今月の音遊人
今月の音遊人:富貴晴美さん「“音で遊ぶ人”たちに囲まれたおかげで型にはまることのない音作りができているのです」
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3大テノールを受け継ぐ情熱的な歌声を聴かせたサルヴァトーレ・リチートラを偲ぶ Vol.1
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2018.10.18
tagged: サルヴァトーレ・リチートラ, 3大テノール, サルヴァトーレ・リチートラを偲ぶ
2011年9月5日、ショックなニュースが世界中を駆け巡った。イタリア出身のテノール、サルヴァトーレ・リチートラの訃報が届いたからだ。彼はシチリアのラクーザ近郊でスクーターを運転中に転倒し、すぐにヘリコプターでカターニアの病院に運び込まれたが、重傷だと伝えられていた。
これを聞いて非常に驚き、心配になった。リチートラには何度かインタビューをし、そのたびに明るい笑顔とおおらかな性格、ときには歌声も披露してくれたからだ。
そして5日、脳死と判断され、彼の遺族が臓器提供に同意したそうだ。享年43。あまりにも突然の訃報にしばらくは何も考えられず、追悼の文章も書けなかったが、いまようやくすばらしい歌声を聴かせてくれたリチートラを偲び、録音にも耳を傾けることができるようになった。
今回から3回に分けて、3大テノールを受け継ぐ情熱的な歌声を聴かせてくれたリチートラを偲び、生前さまざまなことを語ってくれた、そのインタビューを紹介したいと思う。生い立ちからオペラ歌手として世に出るまで、そして世界のオペラハウスで活躍した時代の音楽に対する熱い思いをお届けしたい。
リチートラは、2011年の9月、ボローニャ歌劇場の来日公演でヴェルディの「エルナーニ」のタイトルロールをうたう予定になっていた。「エルナーニ」は外来オペラとして日本初上演だった。かえすがえす残念である。
サルヴァトーレ・リチートラは1968年8月10日、シチリア出身の両親のもと、スイスのベルンに生まれた。そしてミラノで育つ。
リチートラはインタビューでの話し声もよく響く浸透力のある強い声で、非常に雄弁である。子どものころから教会でうたったり、合唱団に入ったり、何か歌とのかかわりをもっていたのだろうかと聞くと。
「いいえ、まったく音楽とは関係のない生活を送っていました。ただし、テレビから歌が流れてくると、それをすぐにまねして正確にうたえるような子どもでした。そんな私を見て母が聖歌隊に加わるよう勧めてくれたのですが、当時はとてもシャイでしたので、人前でうたうなどとてもできないと、母のことばから逃げまわっていました(笑)。
ですから、もちろん音楽学校にも行っていません。グラフィックデザインを学び、18歳のときにグラフィックデザイナーとして仕事を始めました。でも、その仕事をしながら大声でうたっているのを聴いて、母が歌の勉強をするべきだと強く言い張ったのです」
その勉強はどのような内容だったのだろうか。
「音楽学校には行かず、ずっとグラフィックの仕事をしていたのです。ですから本格的に音楽の勉強をしていなかったわけですが、母の強い勧めもあり、21歳から声楽の先生に就いてオペラの歌唱法を学びました。毎日その先生のところに通ったんですよ。
この先生には6年間習いました。しかし、いま振り返ると、先生はまったく私にとってプラスになることを教えてくれませんでした。その証拠に、習っている間にコンクールに7回挑戦しましたが、すべて落選してしまったんです」
なぜ、7回も落選したのだろうか。
「驚かれるかもしれませんが、コンクールの審査員といわれる人たちは、必ずしも音楽の知識が豊富ではなく、この声質にはこの役が適しているということを本当の意味で理解している人は意外と少ないのです。音楽の知識が豊富な審査員に巡り会わなかったこともありますが、最初の先生は私の声に合わない、《アイーダ》や《トゥーランドット》といった重い声質を要求される曲をうたわせてばかりいたことも関係しました。声楽を習い始めたばかりの人間にこういった曲を習い、うたわせると、声の質を壊す可能性があり、よくなかったと思います。私の声はもっと軽く明るく叙情的な役の方が合っていたのです。
合わない曲をうたわせ続けられたのですから、私の声は完全におかしくなってしまいました。するとその先生は”あなたはバリトンに転向しなさい”といったのです。これを聞いて、”もうこの先生はダメだ”と思い、離れる決心をしたのです」
(続く)
▶「3大テノールを受け継ぐ情熱的な歌声を聴かせたサルヴァトーレ・リチートラを偲ぶ」全編
伊熊 よし子〔いくま・よしこ〕
音楽ジャーナリスト、音楽評論家。東京音楽大学卒業。レコード会社、ピアノ専門誌「ショパン」編集長を経て、フリーに。クラシック音楽をより幅広い人々に聴いてほしいとの考えから、音楽専門誌だけでなく、新聞、一般誌、情報誌、WEBなどにも記事を執筆。著書に「クラシック貴人変人」(エー・ジー出版)、「ヴェンゲーロフの奇跡 百年にひとりのヴァイオリニスト」(共同通信社)、「ショパンに愛されたピアニスト ダン・タイ・ソン物語」(ヤマハミュージックメディア)、「魂のチェリスト ミッシャ・マイスキー《わが真実》」(小学館)、「イラストオペラブック トゥーランドット」(ショパン)、「北欧の音の詩人 グリーグを愛す」(ショパン)など。2010年のショパン生誕200年を記念し、2月に「図説 ショパン」(河出書房新社)を出版。近著「伊熊よし子のおいしい音楽案内 パリに魅せられ、グラナダに酔う」(PHP新書 電子書籍有り)、「リトル・ピアニスト 牛田智大」(扶桑社)、「クラシックはおいしい アーティスト・レシピ」(芸術新聞社)、「たどりつく力 フジコ・ヘミング」(幻冬舎)。共著多数。
伊熊よし子の ークラシックはおいしいー
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発売日:2012年2月22日
価格:1,800円(税抜)
『禁断の恋』
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発売日:2006年8月23日
価格:2,400円(税抜)