Web音遊人(みゅーじん)

バイロイトにせまりつつある、新しいワーグナーの聖地「ブダペスト・ワーグナー・デイズ」

バイロイトにせまりつつある、新しいワーグナーの聖地「ブダペスト・ワーグナー・デイズ」

ドナウ川に面した美しい古都ブダペストの音楽ホールといえば、由緒あるリスト音楽院の大ホールが有名だが、実は2005年に中心部から少し南に下った川沿いに、モダンで最新の音響設備を持つコンサートホールがオープンした。

約1,700人収容のバルトーク国立コンサートホールは、Müpaと呼ばれる総合芸術施設の中にある。なおMüpaは日本語ではこれまで「芸術宮殿」と表記されてきたが(そもそもMüpaとはハンガリー語の「芸術宮殿」の略語)、現在ではMüpaが正式名称となっている。

さて、Müpaでは2006年より毎年初夏に、「ブダペスト・ワーグナー・デイズ」と題された大規模な祭典を開催、今や世界のワーグナー・ファンの間では本家バイロイト音楽祭に次ぐ聖地になりつつある。チケット価格がお手頃なこともあって、観客の外国人の割合が30パーセントを超える公演もあるという。

この祭典をここまで築き上げてきた立役者は、ハンガリーを代表するオペラ指揮者のアダム・フィッシャー。彼の人脈で、国際的なワーグナー歌いがこの時期ブダペストに集結すると言っても過言ではない。オーケストラは当初よりハンガリー放送交響楽団が務める。

なかでもハイライトは、文字通り4日連続で上演されるワーグナーの4部作『ニーベルングの指環』全曲上演だ。休みをはさまない4日連続上演は世界的にも珍しい。この通称《ブダペスト・リング》のもう一つの大きな特徴は単なるコンサート形式ではなく、映像や照明、ダンサーたちを効果的に用いた本格的な舞台であること。ホールにはオーケストラ・ピットがあってステージはかなり自由に使えることから、このスペースにふさわしい独自の演出が考案された。

二層になった舞台の上段には大きなスクリーンが設置され、そこには音楽に合わせてさまざまな象徴的な映像が映し出される—たとえば『ワルキューレ』では吹雪や火のイメージ、『ジークフリート』のブリュンヒルデの岩山は赤いカーテンといった具合に。その上、11人のダンサーが時には登場人物たちの心の内を表し、時にはストーリー中のキャラクターに扮して踊る。歌手たちは衣装こそコンサート用衣装だが、迫真の演技を繰り広げ、舞台がシンプルな分、感情がダイレクトに伝わってくる。

バイロイトにせまりつつある、新しいワーグナーの聖地「ブダペスト・ワーグナー・デイズ」

『ワルキューレ』より。ブリュンヒルデ(イレーネ・テオリン=左)、ヴォータン(ジェイムズ・ラザフォード=右)

歌手たちは総じて高水準だったが、とりわけジークリンデ役のアニヤ・カンペの歌唱は輝かしく、しかも繊細な表情までくっきり聴き取れて、至福だった。またブリュンヒルデ役のイレーネ・テオリン(今年新国立劇場の『ワルキューレ』でも同役を歌った)は、『ワルキューレ』『ジークフリート』『神々の黄昏』のブリュンヒルデ役を3日連続で歌うという偉業に挑んだが、指揮者フィッシャーの好サポートもあり、最後まで声は衰えることなく、威厳のあるブリュンヒルデ像を描き切った。男性陣ではニーベルング族の悪役たちが特に力演、アルベリヒ役のハンガリー人バスのペーター・カルマン、その息子ハーゲン役のルニ・バッテンバーグが存在感のある歌唱を聴かせた。

バイロイトにせまりつつある、新しいワーグナーの聖地「ブダペスト・ワーグナー・デイズ」

『神々の黄昏』のカーテンコール。写真中央の左から3人目が指揮のアダム・フィッシャー。

2017年はこの『指環』全曲上演に加えて、『パルジファル』と演奏機会の少ない初期オペラ『リエンツィ』も取り上げた。来年はいったん『指環』はお休みし、『トリスタンとイゾルデ』(新演出)、『タンホイザー』と『さまよえるオランダ人』を上演するが、2019年には『指環』が復帰する予定という。わずか10数年でブダペストの地で花開いたワーグナーの祭典は、この後どのように発展を遂げていくのだろうか。

