Web音遊人(みゅーじん)

ジャズとロックの関係性

ジャズ・ギターとビートルズの出逢い~なぜ『ア・デイ・イン・ザ・ライフ』まで出逢えなかったのか?

資料を調べているうちに、こんな疑問が浮かんできてしまった。

「なぜウェス・モンゴメリーは『ア・デイ・イン・ザ・ライフ』を制作するまでビートルズに手を付けなかった(あるいは付けられなかった)のか?」

ビートルズの歴史を改めて振り返ると、アメリカにビートルズ旋風が吹き始めたのは1964年初頭のこと。

もともとイギリスでデビューした彼らのレコードは、アメリカでは当初、輸入盤として販売されていた。

その販路をより拡大すべく、メジャー・レーベルのキャピトル・レコードとの契約を進め、同レーベル経由でリリースした「抱きしめたい」が1964年2月1日付のビルボード誌ホット100のシングル・チャート1位をゲットする。続く「シー・ラヴス・ユー」「キャント・バイ・ミー・ラヴ」と、連続14週にわたってナンバー・ワンの座を譲ることなく、その人気のほどを全米に知らしめることになった。

余談だけれど、15週目となる3月9日のチャートでビートルズの記録をストップさせたのがルイ・アームストロングの「ハロー・ドーリー」だったということに因縁めいたものを感じるのは、ジャズ・ファンの“遠吠え”なのかな……。

閑話休題。ウェス・モンゴメリーが心機一転でヴァーヴ・レコードに移籍したのが1964年。

それまでのジャズ・ギターの既成概念を打ち破る企画に挑戦してきたことはすでに触れ、ヒット・チャートを意識していたフシがあることにも言及した。

手の内でカードはそろっていたはずなのに、それをなかなか切らなかったのはなぜだろう?

考えられる理由は大きく分けて3つありそうだ。

まずは、ビートルズの楽曲を使う際の許諾や使用料がネックになっていたのではないかということ。

大手キャピトル・レコードがアメリカでの権利関係の窓口になっていたとすれば、かなり強気の対応がなされていたことが想像される。

実際に、ジャズの分野でそれまでにビートルズのカヴァーを手がけたのは、歌姫と呼ばれるジャズ・ヴォーカリストのなかでも売れっ子や、セールス実績のあるミュージシャンたちだった。

ウェス・モンゴメリーも実績こそあったものの、二つ返事で許諾を受けられる立場ではなく、レーベルも積極的にその後押しをするまでには至っていなかったのではないか。

2点目は“積極的な後押し”にも関係するが、ヴァーヴ・レコードのほうでビートルズ企画のアルバムがカブることを嫌ったのではないかということ。

というのも、同レーベルでは他に先駆けて1964年にエラ・フィッツジェラルド(『ハロー・ドーリー!』など)が、1966年にカウント・ベイシー楽団(『ベイシーズ・ビートル・バッグ』など)がビートルズの楽曲を取り上げているのだ。

キャピトル・レコードに所属していたナンシー・ウィルソン(『ア・タッチ・オブ・トゥデイ』など)はともかく、ほかのレーベルまでこぞってビートルズを取り上げ始めた1966年。「あえてウチがまたビートルズに挑戦しなくても……」とヴァーヴ・レコードの“腰が引けて”しまったとしてもやむなし、という状況だったことは想像に難くない。

そうした状況を反映しての3点目は、プロデューサーのクリード・テイラーが“意識的に保留していた”という可能性。

ヴァーヴ・レコードで彼は、マーケティング・リサーチ的なリリースを試していたように見えたわけだけれど、スムーズにリリースできない環境で無理をしてビートルズを使ってしまうのは「惜しい」と考えていたんじゃないだろうか。

リサーチを済ませてウェス・モンゴメリーのアルバムのための準備を整えてきたクリード・テイラーの提案に対して、レーベル側が難色を示したか、あるいはリリースの延期を提案したことは十分に考えられる。

