今月の音遊人
今月の音遊人:曽根麻央さん 「音楽は、目に見えないからこそ、立体的なのだと思います」
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一昔前、〝三大テノール〟というイベントが一世を風靡したが、その後、彼らに次ぐ〝第四のテノール〟と呼ぶにふさわしいスター歌手がなかなか現れなかった。ところが最近、ドイツ人テノールのヨナス・カウフマンが一気にその地位に駆け上ってきた感がある。
今や世界中のオペラ・ハウスから引っ張りだこのカウフマンは、演技派でレパートリーも広く、ワーグナーのオペラからヴェルディやプッチーニなどのドラマティックなイタリア・オペラ、さらにフランスものも得意とする。そしてディスクではヴェルディのアリア集、ワーグナー・アルバムに続き、今度はドイツ歌曲の最高峰のひとつ、シューベルトの歌曲集『冬の旅』を発表した。
カウフマンのスタイルは、いわゆる正統派のドイツ・リート歌手とは一味違って、やはりオペラ歌手らしく、主人公の青年になりきってその心情を一人称で歌い上げる。彼の陰影のある声が、恋に破れ、失意の中で冬の荒野をさまよう絶望をいっそう生々しく伝えるのだ。今秋には来日ツアーの話もあり、目を離せないアーティストだ。
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おすすめの二枚目は、今年一月に亡くなった名指揮者クラウディオ・アバドの追悼盤。長いこと病魔と闘っていたアバドだが、その奇をてらうことのない、ノーブルで内側から輝くような音楽作りは最期まで衰えることがなかった。とりわけ近年彼が力を入れていたのは、母国イタリアの若い精鋭の音楽家たちを集めたオーケストラ・モーツァルトの活動であり、昨夏のルツェルン音楽祭での彼らとの共演がこのたびリリースされた。名手マルタ・アルゲリッチをソロに迎えたモーツァルトのピアノ協奏曲第二十番と第二十五番というカップリング。アバドもアルゲリッチも巨匠然としたところはなく自然体で、若い奏者たちとともに音楽を奏でる喜びに満ちた一枚だ。
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最後に紹介したいのは、目下人気上昇中のグループ、ザ・フィルハーモニクスの最新アルバム『オブリヴィオン~美しきロスマリン』。ウィーン・フィルおよびベルリン・フィルの若手奏者を含む七人から成る異色の室内アンサンブルで、ポピュラーな名曲を即興もまじえた洒脱なアレンジで遊び心たっぷりと聴かせてくれる。いわば東欧のクレズマー・バンドの現代版といったらよいだろうか。
タイトルにある〈オブリヴィオン〉はピアソラのタンゴ、そのほかヨハン・シュトラウスやクライスラーなどウィーンゆかりの人気曲もノリよくアレンジ、思わず踊り出したくなるほどだ。おそらく彼らの魅力はライブのコンサートでもっとも発揮されると思うので、アルバムが気に入った方は六月の来日公演もチェックしてみよう。