Web音遊人(みゅーじん)

なぜカプースチンは、東西冷戦のソ連でジャズよりもジャズらしい曲を作れたのか?

ニコライ・カプースチンは、1961年にモスクワ音楽院を卒業してから11年間、ジャズ・オーケストラのメンバーとして活動していたという経歴の持ち主だ。

つまり、彼のプロとしてのスタートは“ジャズ・ミュージシャン”だったということだ。

例えば1964年に発表している「Toccata」(Op. 8)は、ジャズのビッグ・バンドのために彼が作曲したもので、彼自身がビッグ・バンドの一員として演奏しているようすをYouTubeで観ることができるのだけれど、ピアノがジャズをはるかに凌駕するテクニックでプレイされていることを除けば、アメリカのジャズ・シーンに照らしてまったく遜色のない“出来映え”であることに誰もが驚くだろう。

ビッグ・バンドといえば、1986年発表、すなわちカプースチンが作曲活動に専念するようになってからの曲「Big Band Sounds」(Op. 46)もそうだ。

もともと彼が前記のようにビッグ・バンドで活動していた1961年に書かれたものがベースになっていて、1973年にビッグ・バンドと弦楽器用、さらに1986年にピアノ・ソロ用に編曲されている。これがみごとにディキシーランド・ジャズの香りを漂わせながら、1930年当時のスウィングを彷彿とさせる“ジャズ・ナンバー”に仕上がっている。

ちなみに、冷戦時代のソ連では西側音楽に対する統制も厳しかったようだが、スウィング以前のものは許容されていたとのこと。彼のジャズ的な作品にディキシーランドやスウィングの要素が多いのも、そうした時代背景が影響しているのだろう。

なのでなおさら、モダン・ジャズを取り込んだ「Paraphrase on “Blue Bossa”」(Op. 123)が興味深い。これは、カプースチンが引退を表明した2004年に発表された作品だ。

タイトルからもわかるように、ケニー・ドーハム作曲の「ブルー・ボッサ」をモチーフに、カプースチン流の変奏が施されている。

オリジナルの「ブルー・ボッサ」は、ケニー・ドーハムがジョー・ヘンダーソンの『ページワン』(1963年)のために提供した曲で、彼自身もこのアルバムでトランペットを演奏。モダン・ジャズを代表する名曲のひとつだ。

ジャズでは、オリジナル曲をモチーフに変奏した場合でも、アレンジと呼ぶにとどめて“自分の曲”とはしない。しかし、カプースチンの場合は完全に“自分の曲”として発表している。

確かにこの曲、右手の一部にこそケニー・ドーハムの「ブルー・ボッサ」が見え隠れするものの、左手は完全に別の曲として完結している。完結しているのに、2つは違和感なく溶け合っている。このフュージョン(融合)をジャズと呼ばずしてなんとしよう、なのだ。だから彼は堂々と、“自分の曲”と言い切れたのだろう。

ところでジャズでは、アフター・ビートのディキシーランドやスウィングと、モダン・ジャズ以降のオン・ビートを、なぜか“同じジャズ”として扱ってきた。それは政治的な意図すら感じる混同である。

おそらくカプースチンは、作曲家としてそのジャズの変化を分析し、16分音符や32分音符で割ってもジャズであること(ジャズに聞こえること)を実証しようとしたのではないだろうか。

この方法論によって、それまでの「クラシック側のプレイヤーがジャズを演奏したときに感じるグルーヴのなさ」という致命的な欠点が一挙にカヴァーされることになったと感じている。

というのも、カプースチンの「8 Concert Etudes for Piano」(Op.40)なんかを聴いていると、1990年代以降のグルーヴ、すなわちアメリカ原理主義的なジャズ(アメリカのリズム・アクセントを規範とするジャズ)とは一線を画したミュージシャンたちに共通する“臭い”を感じるからなのだけれど、そのへんについては次回以降に論を広げていきたい。

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

 

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:伊藤千晃さん「浜崎あゆみさんの『SURREAL』は私の青春曲。今聴くとそのころの記憶があふれ出ます」

1130views

徳永二男(ヴァイオリン)、堤剛(チェロ)、練木繁夫(ピアノ)

音楽ライターの眼

名手3人が醸し出す、音の会話の楽しさ奥深さ/徳永二男、堤剛、練木繁夫による珠玉のピアノトリオ・コンサートVol.4

2735views

楽器探訪 Anothertake

世界の一流奏者が愛用するトランペット「Xeno Artist Model」がモデルチェンジ

12096views

トロンボーン

楽器のあれこれQ&A

初心者なら知っておきたい、トロンボーンの種類や選び方のポイント

9246views

ぱんだウインドオーケストラの精鋭たちがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ぱんだウインドオーケストラの精鋭たちがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

10026views

誰でも自由に叩けて、皆と一緒に楽しめるのがドラムサークルの良さ/ドラムサークルファシリテーターの仕事(後編)

オトノ仕事人

リズムに乗せ人々を笑顔に導く/ドラムサークルファシリテーターの仕事(後編)

4343views

東広島芸術文化ホール くらら - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

繊細なピアニシモも隅々まで響く至福の音響空間/東広島芸術文化ホール くらら

9042views

東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

こどもと楽しむMusicナビ

子ども向けだからといって音楽に妥協は一切しません!/東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

6463views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

世界中の珍しい楽器が一堂に集まった「浜松市楽器博物館」

20458views

われら音遊人:クラノワ・カルーク・ オーケストラ

われら音遊人

われら音遊人:同一楽器でハーモニーを奏でる クラリネット合奏団

4962views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

すべては、あの日の「無料体験レッスン」から始まった

3565views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

21757views

脱力系(?)リコーダーグループ栗コーダーカルテットがクラリネットの体験レッスンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】脱力系(?)リコーダーグループ栗コーダーカルテットがクラリネットの体験レッスンに挑戦!

7636views

上野学園大学 楽器展示室」- Web音遊人

楽器博物館探訪

伝統を引き継ぐだけでなく、今も進化し続ける古楽器の世界

9038views

ジャズとロックの関係性

音楽ライターの眼

ジャズにビートルズを溶かし込んだギターとストリングスの魔術~『ア・デイ・イン・ザ・ライフ』解説

2225views

マイク1本から吟味して求められる音に近づける/レコーディングエンジニアの仕事(前編)

オトノ仕事人

マイク1本から吟味して求められる音に近づける/レコーディングエンジニアの仕事(前編)

9996views

みどりの森保育園ママさんブラス

われら音遊人

われら音遊人:子育て中のママさんたちの 音楽活動を応援!

4287views

“音を使って音楽を作る”音楽の冒険を「ELC-02」で

楽器探訪 Anothertake

音楽を楽しむ気持ちに届ける「ELC-02」のデザインと機能

5985views

ホール自慢を聞きましょう

ウィーンの品格と本格派の音楽を堪能できる大阪の極上空間/いずみホール

2810views

パイドパイパー・ダイアリー Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

楽器は人前で演奏してこそ、上達していくものなのだろう

5205views

楽器のあれこれQ&A

ウクレレを始めてみたい!初心者が知りたいあれこれ5つ

945views

こどもと楽しむMusicナビ

親子で参加!“アートで話そう”をテーマにしたオーケストラコンサート&ワークショップ/第16回 子どもたちと芸術家の出あう街

2807views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

6164views