Web音遊人(みゅーじん)

タファネル 至高のファンタジスト

近代フルートの父、タファネル芸術の真髄を豊かな音楽性で表現したニューアルバム/ザビエル・ラック『タファネル 至高のファンタジスト』

フルートはいうまでもなく古い歴史をもつが(遡る気になれば紀元前にまでルーツを追い求めることができるだろう)、近代フルートの歴史において堅固な土台を築き上げたのが、テオバルト・ベームを筆頭とする楽器製作にも携わったフルート奏者たち。彼らによって機能が充実し、楽器としての可能性を広げたフルートは新しい時代を迎えることとなる。1844年にフランスのボルドーで生まれ、1908年にパリで没したポール・タファネルは、そうした新時代を生きたリーダー的存在の一人である。フルート奏者やフルート音楽の愛好家にとっては重要な存在であるものの、実はこの作曲家を軸としてプログラムが組まれるコンサートやCDは少ないといえるだろう。

オーストラリアのシドニーに生まれ、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団をはじめとする世界各地の一流オーケストラで演奏してきたザビエル・ラックは、神戸女学院大学音楽学部で若く将来性のある学生たちを教える中、この企画『タファネル 至高のファンタジスト』を思いついたという。19世紀後半から20世紀に至る時代に書かれた諸作品が楽器の可能性を広げ、華麗な音楽を奏でる楽器だという印象を与え、結果的に現代の私たちがイメージする魅力的なフルート像を作り上げたということだ。このCDに収録されている作品たちは、その立役者であり証言者だといえるだろう。

CDはまず、タファネル自身による「トマの『ミニョン』による大幻想曲」で始まる。19世紀はフルートに限らず、人気オペラのアリアなどを引用してヴィルトゥオーゾ・ピースに仕立てる「幻想曲(ファンタジー)」や「変奏曲(バリエーション)」が大流行した。この曲はアンブロワーズ・トマというフランスの人気作曲家が書いたオペラ『ミニョン』から、名アリアと称される「君よ知るや南の国」ほかのメロディを引用。前半は歌う楽器としての表現力を、後半は幅広い音域の中で縦横無尽に飛び回るような音楽により、細かな音も美しく再現できる楽器の能力と演奏者の技量を試すような構成になっている。言い換えるなら、この1曲で演奏者の音楽性や能力がわかってしまうような作品だということだろう。

こうした傾向は同じタファネルによる「トマの『フランチェスカ・ダ・リミニ』による幻想曲」と「ウェーバーの『魔弾の射手』による幻想曲」、そして前半の陰りある雰囲気が印象深い「アンダンテ・パストラールとスケルツェッティーノ」にも共通している。こうした作品におけるザビエル・ラックの演奏は、澄んだ音色と伸びやかに歌う節回しにより、青空の中を気持ちよく伸びていく飛行機雲のような音楽だという印象さえ受ける。もちろん躍動的な部分における音も安定しており、どんなに細かな音であっても一音一音がしっかりと形を作っているため、音楽が常に安定している(つまり安心して聴ける)といえるだろう。

タファネル同様にフルート奏者・作曲家・指揮者として活躍したデンマークのアンデルセン(アナセン)も、19世紀においてフルートの可能性を広げた一人。このCDの中でもっとも大規模な作品である「コンツェルトシュトゥック(小協奏曲)」も、タファネルの「幻想曲」と同じスタイルの作品である。「カルメン幻想曲」の作曲者として知られるフランス人フルート奏者・作曲家のボルンによる「バラードと小鬼たちの踊り」(この曲はタファネルに献呈されている)もまた、「歌+舞曲」というスタイルで同じ系列に並ぶ曲だといえるだろう。ここでもラックの丁寧な演奏が音楽に自然な流れを与えている(言うまでもないことだが、曲に命を吹き込み、魅力的な音楽に育て上げるのは演奏者なのだ)。

さらに、フォーレがタファネルに献呈した「小品(ヴォカリーズ=エチュード)」、そしてフルートの名曲として名高いグルックの「精霊の踊り」は、もの憂げな音色が心に迫る作品。これもまたフルートならではの魅力であり、ラックのメランコリックな音がドラマを感じさせてくれる。フルートを演奏する方はもちろん、フルート音楽やフランス音楽がお好きなリスナーの方にも、ぜひおすすめしたい一枚だ。

