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【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#021 コルトレーンが“宇宙観の表現”へと駆け上がるタイミングを“味見”してみよう~ジョン・コルトレーン『ソウル・トレーン』編

当シリーズ21回目で、ようやくジョン・コルトレーンのアルバムの登場です。

1955年に当時のジャズ・シーンで最も注目されていたマイルス・デイヴィスのバンドに大抜擢されたジョン・コルトレーンでしたが、当初はオーソドックスなハード・バップのサックスのスタイルや音色から離れようとするアプローチを試行錯誤していたため、シーンの評価を得ることができませんでした。

そこで、1957年にマイルス・デイヴィス・クインテットを離れ、セロニアス・モンクのバンドに参加。セロニアス・モンクから自分の音楽的アイデアを具現するヒントを授かると、自らが進むべき方向性を見出して邁進するようになります。

同年5月に初リーダー・アルバムを制作。自身のスタイルを確立したことによる自信にあふれたプレイを展開するようになり、翌1958年にはマイルス・デイヴィス・クインテットに復帰。

本作は、ジョン・コルトレーンが名実ともにジャズ史の最前列へ躍り出た、初期“コルトレーン・ジャズ”を代表する作品なのです。


ソウル・トレーン/ジョン・コルトレーン

アルバム概要

本作は、1958年2月にスタジオで収録、LP盤としてリリースされました。

A面2曲、B面3曲の計5曲で、CDも同数・同曲順です。

メンバーは、テナー・サックスのジョン・コルトレーン、ピアノのレッド・ガーランド、ベースのポール・チェンバース、ドラムスのアート・テイラーの4名。

収録曲がすべてカヴァーで構成されているところも特色と言えるでしょう。

“名盤”の理由

ジョン・コルトレーンは同時期に『ブルー・トレイン』というアルバムを制作(1957年)。こちらも初期を代表する人気の高い作品として知られています。

『ブルー・トレイン』については、当シリーズで後々取り上げる予定なので詳しくは触れませんが、3管編成のハード・バップを意識した仕上がりであることが本作との相違ポイントになります。

一方の本作は、ジョン・コルトレーンのワン・ホーンとピアノ・トリオという編成。

つまり、ジョン・コルトレーンが自らのプレイでどんなサウンドを生み出そうとしているのかを、よりはっきり“見えやすく”しようという意図が感じられる企画だと言うことができるでしょう。

また、前作にあたる『ブルー・トレイン』が収録5曲中4曲でオリジナル曲を採用しているのに対して、本作には1曲も入っていません。これも、リスナーの多くが耳にしたことのある曲を扱うことで、自身の斬新なサウンド的アイデアによる“違い”を際立たせたいという意図があったものと思われ、それらがリスナーにわかりやすく伝わった結果が本作を“名盤”の地位に導いたのだと考えられます。

いま聴くべきポイント

ジョン・コルトレーンはこのあと、『ジャイアント・ステップス』を制作(1959年)。

そこでは初期のハード・バップの影響下にあったスタイルを完全に脱して、チャーリー・パーカー由来のめまぐるしいコード・チェンジによって生み出されるビバップの系譜とも、マイルス・デイヴィスが掘り返した中世ヨーロッパの教会音楽に由来するモード(旋法)を用いた系譜とも異なる、独自の“宇宙観”を表現しうるような境地へと駆け上がっていくことになります。

本作は、その中期“コルトレーン・ジャズ”へと駆け上がる直前に制作された、過渡期の作品であると言えるのですが、前述のようにリスナーにわかりやすく企画されたのも過渡期であればこそ、なのではないでしょうか。

また、本作収録の〈ロシアの子守唄〉における、メロディを凌駕するような装飾音を用いて空間を埋め尽くそうとする手法は、すでに『ジャイアント・ステップス』の領域に達していたことを示す証左でもあると言えます。

つまり、中期“コルトレーン・ジャズ”を探っていく際の“デギュスタシオン(=味見)”として活用できる、いや、活用してほしい1枚である、と思わせるところが、65年という時を経た現在の、本作の魅力なのです。

「ジャズの“名盤”ってナンだ?」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
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