Web音遊人(みゅーじん)

フリートウッド・マック

1969年、英米ブルースの邂逅。フリートウッド・マック、伝説の“チェス・セッション”を解き明かす書籍刊行

1969年1月4日、英米ブルースの奇跡の邂逅が実現した。

イギリス全土にブリティッシュ・ブルース・ブームを巻き起こしたフリートウッド・マックがシカゴ・ブルースの名門レーベル“チェス・レコーズ”のスタジオを訪れ、本場アメリカのブルースメンとセッションを繰り広げたのだ。

ジョン・メイオールズ・ブルースブレイカーズのメンバー3人が独立する形で1967年に結成されたフリートウッド・マックはピーター・グリーンの神がかったブルース・ギターが人気を呼び、デビュー・アルバム『フリートウッド・マック』(1968)が全英チャート4位というヒットを記録。シングル『ブラック・マジック・ウーマン』『ニード・ユア・ラヴ・ソー・バッド』などもヒットしている。彼らの成功によって数多くのブルース・バンドがイギリス各地から登場。ザ・ビートルズが彼らのファンで、『サン・キング』でオマージュを捧げ、自らの“アップル・レコーズ”に迎えようとした話は有名だ(2021年に公開された『ザ・ビートルズ:Get Back』でも“アビー・ロード・スタジオ”のデスクに彼らのレコードが置かれているのを見ることが出来る)。

地元イギリスを掌中に収めた彼らはアメリカへの進出を図り、1968年6月から7月にかけて初の北米ツアーを行っているが、同年12月から翌1969年1月にかけて早くも2度目の北米ツアーに赴いている。シングル『アルバトロス』が全英チャート1位を奪取したという吉報が届いたのは、異国の空の下だった。

1969年1月、ハードなスケジュールを縫って、彼らは“チェス・レコーズ”のスタジオでセッションを行っている。1960年代前半に数々の伝説的なレコーディングが行われ、ザ・ローリング・ストーンズの曲でも歌われたサウス・ミシガン・アヴェニュー2120番地のビルではなく、数ブロック離れた東21番街に移転していたが、ウィリー・ディクスン、オーティス・スパン、S.P.リアリー、ウォルター”シェイキー”ホートン、J.T.ブラウン、デヴィッド”ハニーボーイ”エドワーズら“チェス”の誇るプレイヤー達、そして謎のギタリスト“ギター・バディ”(バディ・ガイの契約関係による変名)が参加することになった。

残念ながらマディ・ウォーターズやサニー・ボーイ・ウィリアムスン、リトル・ウォルター、ボ・ディドリーなどの人気ブルースメンはツアー中だったり正月休暇中だったりで集まらなかったものの、文句なし実力者揃いのラインアップである。

実際にはこの時点でフリートウッド・マックの脱・ブルース志向が始まっており、ピーターは「あと8か月早くやりたかった」と語ったというが、随所で鋭いフレーズを披露、ブルースへの情熱が健在であることが窺える。

また、当初“チェス”の面々はフリートウッド・マックについて「白人のポップ・バンドにブルースが弾けるか」とナメていたそうだが、いざセッションが始まるとそんな疑念は消えていった。この模様はアルバム『ブルース・ジャム・イン・シカゴVol.1』『同Vol.2』で聴くことが出来る。『エヴリデイ・アイ・ハヴ・ザ・ブルース』『シュガー・ママ』『ホームワーク』などの楽曲から即興ジャムまでのびのびと繰り広げるプレイの応酬は楽しげであるのと同時に、お互いに対するリスペクトが感じられるものだ。

『ブルース・ジャム・イン・シカゴ』は1969年12月にLPが発売となり、半世紀以上にわたり世界中のファンに聴き継がれてきたが、最近になってセッションの模様をドキュメントした書籍『Fleetwood Mac In Chicago 1969: The Legendary Chess Session』が刊行されてファンを驚喜させている。

当日スタジオで唯一のオフィシャル・フォトグラファーを務めたジェフ・ローウェンサルによる写真と、ロバート・シャフナーによるテキストからなる本書。全160ページのうち、かなりの部分を貴重な写真の数々が占める。これまでアルバムのブックレットや過去の書籍などで見ることが出来たものもあるが、それらを一堂に集め、膨大な未公開ショットを加えながら、この歴史的セッションの全貌をドキュメントしている。“シェイキー”ホートンの熱唱に笑みを浮かべるピーター・グリーン、寄り添うように並んで座ってギターを弾くバディ・ガイとジェレミー・スペンサー、英米ブルースを代表するプロデューサーのマイク・ヴァーノンとウィリー・ディクスンが1枚の写真に収まるなど、現場のリアルな迫力に唸らされる。