なお追加情報ながら、ブックレットにはラック自身の執筆による詳細な解説文、作曲家の紹介および曲目解説が掲載されている。演奏者による解説文は曲に対するアプローチを知り、演奏を深く味わう上でも重要なものなので、ぜひご一読を。

■タファネル 至高のファンタジスト

発売元:カメラータ・トウキョウ
発売日:2017年2月25日
料金:2,800円(税抜)
使用楽器:ヤマハ ハンドメイドフルート「イデアル」
詳細はこちら

■ザビエル・ラック フルートコンサート

出演:ザビエル・ラック(フルート)、岡本知也(ピアノ)
日時:2018年7月14日(土)19:00開演(18:30開場)
会場:ヤマハ銀座コンサートサロン(東京都中央区銀座7-9-14 ヤマハ銀座ビル6F)
料金:2,000円(税込)
定員:80名 全席自由(要予約)
公演の詳細はこちら

 

特集

五嶋みどり

今月の音遊人

今月の音遊人:五嶋みどりさん「私にとって音楽とは、常に真摯に向き合うものです」

17724views

ニューイヤー・コンサート2018

音楽ライターの眼

ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサート2018は、14年ぶりにムーティが指揮台に立つ

7620views

アコースティックギター「FG9」

楽器探訪 Anothertake

力強さと明瞭さが拓くアコースティックギターの新たな可能性

2984views

楽器のあれこれQ&A

いまさら聞けない!?エレクトーン初心者が知っておきたいこと

28767views

ホルンの精鋭、福川伸陽が アコースティックギターの 体験レッスンに挑戦! Web音遊人

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ホルンの精鋭、福川伸陽がアコースティックギターの体験レッスンに挑戦!

11175views

誰でも自由に叩けて、皆と一緒に楽しめるのがドラムサークルの良さ/ドラムサークルファシリテーターの仕事(後編)

オトノ仕事人

リズムに乗せ人々を笑顔に導く/ドラムサークルファシリテーターの仕事(後編)

7143views

サントリーホール(Web音遊人)

ホール自慢を聞きましょう

クラシック音楽の殿堂として憧れのホールであり続ける/サントリーホール 大ホール

23101views

東京文化会館

こどもと楽しむMusicナビ

はじめの一歩。大人気の体験型プログラムで子どもと音楽を楽しもう/東京文化会館『ミュージック・ワークショップ』

7768views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

10434views

われら音遊人

われら音遊人

われら音遊人:音楽は和!ひとつになったときの達成感がいい

6050views

パイドパイパー・ダイアリー Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

楽器は人前で演奏してこそ、上達していくものなのだろう

8872views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

10466views

おとなの 楽器練習記 須藤千晴さん

おとなの楽器練習記

【動画公開中】国内外で演奏活動を展開するピアニスト須藤千晴が初めてのギターに挑戦!

8514views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

歴史的価値の高い鍵盤楽器が並ぶ「民音音楽博物館」

24817views

音楽ライターの眼

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#028 “陰のリーダー”の“恩返し”から生まれた“置き土産”!?~キャノンボール・アダレイ&マイルス・デイヴィス『サムシン・エルス』編

1231views

ステージマネージャーの仕事 - Web音遊人

オトノ仕事人

ステージマネージャーひと筋に、楽員とともにハーモニーを奏で続ける/オーケストラのステージマネージャーの仕事(後編)

17881views

われら音遊人

われら音遊人:ママ友同士で結成し、はや30年!音楽の楽しさをわかちあう

5702views

楽器探訪 Anothertake

バンドメンバーになった気分でアンサンブルを楽しめるクラビノーバ「CVP-800シリーズ」

7549views

札幌コンサートホールKitara - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

あたたかみのあるデザインと音響を両立した、北海道を代表する音楽の殿堂/札幌コンサートホールKitara 大ホール

18431views

山口正介さん

パイドパイパー・ダイアリー

「自転車を漕ぐように」。これが長時間の演奏に耐える秘訣らしい

6322views

引っ越しのシーズン、電子ピアノやエレクトーンの取り扱いについて

楽器のあれこれQ&A

引っ越しのシーズン、電子ピアノやエレクトーンを安心して運ぶには?

114791views

こどもと楽しむMusicナビ

“アートなイキモノ”に触れるオーケストラ・コンサート&ワークショップ/子どもたちと芸術家の出あう街

7114views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

10466views