 

特集

神保彰

今月の音遊人

今月の音遊人:神保彰さん「音楽によって、人生に大きな広がりを獲得できたと思います」

12801views

徳永二男、堤剛、練木繁夫

音楽ライターの眼

スメタナの傑作、G線上の哀歌から流れ出す激情/徳永二男、堤剛、練木繁夫による珠玉のピアノトリオ・コンサート Vol.9

1651views

楽器探訪 Anothertake

ナチュラルな響きと多彩な機能で電子ドラムの可能性を広げる、新たなフラッグシップモデルDTX10/DTX8シリーズ

4767views

エレキギター

楽器のあれこれQ&A

エレキギターのサウンドメイクについて教えて!

1059views

大人の楽器練習記:クラシック・サクソフォン界の若き偉才、上野耕平がチェロの体験レッスンに挑戦

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:クラシック・サクソフォン界の若き偉才、上野耕平がチェロの体験レッスンに挑戦

11691views

オトノ仕事人 ボイストレーナー

オトノ仕事人

歌うときは、体全部が楽器となるように/ボイストレーナーの仕事(前編)

25603views

HAKUJU HALL(白寿ホール)

ホール自慢を聞きましょう

心身ともにリラックスできる贅沢な音楽空間/Hakuju Hall(ハクジュホール)

23230views

こどもと楽しむMusicナビ

親子で参加!“アートで話そう”をテーマにしたオーケストラコンサート&ワークショップ/第16回 子どもたちと芸術家の出あう街

5612views

ギター文化館

楽器博物館探訪

19世紀スペインの至宝級ギターを所蔵する「ギター文化館」

15183views

われら音遊人:Kakky(カッキー)

われら音遊人

われら音遊人:オカリナの豊かな表現力で聴いている人たちを笑顔に!

8394views

サクソフォン、そろそろ「テイク・ファイブ」に挑戦しようか、なんて思ってはいるのですが

パイドパイパー・ダイアリー

サクソフォンをはじめて10年、目標の「テイク・ファイブ」は近いか、遠いのか……。

8414views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

30893views

今、注目の若き才能 ピアニスト實川風が ドラム体験レッスン!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】今、注目の若き才能 ピアニスト實川風が ドラム体験レッスン!

8858views

ギター文化館

楽器博物館探訪

19世紀スペインの至宝級ギターを所蔵する「ギター文化館」

15183views

ジャズとデュオの新たな関係性を考える

音楽ライターの眼

ジャズとデュオの新たな関係性を考えるvol.1

3784views

コレペティトゥーアのお仕事

オトノ仕事人

歌手・演奏者と共に観客を魅了する音楽を作り上げたい/コレペティトゥーアの仕事(後編)

7718views

われら音遊人

われら音遊人:大学時代の仲間と再結成大人が楽しむカントリー・ポップ

4592views

v

楽器探訪 Anothertake

弾く人にとっての理想の音を徹底的に追究したサイレントバイオリン™

6794views

ザ・シンフォニーホール

ホール自慢を聞きましょう

歴史と伝統、風格を受け継ぐクラシック音楽専用ホール/ザ・シンフォニーホール

24770views

サクソフォン、そろそろ「テイク・ファイブ」に挑戦しようか、なんて思ってはいるのですが

パイドパイパー・ダイアリー

サクソフォンをはじめて10年、目標の「テイク・ファイブ」は近いか、遠いのか……。

8414views

楽器のあれこれQ&A

初心者必見!トランペットをうまく鳴らすコツと練習方法

125652views

東京文化会館

こどもと楽しむMusicナビ

はじめの一歩。大人気の体験型プログラムで子どもと音楽を楽しもう/東京文化会館『ミュージック・ワークショップ』

7704views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

30893views