Web音遊人(みゅーじん)

サルヴァトーレ・リチートラ

3大テノールを受け継ぐ情熱的な歌声を聴かせたサルヴァトーレ・リチートラを偲ぶ Vol.2

リチートラが次に師事したのは、偉大なるイタリアのテノール、カルロ・ベルゴンツィ(1924~2014)だった。ベルゴンツィの元でレッスンを受けたことで、ようやくデビューにつながる。

「ベルゴンツィには2年間レッスンを受けました。彼が私にいったのは、“いままで練習したことはすべて忘れ、習い始める前に戻りなさい”ということでした。ベルゴンツィは私に自分の自然な声で自由にうたい、人のまねをせず、本来の自分を取り戻すようにといったのです。だれかのまねをするのではなく、自分のもっている個性、声質で勝負するのが一番だということですね。その教えは、いまも忠実に守っています」

そして、ついに1998年1月、パルマ王立歌劇場におけるヴェルディ「仮面舞踏会」でデビューを果たす。その後、ミラノ・スカラ座で指揮者のリッカルド・ムーティのオーディションを受けて主役を得たり、プラシド・ドミンゴからアドヴァイスを受けるなどさまざまな経験を積み重ね、「運命の力」「アイーダ」「マクベス」をはじめ数々の主役をうたい、「次世代のテノール」の呼び声が高くなっていく。

 「マエストロ・ムーティのオーディションを受けて主役をもらったときも、自分の声、自分の表現、自分の解釈を貫き通しました。ムーティはそんな私にオペラのあり方、演技の仕方など、こまやかな助言を与えてくれました。その後、偉大なテノール、プラシド・ドミンゴからもさまざまな助言をもらいました」

2002年5月、リチートラはニューヨークのメトロポリタン歌劇場でルチアーノ・パヴァロッティの代役としてプッチーニの「トスカ」のカヴァラドッシをうたい、大成功を収める。当日は、パヴァロッティが「METでの最後のオペラ出演」といわれていたため、世界中からファンが押し寄せていた。こうした状況下の緊急出演だった。そして客席の反応は、開演前と終演後では大きく違っていた。

 「私は控えの歌手として準備をしていたのですが、当時のMETの総支配人、ジョセフ・ヴォルピ―から呼ばれ、パヴァロッティがキャンセルしたからと、急きょステージに立つようにと命じられたのです。本番の30分前でした。カヴァラドッシは長年勉強して完全に自分の手の内に入っている役でしたので、無我夢中でうたいました。観客はパヴァロッティの歌を聴きにきているわけです。私は1998年にイタリアでデビューしていましたが、当時アメリカでは無名に等しい存在です。私が代役を務めるということが会場にアナウンスされたときには、会場全体が落胆の色に包まれていました」

(続く)

伊熊 よし子〔いくま・よしこ〕
音楽ジャーナリスト、音楽評論家。東京音楽大学卒業。レコード会社、ピアノ専門誌「ショパン」編集長を経て、フリーに。クラシック音楽をより幅広い人々に聴いてほしいとの考えから、音楽専門誌だけでなく、新聞、一般誌、情報誌、WEBなどにも記事を執筆。著書に「クラシック貴人変人」(エー・ジー出版)、「ヴェンゲーロフの奇跡 百年にひとりのヴァイオリニスト」(共同通信社)、「ショパンに愛されたピアニスト ダン・タイ・ソン物語」(ヤマハミュージックメディア)、「魂のチェリスト ミッシャ・マイスキー《わが真実》」(小学館)、「イラストオペラブック トゥーランドット」(ショパン)、「北欧の音の詩人 グリーグを愛す」(ショパン)など。2010年のショパン生誕200年を記念し、2月に「図説 ショパン」(河出書房新社)を出版。近著「伊熊よし子のおいしい音楽案内 パリに魅せられ、グラナダに酔う」(PHP新書 電子書籍有り)、「リトル・ピアニスト 牛田智大」(扶桑社)、「クラシックはおいしい アーティスト・レシピ」(芸術新聞社)、「たどりつく力 フジコ・ヘミング」(幻冬舎)。共著多数。
伊熊よし子の ークラシックはおいしいー

