今月の音遊人
今月の音遊人:大江千里さん「バッハのインベンションには、ポップスやジャズに通じる要素もある気がするんです」
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夏の楽しみといえば野外音楽フェスティバル。ロック・ポップス系をはじめ、クラシック、ジャズと様々なフェスが世界中で開催されるが、ヨーロッパでは、伝統音楽系のフェスもかなり盛んだ。半世紀の歴史を持つフィンランドのカウスティネン・フェスが最も有名だが、その隣国エストニアにも素晴らしいフェスがある。ヴィリャンディ・フォーク・ミュージック・フェスティバルである。
『魔女の宅急便』の舞台モデルの一つにもなった美しい古都タリンを首都に戴くエストニアはバルト三国の最北に位置し、フィンランドとロシアに隣接した小国だ。一般的には元大相撲力士の把瑠都の出身国として、またクラシック音楽好きにとってはアルヴォ・ペルトの母国として知られているはず……。つまり、日本での認知度はけっして高くないわけだが、伝統音楽の歴史と土壌の豊かさに関しては他の北欧諸国にけっしてひけをとらない。
そんなエストニアで25年前から毎年夏に開催されてきたのがヴィリャンディ(Viljandi)のフォーク・フェスだ。ヴィリャンディは北端のタリンから南方160キロほどに位置する、同国の伝統文化の中心地とも言える古い町で、フェスの数ヶ所のライブ会場も、今は廃墟となった13世紀の古城(要塞)を核に設営されている。湖や森に囲まれた巨大な掘や城壁の景観が圧倒的に素晴らしく、ちょっとしたハイキング気分を味わいながらライブに浸れるのはなんとも贅沢である。
2017年の日程は7月27日~30日の4日間で、約60組のアーティストが出演した。そのうちの4分の1は、ペルー、ロシア、ハンガリー、デンマーク、ジョージア、フランス、ジャマイカ、セルビア、チリ等々の海外勢だ。イスラエルのエイワ(A-WA)やイタリアのカラシマ、ポーランドのカペラ・マリショフといった、最近のワールド・ミュージック・シーンで話題沸騰中のバンドも少なくない。もちろんエストニア国内勢の方も、カーリー・ストリングスやトラッド・アタックといった北欧フォーク界の人気者をきちんと押さえつつ、若手バンドにも目配せしたバランスのいいキャスティングになっている。
数ヶ所のライブ会場はどこも大きすぎず、また歩いて15分ほどの場所にまとまっているので、観客はあちこち気軽に回り、ステージそばで観ることができるのもうれしい。私はこれまで内外の数多くの音楽フェスを体験してきたが、自然環境の素晴らしさも含め、これほどゆったりと楽しく音楽に浸れるフェスはなかったように思う。
ちなみに、このフェスを1989年に立ち上げた一人アンド・キヴィベルグ氏は、2013年からヴィリャンディの市長を務めている。「市長の任期が終わったら、また一人のミュージシャンに戻りたい」と笑う氏は、フェスの最後を飾るオムニバス形式コンサートでは、自ら司会者を務める傍ら達者なバグパイプ演奏も披露した。音楽家と市民と行政が一体となって手作りしたイベント、という意味でも、世界でも稀なる幸福な音楽フェスだろう。
フェス終了後、日本でも知られるシンガー・ソングライターのマリ・カルクンと、2017年10月には日本公演をおこなうアコーディオン奏者トゥーリキ・バートシクと共に、彼女たちの故郷である同国最南部のヴォル県まで足を延ばしてみた。ヴィリャンディも十分すぎるほど自然豊かな町だったが、南エストニアののどかさ、深さはまた格別だ。バルト海の知られざる小国エストニア。その魅力は語り尽せない。
文/ 松山晋也
photo/ 松山晋也
tagged: エストニア, フォーク・フェスティバル
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