その結果、好機を逸したくなかったクリード・テイラーが、ウェス・モンゴメリーとともにヴァーヴ・レコードを去ってA&Mレコードへ移籍した――。

A&Mレコードは、ハーブ・アルパートが自身のアルバムをリリースするために始めたインディペンデント・レーベルだった。設立は1962年。

ハーブ・アルパートの経歴はインターネットで検索していただきたいが、ジャズ出身ながらポップなセンスを発揮してヒットを飛ばすことのできた、ミュージシャンにしてプロデューサー。

“ビートルズという切り札”を使って、誰もやっていない“聴きやすいギターのジャズ”という新たなアルバムを制作する――そんな企画は、A&Mレコードにとって歓迎こそすれ、躊躇する要素はなかったのだろう。

ようやく舞台は整った。次回は『ア・デイ・イン・ザ・ライフ』を解説しよう。

 

▶

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

 

特集

森山良子

今月の音遊人

今月の音遊人:森山良子さん「音で自由に遊べたら、最高に愉快な人生になりますね」

14677views

J・シュトラウス2世の《美しく青きドナウ》は、オーストリアの第2国歌のような存在

音楽ライターの眼

J・シュトラウス2世の《美しく青きドナウ》は、オーストリアの第2国歌のような存在

21509views

v

楽器探訪 Anothertake

弾く人にとっての理想の音を徹底的に追究したサイレントバイオリン™

7132views

トロンボーン

楽器のあれこれQ&A

初心者なら知っておきたい、トロンボーンの種類や選び方のポイント

14314views

おとなの 楽器練習記 須藤千晴さん

おとなの楽器練習記

【動画公開中】国内外で演奏活動を展開するピアニスト須藤千晴が初めてのギターに挑戦!

8802views

オペラ劇場の音楽スタッフの仕事 - Web音遊人

オトノ仕事人

稽古から本番まで指揮者や歌手をフォローし、オペラの音楽を作り上げる/オペラ劇場の音楽スタッフの仕事(前編)

32779views

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

ホール自慢を聞きましょう

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

10034views

日生劇場ファミリーフェスティヴァル

こどもと楽しむMusicナビ

夏休みは、ダンス×人形劇やミュージカルなど心躍る舞台にドキドキ、ワクワクしよう!/日生劇場ファミリーフェスティヴァル2022

3598views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

10802views

ギグリーマン

われら音遊人

われら音遊人:誰もが聴いたことがあるヒット曲でライブに来たすべての人を笑顔に

2740views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

だから続けられる!サクソフォンレッスン10年目

5219views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

26836views

おとなの楽器練習記:岩崎洵奈

おとなの楽器練習記

【動画公開中】将来を嘱望される実力派ピアニスト、岩崎洵奈がアルトサクソフォンに初挑戦!

12237views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

見るだけでなく、楽器の音を聴くこともできる!

14647views

音楽ライターの眼

2020年2月、トニー・ハドリーが来日。スパンダー・バレエの名曲の数々を歌う/2020年2月23日、ビルボードライブ東京

9394views

音楽文化のひとつとしてレコーディングを守りたい/レコーディングエンジニアの仕事(後編)

オトノ仕事人

音楽文化のひとつとしてレコーディングを守りたい/レコーディングエンジニアの仕事(後編)

6604views

われら音遊人ー021Hアンサンブル

われら音遊人

われら音遊人:元クラスメイトだけで結成。あのころも今も、同じ思いを共有!

6043views

楽器探訪 Anothertake

【モニター募集】37鍵ピアニカに30年ぶりの新モデルが登場!メロウな音色×おしゃれなデザインの「大人のピアニカ」

26745views

武満徹の思い「未来への窓」をコンセプトに個性的な公演を/東京オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアル

ホール自慢を聞きましょう

武満徹の思い「未来への窓」をコンセプトに個性的な公演を/東京オペラシティ コンサートホール:タケミツ メモリアル

15475views

山口正介 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

この感覚を体験すると「音楽がやみつきになる」

8906views

ヤマハ製アコースティックギター

楽器のあれこれQ&A

目的別に選ぶ、ヤマハ製アコースティックギター

15836views

日生劇場ファミリーフェスティヴァル

こどもと楽しむMusicナビ

夏休みは、ダンス×人形劇やミュージカルなど心躍る舞台にドキドキ、ワクワクしよう!/日生劇場ファミリーフェスティヴァル2022

3598views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

32326views