Web音遊人(みゅーじん)

ショパンコンクール - Web音遊人

演奏者の想いが聴き手に伝わったとき、調律技術者としての喜びを感じた

第17回ショパン国際ピアノコンクールのグランドファイナル最終日、ヤマハのピアノ調律技術者、花岡昌範氏は、会場であるワルシャワの国立フィルハーモニーホールの最前列でフルコンサートグランドピアノ「CFX」を弾くシャルル・リシャール=アムランの演奏を聴いていた。調整に力を入れてきたペダルが実に巧みに、繊細に踏み分けられる演奏を目の前にして、技術者として大きな喜びと達成感に包まれていた。

2015年9~10月の第17回ショパンコンクールに向け、ヤマハの本格的な準備がスタートしたのはその約2年前。ショパンコンクールでのこれまでの経験をベースに、「本番に向けてどのような音作りをすべきか」が練られていた。
「ピアノは製作に1年、そこから弾き込みや調整を繰り返して最大限の性能を発揮できるよう育てるのに約2年の歳月がかかります。2015年は国際コンクールの当たり年だったため、複数のコンクールに向けたピアノの選定と現地へ送るタイミング、弾き込みのスケジュールなどが慎重に検討されました」

ショパンコンクール - Web音遊人

ピアノ調律技術者 花岡昌範氏

コンクールに出すピアノは、何台かの候補から会場の大きさや響き、演奏曲目(課題曲)などを考慮して選ぶ。本番と同等の響きの会場でピアニストの演奏による評価会を行い、さらに調整をして評価、という行程が繰り返された。そして絞り込まれた3台のCFXが、2015年夏にワルシャワに送られた。
楽器が到着してからの技術者の仕事は、本番に向けてピアノを最高の状態にまで引き上げること。ピアノをワルシャワの環境に慣らし、ショパンの作品に特化した弾き込みをし、安定させていった。

リサイタルとは違い、コンクールでは「癖がなく、演奏者の身体の一部になったかのように無理せずに弾けるピアノ」がふさわしい。それに加え、今回の選定では、コンテスタントは15分の選定時間内に4つのメーカーのピアノから1台を選ばなければならなかった。そのため「慣れるまでに時間のかかるような個性の強いピアノ」ではなく、短時間に「このコンクールで表現したいことを叶えてくれそうだ」と感じられるピアノが求められた。
そして、「艶やかで豊かな表現力、多彩な音色と湧き出るような響き」「連打のコントロール性の良さやピアニッシシモの美しさ、弾きやすいタッチ」をもつCFXが仕上げられた。ショパン演奏に求められるペダルの調整にも細心の配慮をした。
その結果としてのピアノ選定率はすでに公表されている通り。ヤマハが飛躍的に選定率を上げる結果となり、ヤマハチームはますます多忙をきわめていった。

ショパンコンクール - Web音遊人

(写真左)近くのホテルに作られた練習室。練習用ピアノの調整も技術チームの大切な任務。(写真右)アーティストリレーションチーム。各チーム一丸となって、コンテスタントのサポートに最大限努めた。

ついにショパンコンクールが開幕。期間中は、コンクール終了後の深夜に各社に割り当てられた時間内でピアノの調整をしたり、予告なしに会場に暖房が入って湿度が一気に下がり、ピアノのコンディションが大きく変わってしまったりと、ハードな局面が続いた。しかしその都度、最善の判断をして臨機応変に対応し、ヤマハを選んだ多くのコンテスタントに寄り添った。
審査が進むなかでコンテスタントたちから出されたコメントの多くが「この表現力と演奏性を維持してほしい」というものだったことが、演奏者の想いを叶えたいという視点で準備に臨んだ方向性の正しさを示していた。

グランドファイナルのステージでは、5人がCFXの艶やかな音色を世界に向けて響かせた。花岡氏の目前で神業ともいえるペダリングを披露したアムランは、みごと第2位に輝いた。「世界各国から集まった優秀なコンテスタントたちが、真剣勝負の場でここまでCFXをパートナーとして選んでくれたという事実こそが、楽器の魅力を証明していると思います」
コンクール会場では、技術者の花岡氏に「感動的な音色だった」「この世のものとは思えないような美しい響きだった」と目を潤ませながら話しかける聴衆もいたという。それは、これまでの苦労が報われた瞬間だった。「調律師冥利に尽きる言葉でした。と同時に、演奏者の想いがCFXを通じて表現されて、しっかりと聴く人に伝わっていることを実感しました」

