今月の音遊人
今月の音遊人:新妻聖子さん「あの歌声を聴いたとき、私がなりたいのはこれだ!と確信しました」
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パリには、ふたつのオペラハウスが存在する。1875年に落成式が行われたガルニエ宮(オペラ座と呼ばれる)と、1989年に新たに作られたオペラ・バスティーユである。
このオペラの殿堂を舞台に、キャストのみならずスタッフに焦点を当てた映画が誕生した。このオペラハウスは長年の伝統を守り、芸術の都パリのシンボルとして君臨してきたが、時代の波が押し寄せ、さまざまな問題を抱えるようになっている。
そのひとつひとつの問題にカメラは密着し、パリ・オペラ座総裁のステファン・リスナー、音楽監督のフィリップ・ジョルダンから衣裳係、清掃係、新進の歌手など劇場にかかわるすべての人に焦点を当てていく。
この映画は、あたかも自分たちが劇場の内部に入り込み、ひとりひとりのキャストやスタッフとともに問題に直面しているような気分にさせる。
「伝統を重視するべきか、時代に合わせて革新を追求すべきか」
監督のジャン=ステファヌ・ブロンは、ドキュメンタリーを得意とする人だが、ここでも過剰な演出はいっさいせず、事実を淡々と追い続け、パリ・オペラ座の真実をあぶり出す。
公演2日前の主役の降板劇、経営陣の苦悩、バレエ団芸術監督の退任など、さまざまな問題が次々に押し寄せてくる現状は、華やかなオペラの裏側を垣間見る思いだ。
ただし、音楽の美しさに魅せられる面も多い。映画を彩る音楽は、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」(ワーグナー)、「タンホイザー」(ワーグナー)、「ドン・ジョヴァンニ」(モーツァルト)、「モーゼとアロン」(シェーンベルク)、「弦楽四重奏曲第3番、第4番」(バルトーク)、「フィガロの結婚」(モーツァルト)、「ドン・キホーテの4つの歌」(イベール)、「ラ・バヤデール」(ミンクス)、「マズルカ」(ショパン)、「ファウストの劫罰」(ベルリオーズ)、「リゴレット」(ヴェルディ)、「交響曲第7番」(ベートーヴェン)、「青ひげ公の城」(バルトーク)、「愛の妙薬」(ドニゼッティ)など。これらの作品が断片的に登場してくる。
オペラを観る、聴く楽しみは、総合芸術を味わうことに尽きるが、その舞台が完成するまでには、劇場にかかわるすべての人々が幾多の困難を乗り越えてひとつの作品を作り上げていくことがわかる。この映画により、世界一流の芸術が完成するまでのプロセスを知り、なんと多くの人々がひとつの作品に力を注いでいるのだろうかと、驚きすら覚える。
折しも、パリ・オペラ座の音楽監督であるフィリップ・ジョルダンが、もうひとつの首席指揮者を務めるウィーン交響楽団と来日したばかり。その演奏は、広い海原へと漕ぎ出していくような勢いを感じさせるものだった。彼は、2020年からウィーン国立歌劇場の音楽監督に就任することが決まっている。そのジョルダンのリハーサルの様子と演奏も映画に映し出される。
『新世紀、パリ・オペラ座』は、いろんな角度から楽しめる映画であり、劇場に携わる人々は大きなファミリーを形成しているようなものだということがわかる。これは2017年モスクワ国際映画祭ドキュメンタリー映画賞を受賞した作品である。
伊熊 よし子〔いくま・よしこ〕
音楽ジャーナリスト、音楽評論家。東京音楽大学卒業。レコード会社、ピアノ専門誌「ショパン」編集長を経て、フリーに。クラシック音楽をより幅広い人々に聴いてほしいとの考えから、音楽専門誌だけでなく、新聞、一般誌、情報誌、WEBなどにも記事を執筆。著書に「クラシック貴人変人」(エー・ジー出版)、「ヴェンゲーロフの奇跡 百年にひとりのヴァイオリニスト」(共同通信社)、「ショパンに愛されたピアニスト ダン・タイ・ソン物語」(ヤマハミュージックメディア)、「魂のチェリスト ミッシャ・マイスキー《わが真実》」(小学館)、「イラストオペラブック トゥーランドット」(ショパン)、「北欧の音の詩人 グリーグを愛す」(ショパン)など。2010年のショパン生誕200年を記念し、2月に「図説 ショパン」(河出書房新社)を出版。近著「伊熊よし子のおいしい音楽案内 パリに魅せられ、グラナダに酔う」(PHP新書 電子書籍有り)、「リトル・ピアニスト 牛田智大」(扶桑社)、「クラシックはおいしい アーティスト・レシピ」(芸術新聞社)、「たどりつく力 フジコ・ヘミング」(幻冬舎)。共著多数。
伊熊よし子の ークラシックはおいしいー
配給:ギャガ
2017年12月9日(土)Bunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー
文/ 伊熊よし子
photo/ (c) 2017 LFP-Les Films Pelleas - Bande a part Films - France 2 Cinema - Opera national de Paris - Orange Studio - RTS
tagged: 音楽ライターの眼, 新世紀、パリ・オペラ座
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