ジャズとデュオの新たな関係性を考えるvol.5

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ジャズとデュオの新たな関係性を考えるvol.4
音楽ライターの眼
ジャズとデュオの新たな関係性を考えるvol.5

前回までに取り上げた『ナッシング・バット・ザ・ベース』と『パステル・シェイド』は、どちらもゲストが入れ替わるアルバム構成であるものの、コンセプションはまったく違うものだった。

それは一見、デュオである必要性とは一致しないように思えるかもしれないが、デュオであったからこそ本来の目的へとフォーカスすることができ、受け手にも伝わりやすいカタチになったと言える。

ただ、デュオとしては“異例”と言わざるをえない作品であったことも事実だろう。

まあ、“異例”と思えるようなものが出現したために、本稿の目的である“新たな関係性”に言及したくなったわけだから、それは当然と言えば当然なのだけれど……。

一方で、デュオを前面に押し出した作品が多くなってきたと感じたことが、新たな関係性に言及したくなる気持ちを強くさせたのも確かだったりする。2015年から16年にかけて目に留まったデュオ作品の短評を並べ、その流れについて論証してみたい。

アイル・リメンバー・エイプリル
『アイル・リメンバー・エイプリル』元岡一英&橋本信二

元岡一英は1950年生まれのピアニストで、1970年代から日本のジャズを底上げしようとする血気盛んなバンドへの参加を経て、1980年に渡米。ニューヨークでレジェンドの薫陶を受ける3年を過ごし、帰国後は日本のライヴ・シーンを支える屋台骨として活動を続けている。

対する橋本信二は、1948年生まれのギタリスト。1970年代後半からプロ活動を始める一方で、教える立場からもジャズを見つめていた“視座”をもつプレイヤーだ。

2015年10月にリリースされたこの“ベテラン”2人によるデュオ・アルバムは、“円熟”を音にしたという言葉しか見つからないような、不自然な緊張感をまったく感じさせない仕上がりなのだ。

緊張感を英語にするとテンション。音楽におけるテンションとは、和音進行を妨げない範囲で同時に発音される音の重なりに緊張感をもたらすものを指し、ジャズをジャズたらしめる要素であることが知られている。

では、そのテンションが“薄い”と感じさせるこの作品のデュオは、ジャズとは呼べないのかと言えば、さにあらず。

相手が繰り出す巧妙なテンション・ノートに対して、瞬時にその非和声な要素を安定化させる音で対応し、違和感を残さないバランスに組み上げてしまうのだ。

もちろんそれは、相手がやろうとすることを邪魔したり潰したりしようという意図はなく、非和声音であるままよりもさらに自然に“サウンドさせる”ためのものだ。

こうした“交感”を可能にするのは、それぞれの高度なバックボーンだけでは足りない。

デュオとはなんであるのかを知る2人だからこその音を教えてくれたのが、この作品だった。

usagi to neko
『usagi to neko』pd(大森菜々・酒井美絵子)

白たまの符頭に下向きの符幹と上向きの符幹の二分音符を並べたものが正式表記というこのデュオ。それが表わしているのはアルファベットのpとd、すなわちピアノとドラムのことである――というネーミングはバッチリ決まっているが、収録されているサウンドは“キメ”という“体裁”とは真逆のベクトルを描き、一触即発のインプロヴィゼイショナルな情動によって形成されるものとなっているのが『usagi to neko』だ。

ピアノの大森菜々とドラムの酒井美絵子は2012年にデュオを結成、主に名古屋・東海圏で活動を展開して、2016年6月リリースの本作が初ミニ・アルバム。

いきなり1曲目で、ショパンの「夜想曲第20番」がドシャメシャに崩されていくのだけれど、それは彼女たちがリスペクトする先人たちの“フリー”という手法を用いながらも、異なる“後味”を残してくれる。

あえて言うなら、先人たちは権威の象徴を崩すべきというマインドをもっていたのに対して、21世紀のインプロヴィゼイショナルなデュオにはそれが希薄であるということ。

では、なにがその情動を発するマインドの源泉になっているのかと言えば、それは共感と再生ではないだろうか。

すでに“存る”カタチをなぞるのではなく、未だ見ぬ曲の存り方に想いを馳せ、それを共有できるバディとともに探っていく――。

奇しくもほぼ同じタイミングで、“先人”である日本が世界に誇るインプロ界のレジェンドによるデュオのアルバムがリリースされていた。『おぼろ月夜』という、ドラムの森山威男とピアノの板橋文夫によるものだ。

そこでは、お互いの思索的視線をあえて交錯させずに曲を成立させていくという、パラレルなスタンスでのインプロ・デュオが展開され、レジェンドならではの実存性を感じさせるものがあった。次世代以降がその影響を無視できないほどの説得力があることは、言うまでもない。

しかし、聴き比べると、「違うな……」と感じた。つまり、インプロの手法は継承されながら、感じる“後味”の違いのなかに、デュオに対する明らかなマインドの変化があるということになる

さて次回は、ヴォーカルと楽器という組み合わせのデュオの事例を取り上げたい。

<続>

ジャズとデュオの新たな関係性を考える<全編>

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
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文/ 富澤えいち