テキストもヴァーノンと“チェス”のプロデューサーだったマーシャル・チェスによる序文、当日の詳細な推移、バディ・ガイ、キム・シモンズ(サヴォイ・ブラウン)、エインズリー・ダンバー、リック・ニールセン(チープ・トリック)、クリス・スペディング、マーティン・バー(ジェスロ・タル)、ジョー・ボナマッサなどが初期フリートウッド・マックを語る談話(新規インタビュー&過去記事再録)もそれぞれの視点から見たバンドの音楽が興味深い。

半世紀以上が経って、ピーター・グリーンを筆頭に、多くの参加ミュージシャンが去ってしまった。このセッションの顔ぶれが集結することはもう二度とない。だが、『ブルース・ジャム・イン・シカゴ』と本書によって、1969年のシカゴでの1日は永遠となるのだ。

書籍『Fleetwood Mac In Chicago 1969: The Legendary Chess Session』

Fleetwood Mac In Chicago 1969: The Legendary Chess Session

発売元:Schiffer Pub Ltd
発売日:2022年11月28日
詳細はこちら(海外サイト)

山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
ブログインタビューリスト

facebook

twitter

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:ROLLYさん「曲の素晴らしさや洋楽との出会いなど、大切なことはすべてフィンガー5から学びました」

11971views

映画『プリンス ビューティフル・ストレンジ』

音楽ライターの眼

プリンスの故郷を通して見える素顔。映画『プリンス ビューティフル・ストレンジ』

1007views

v

楽器探訪 Anothertake

弾く人にとっての理想の音を徹底的に追究したサイレントバイオリン™

6592views

日ごろからできるピアノのお手入れ

楽器のあれこれQ&A

日ごろからできるピアノのお手入れ

64640views

おとなの楽器練習記:岩崎洵奈

おとなの楽器練習記

【動画公開中】将来を嘱望される実力派ピアニスト、岩崎洵奈がアルトサクソフォンに初挑戦!

11591views

オトノ仕事人

大好きな音楽を自由な発想で探求し、確かな技術を磨き続ける/ピアニストYouTuberの仕事

44887views

人が集まり発信する交流の場として、地域活性化の原動力に/いわき芸術文化交流館アリオス

ホール自慢を聞きましょう

おでかけ?たんけん?ホール独自のプランで人々の厚い信頼を獲得/いわき芸術文化交流館アリオス

7619views

こどもと楽しむMusicナビ

“アートなイキモノ”に触れるオーケストラ・コンサート&ワークショップ/子どもたちと芸術家の出あう街

6851views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

歴史的価値の高い鍵盤楽器が並ぶ「民音音楽博物館」

24059views

われら音遊人

われら音遊人

われら音遊人:人を楽しませたい!それが4人の共通の思い

6501views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

大人の音楽レッスン、わたし、これでも10年つづけています!

7082views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

9968views

脱力系(?)リコーダーグループ栗コーダーカルテットがクラリネットの体験レッスンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】脱力系(?)リコーダーグループ栗コーダーカルテットがクラリネットの体験レッスンに挑戦!

10593views

ギター文化館

楽器博物館探訪

19世紀スペインの至宝級ギターを所蔵する「ギター文化館」

14784views

音楽ライターの眼

連載13[ジャズ事始め]なぜ上海は“ジャズの揺りかご”となったのか?

3236views

オトノ仕事人

音楽フェスのブッキングや制作をディレクションする/イベントディレクターの仕事

12961views

われら音遊人:クラノワ・カルーク・ オーケストラ

われら音遊人

われら音遊人:同一楽器でハーモニーを奏でる クラリネット合奏団

8181views

CP88/73 Series

楽器探訪 Anothertake

ステージで際立つ音色とシンプルな操作性で奏者をサポート!最高のライブパフォーマンスをかなえるステージピアノ「CP88」「CP73」

15724views

水戸市民会館

ホール自慢を聞きましょう

茨城県最大の2,000席を有するホールを備えた、人と文化の交流拠点が誕生/水戸市民会館 グロービスホール(大ホール)

5048views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

すべては、あの日の「無料体験レッスン」から始まった

5317views

楽器のあれこれQ&A

きっとためになる!サクソフォンの基礎力と表現力をアップする練習のコツ

18519views

東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

こどもと楽しむMusicナビ

子ども向けだからといって音楽に妥協は一切しません!/東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

10745views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

29943views