントバイオリン™

6794views

楽器のあれこれQ&A

いまさら聞けない!?エレクトーン初心者が知っておきたいこと

28413views

コハーン・イシュトヴァーンさん Web音遊人

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ハンガリー出身のクラリネット奏者コハーン・イシュトヴァーンがバイオリンを体験レッスン!

10490views

マイク1本から吟味して求められる音に近づける/レコーディングエンジニアの仕事(前編)

オトノ仕事人

マイク1本から吟味して求められる音に近づける/レコーディングエンジニアの仕事(前編)

15437views

ホール自慢を聞きましょう

地域に愛される豊かな音楽体験の場として京葉エリアに誕生した室内楽ホール/浦安音楽ホール

10780views

こどもと楽しむMusicナビ

“アートなイキモノ”に触れるオーケストラ・コンサート&ワークショップ/子どもたちと芸術家の出あう街

7055views

上野学園大学 楽器展示室

楽器博物館探訪

日本に一台しかない初期のピアノ、タンゲンテンフリューゲルを所有する「上野学園 楽器展示室」

20133views

ゲッゲロゾリステン

われら音遊人

われら音遊人:“ルールを作らない”ことが楽しく音楽を続ける秘訣

1865views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

贅沢な、サクソフォン初期設定講習会

5590views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

30894views

大人の楽器練習記:クラシック・サクソフォン界の若き偉才、上野耕平がチェロの体験レッスンに挑戦

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:クラシック・サクソフォン界の若き偉才、上野耕平がチェロの体験レッスンに挑戦

11691views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

世界に一台しかない貴重なピアノを所蔵「武蔵野音楽大学楽器博物館」

22909views

音楽ライターの眼

「三人三様の妙味」が生きるギターコンサート“TRES II”/沖仁×大萩康司×小沼ようすけ

2078views

オトノ仕事人

あらゆるトラブルに対応できる、優れたリペア技術者を世に送り出す/管楽器のリペア技術者を育てる仕事

6623views

われら音遊人:ずっと続けられることがいちばん!“アツく、楽しい”吹奏楽団

われら音遊人

われら音遊人:ずっと続けられることがいちばん!“アツく、楽しい”吹奏楽団

11014views

Disklavier™ ENSPIRE(ディスクラビア エンスパイア)- Web音遊人

楽器探訪 Anothertake

自宅で一流アーティストのライブが楽しめる自動演奏ピアノ「ディスクラビア エンスパイア」

58529views

武満徹の思い「未来への窓」をコンセプトに個性的な公演を/東京オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアル

ホール自慢を聞きましょう

武満徹の思い「未来への窓」をコンセプトに個性的な公演を/東京オペラシティ コンサートホール:タケミツ メモリアル

14509views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

すべては、あの日の「無料体験レッスン」から始まった

5471views

暖房

楽器のあれこれQ&A

ピアノを最適な状態に保つには?暖房を入れた室内での注意点や対策

56921views

こどもと楽しむMusicナビ

“アートなイキモノ”に触れるオーケストラ・コンサート&ワークショップ/子どもたちと芸術家の出あう街

7055views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

30894views