「コンクールはとても多くのものを学ばせてくれる」と花岡氏は語る。「そこで切磋琢磨しながら楽器も成長していくし、われわれの技術もステップアップしていくのではないかと思います」
今回のホスト支店、技術、アーティストリレーションの各チームによる総合力も、次代を担う若い技術者たちへと受け継がれていくだろう。CFXの魅力もまた、コンテスタントたちによって世界各国へと語り継がれていくはずだ。コンクール後のコンサートでCFXを弾きたいと要望した人もいるという。「今回CFXを選んでくれた演奏者たちがこれからも弾いてくれたら、これほど嬉しいことはありません」

 

第17回ショパン国際ピアノコンクール – ピアノをめぐる物語

▼元ポーランド支店長 田所武寛氏
ヤマハピアノを輝かせるため、チーム一丸で全力を尽くした「ショパンコンクール」

▼ピアニスト シャルル・リシャール=アムラン氏
このピアノなら自分の意図する表現に応えてくれると思った

 

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:松居慶子さん「音楽は生きとし生けるものにとって栄養のようなもの」

5759views

音楽ライターの眼

連載16[ジャズ事始め]“上海リヴァイヴァル”を象徴する「上海バンスキング」とアジア・ジャズの序章

3971views

楽器探訪 Anothertake

おしゃれで弾きやすい!新感覚のアコースティックギター「STORIA」

45339views

ピアノの地震対策

楽器のあれこれQ&A

いざという時のために!ピアノの地震対策は大丈夫ですか?

40527views

ホルンの精鋭、福川伸陽が アコースティックギターの 体験レッスンに挑戦! Web音遊人

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ホルンの精鋭、福川伸陽がアコースティックギターの体験レッスンに挑戦!

10588views

弦楽器の調整や修理をする職人インタビュー(前編)

オトノ仕事人

弦楽器の“健康診断”から“治療”、健康アドバイスまで/弦楽器の調整や修理をする職人(前編)

14323views

音の粒までクリアに聴こえる音響空間で、新時代へ発信する刺激的なコンテンツを/東京芸術劇場 コンサートホール

ホール自慢を聞きましょう

音の粒までクリアに聴こえる音響空間で、刺激的なコンテンツを発信/東京芸術劇場 コンサートホール

12206views

日生劇場ファミリーフェスティヴァル

こどもと楽しむMusicナビ

夏休みは、ダンス×人形劇やミュージカルなど心躍る舞台にドキドキ、ワクワクしよう!/日生劇場ファミリーフェスティヴァル2022

2773views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

見るだけでなく、楽器の音を聴くこともできる!

13573views

われら音遊人

われら音遊人:アンサンブルを大切に奏でる皆が歌って踊れるハードロック!

4720views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

もしもあのとき、バイオリンを習っていたら

5493views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

9716views

【動画公開中】沖縄民謡アーティスト上間綾乃がバイオリンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】沖縄民謡アーティスト上間綾乃がバイオリンに挑戦!

8958views

ギター文化館

楽器博物館探訪

19世紀スペインの至宝級ギターを所蔵する「ギター文化館」

14527views

ジャズとロックの関係性

音楽ライターの眼

ジャズ・ギターとビートルズの出逢い~なぜ『ア・デイ・イン・ザ・ライフ』まで出逢えなかったのか?

2900views

弦楽器の調整や修理をする職人インタビュー(前編)

オトノ仕事人

見えないところこそ気を付けて心を配る/弦楽器の調整や修理をする職人(後編)

8120views

if~

われら音遊人

われら音遊人:まだまだ現在進行形!多くの人に曲を届けたい

959views

音楽を楽しむ気持ちに届ける「ELC-02」のデザインと機能

楽器探訪 Anothertake

【動画】「楽しさ」をまるごと運ぼう!「ELC-02」の分解、組み立て手順

17651views

音の粒までクリアに聴こえる音響空間で、新時代へ発信する刺激的なコンテンツを/東京芸術劇場 コンサートホール

ホール自慢を聞きましょう

音の粒までクリアに聴こえる音響空間で、刺激的なコンテンツを発信/東京芸術劇場 コンサートホール

12206views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

クラス分けもまた楽しみ、レッスン通いスタート

4670views

大人のピアニカ

楽器のあれこれQ&A

「大人のピアニカ」の“大人”な特徴を教えて!

2655views

こどもと楽しむMusicナビ

1DAYフェスであなたもオルガン博士に/サントリーホールでオルガンZANMAI!

2923views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

29241views