■アルバムインフォメーション

『サルヴァトーレ・リチートラ ザ・ベスト』
『サルヴァトーレ・リチートラ ザ・ベスト』
発売元:ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル
発売日:2012年2月22日
価格:1,800円(税抜)

『禁断の恋』
『禁断の恋』
発売元:ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル
発売日:2006年8月23日
価格:2,400円(税抜)

 

特集

秋川雅史さん「今は声を磨くことが楽しい。まだまだ成長途中で、人生を上っている段階です」

今月の音遊人

今月の音遊人:秋川雅史さん「今は声を磨くことが楽しい。まだまだ成長途中で、人生を上っている段階です」

11683views

音楽ライターの眼

連載2[多様性とジャズ]マスク着用率が高い日本で“音楽と個人主義”が語れるのかを考えてみた

2021views

音楽を楽しむ気持ちに届ける「ELC-02」のデザインと機能

楽器探訪 Anothertake

【動画】「楽しさ」をまるごと運ぼう!「ELC-02」の分解、組み立て手順

18074views

暖房

楽器のあれこれQ&A

ピアノを最適な状態に保つには?暖房を入れた室内での注意点や対策

55756views

おとなの 楽器練習記 須藤千晴さん

おとなの楽器練習記

【動画公開中】国内外で演奏活動を展開するピアニスト須藤千晴が初めてのギターに挑戦!

7715views

トーマス・ルービッツ

オトノ仕事人

アーティストに寄り添い、ともに楽器の開発やカスタマイズを行うスペシャリスト/金管楽器マイスターの仕事

1535views

ホール自慢を聞きましょう

歴史ある“不死鳥の街”から新時代の芸術文化を発信/フェニーチェ堺

8442views

日生劇場ファミリーフェスティヴァル

こどもと楽しむMusicナビ

夏休みは、ダンス×人形劇やミュージカルなど心躍る舞台にドキドキ、ワクワクしよう!/日生劇場ファミリーフェスティヴァル2022

2970views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

世界中の珍しい楽器が一堂に集まった「浜松市楽器博物館」

30651views

われら音遊人

われら音遊人:ママ友同士で結成し、はや30年!音楽の楽しさをわかちあう

4936views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

音楽知識ゼロ&50代半ばからスタートしたサクソフォンのレッスン

7801views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

29941views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目のピアノデュオ鍵盤男子の二人がチェロに挑戦!

8310views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

専門家の解説と楽器の音色が楽しめるガイドツアー

8408views

音楽ライターの眼

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#026 ハード・バップのお手本を生み出したシンプルな編成と陽キャな企画~ブルー・ミッチェル『ブルーズ・ムーズ』編

1149views

打楽器の即興演奏を楽しむドラムサークルの普及に努める/ドラムサークルファシリテーターの仕事(前編)

オトノ仕事人

一期一会の音楽を生み出すガイド役/ドラムサークルファシリテーターの仕事(前編)

15028views

上海ブラスバンド日本支部

われら音遊人

われら音遊人:上海で生まれた縁が続く大家族のようなブラスバンド

2220views

Venova(ヴェノーヴァ)

楽器探訪 Anothertake

やさしい指使いと豊かな音色を両立させた、「分岐管」と「蛇行管」

1views

水戸市民会館

ホール自慢を聞きましょう

茨城県最大の2,000席を有するホールを備えた、人と文化の交流拠点が誕生/水戸市民会館 グロービスホール(大ホール)

5048views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

クラス分けもまた楽しみ、レッスン通いスタート

4776views

アコースティックギター

楽器のあれこれQ&A

アコースティックギターの保管方法やメンテナンスのコツ

4000views

東京文化会館

こどもと楽しむMusicナビ

はじめの一歩。大人気の体験型プログラムで子どもと音楽を楽しもう/東京文化会館『ミュージック・ワークショップ』

7453views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

29941views