Web音遊人(みゅーじん)

反田恭平 - Web音遊人

ユニークな個性が演奏に反映し、聴き手の心をわしづかみにする反田恭平のピアニズム

いま、若きピアニスト反田恭平の人気が沸騰中である。デビュー当初から絶大な人気を誇っているが、2015年にデビューCD「リスト」を発表して聴き手に鮮烈な印象を与え、2016年のサントリーホールにおけるデビュー・リサイタルでも、満員の聴衆が嵐のような喝采を送った。その後もアンドレア・バッティストーニと共演したラフマニノフの録音において、ロシアで学んだ成果を発揮するなど話題に事欠かない。

さらに2016年8月から9月にかけて行われた「浜離宮朝日ホール3夜連続コンサート」では、当日の演奏が同時収録され、終演後に「即出しCD」プロジェクトという新たな試みでリリースされた。ショパン国際ピアノ・コンクールなどの大きな国際コンクール会場ではこうしたスタイルのCDがよく見受けられるが、日本でのリサイタルの模様をその場で聴くことができるという録音は、まさに画期的なできごとだった。

今回は、それに続いて「先出しCD」と題されたCDがリリースされた。これは2017年7月8日から9月1日にかけて全国13都市で行われる縦断ツアーに先駆けてリリースされたもので、ツアーのふたつのプログラムのなかから厳選された作品が収録され、演奏を聴く前の予習の意味合いがもたれている。

このように新たな視点を備え、ピアノ界に新風を吹き込んでいる反田恭平だが、演奏は伝統にのっとり、楽譜の深い読み込みをモットーとし、作品の内奥へとひたすら入り込んでいくスタイル。各々の作品からある種のストーリーが浮かび上がる視覚的な奏法で、そこに自身のユニークな個性を盛り込んでいる。

反田恭平は、話がとてもおもしろい。テレビでその様子を見た人は、一気にユニークなキャラクターのとりこになってしまうようだ。インタビューでも、「これ、オフレコにしてください」といいながら、武勇伝や失敗談などをガンガン話してくれる。その性格が演奏に反映し、ピアノが雄弁に語り出す。

新譜『月の光~リサイタル・ピース第1集』は、シューベルトの「4つの即興曲」作品90D.899からスタート。美しい旋律に彩られた情感豊かで歌心あふれる4曲を、反田は慈しむようにゆったりと奏でていく。

第1番は全編にみなぎる悲哀と諦念の表情を前面に押し出し、第2番はのどかな自然を連想させるようにおだやかな響きで進める。第3番はシューベルトの歌曲を連想させる気高く美しい作品。反田はシューベルトの美質に迫ろうと、内省的で思索的な響きを醸し出す。第4番は内声の扱いに留意し、哀感をたたえていく。

続くラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」はハーフペダルを多用し、繊細な表現を重視した演奏にこだわる。ドビュッシーの「喜びの島」「月の光」も同様にニュアンスを大切にリズムや色彩を考慮した奏法で、陰影を重視するように弾き込んでいく。

次いでシューマン/リストの「献呈」が登場。これは美しく印象的な旋律を際立たせ、しっとりと主題をうたわせている。この作品は、モスクワ音楽院の1年目の予備科終了時の学内演奏会で初めて弾いた曲である。首席だったためトリを務め、「みんなを泣かせよう」と意気込んで弾いたという思い出の作品だ。

CDの最後を飾るのは、ショパンの「12の練習曲」作品10より「別れの曲」。これは各声部を浮かび上がらせ、語りかけるような演奏に徹している。なお、ツアーでは、12曲を通して演奏する。

反田恭平は、モスクワ音楽院でミハイル・ヴォスクレセンスキーに師事している。ヴォスクレセンスキーは、一徹で純粋で確固たる信念に貫かれた人。偉大なレフ・オボーリンの弟子ゆえ、ロシア・ピアニズムの歴史と伝統を継承し、生徒にもその奏法を伝授する。反田もヴォスクレセンスキーのレッスンからロシア作品の偉大さと奥深さを学び、作品が内包しているストーリー性をじっくり吟味し、演奏として昇華させた。それが他の作曲家の作品を演奏するときにも生かされている。

もうひとつ、つい先ごろ反田の初フォトブック『SOLID』と題する写真集が出版された。さまざまな写真とインタビュー記事、彼にまつわる多くの話が盛り込まれた1冊で、等身大の反田恭平が映し出されている。新譜、全国ツアー、フォトブックと、「ピアニスト反田恭平」の熱き夏は、まさに燃え盛っているようだ。

■リリースインフォメーション

アルバム『月の光~リサイタル・ピース第1集』

月の光~リサイタル・ピース第1集
発売元:日本コロムビア
発売日:2017年6月21日
価格:3,000円(税別)
詳細はこちら

フォトブック『SOLID』

SOLID 反田恭平 - Web音遊人
発売元:世界文化社
発売日:2017年7月7日
価格:2,500円(税別)
詳細はこちら

■反田恭平ピアノ・リサイタル2017 全国縦断ツアー

2017年7月8日(土)より全国13都市で開催
詳細はこちら

伊熊 よし子〔いくま・よしこ〕
音楽ジャーナリスト、音楽評論家。東京音楽大学卒業。レコード会社、ピアノ専門誌「ショパン」編集長を経て、フリーに。クラシック音楽をより幅広い人々に聴いてほしいとの考えから、音楽専門誌だけでなく、新聞、一般誌、情報誌、WEBなどにも記事を執筆。著書に「クラシック貴人変人」(エー・ジー出版)、「ヴェンゲーロフの奇跡 百年にひとりのヴァイオリニスト」(共同通信社)、「ショパンに愛されたピアニスト ダン・タイ・ソン物語」(ヤマハミュージックメディア)、「魂のチェリスト ミッシャ・マイスキー《わが真実》」(小学館)、「イラストオペラブック トゥーランドット」(ショパン)、「北欧の音の詩人 グリーグを愛す」(ショパン)など。2010年のショパン生誕200年を記念し、2月に「図説 ショパン」(河出書房新社)を出版。近著「伊熊よし子のおいしい音楽案内 パリに魅せられ、グラナダに酔う」(PHP新書 電子書籍有り)、「リトル・ピアニスト 牛田智大」(扶桑社)、「クラシックはおいしい アーティスト・レシピ」(芸術新聞社)、「たどりつく力 フジコ・ヘミング」(幻冬舎)。共著多数。
伊熊よし子の ークラシックはおいしいー

 

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