Web音遊人(みゅーじん)

ラヴェル「ラ・ヴァルス」、ワルツ独り舞台/福間洸太朗ピアノ・コンサート

スペインかぜの大流行が追い打ちをかけて1918年11月、4年余り続いた第1次世界大戦が終結した。戦後間もなく、フランスの作曲家ラヴェルが書いた「ラ・ヴァルス」は、いまだ砲煙が立ち込める中から、古き良き戦前のヴァルス(ワルツ)が浮かび上がってくるような音楽だ。2020年2月16日、ヤマハホールで開かれた「福間洸太朗ピアノ・コンサート」は、福間自身がピアノ独奏用に編曲した「ラ・ヴァルス」をはじめ、様々な原曲を他の作曲家やピアニストがどう解釈し、編曲したかという、トランスクリプションを聴く楽しみを広げた。

名前の「洸」の字の通り、水面にきらめく光のような鮮やかな音色を奏でるピアニストだ。「水の戯れ」という作品もあるラヴェルの音楽にふさわしい。確かなテンポの運びとタッチで、細部の弱音に至るまで旋律をくっきりと描き切る。茫漠とした音響の中から19世紀風のワルツが立ち現れ、狂騒の不協和音の中でダンスが昇華する「ラ・ヴァルス」でも、このピアニストの強みが発揮された。

ラヴェルはヨハン・シュトラウスのようなワルツを主題にした曲を作ろうと戦前から構想していたようだ。愛国心が強かったラヴェル。ドイツとオーストリアを敵国にした戦争を経て、ウィンナワルツへの憧れも変質したか。1920年に書き上げたのは、異様にゆがみながらも洗練と気品を失わないワルツだった。

原曲は3種類あり、「管弦楽のための舞踏詩」としてのオーケストラ版が最も有名。2台ピアノ版もしばしば演奏される。さらにラヴェルはピアノ独奏版も書いた。だが福間は「(独奏版は)かなり音を減らしているので、物足りなさを感じていた」と言う。そこで「オーケストラ版と2台ピアノ版を参考にして、自分なりに音を足した」。そもそもロシア・バレエ団主宰のディアギレフの依頼でラヴェルは作曲したが、バレエに不向きとして拒否された作品。戦時中に母を亡くし、健康を害した経験を含め、ラヴェル個人の複雑な思いが不協和音に込められていると捉えることもでき、独奏にふさわしい曲ともいえる。その独り舞台のワルツを福間は豪華で華麗な装いの編曲で聴かせた。

会場ロビーには、ラヴェル作曲・福間洸太朗編曲の「ラ・ヴァルス」(2019年12月発売)の楽譜の表紙に使用されたレオニード・アフレモフによる「DELIGHTFUL WALTZ」(原寸大の複製画)が展示された。

「雲間から城が見えてきて、舞踏会へと降りていく」と福間は曲の始まりを説明する。戦争とは程遠いロマンチックな解釈だ。演奏はクリアでシャープ。ワルツの旋律を鮮明な音色で浮き彫りにした。終結部も狂乱ではなく、情熱の火花を散らしてスタイリッシュに決めた。

リスト編曲のベートーヴェン「遥かなる恋人に」からワイセンベルク編曲のトレネのシャンソンまで、幅広いレパートリーを弾いた。繊細で柔軟なアーティキュレーションに裏打ちされ、どの曲にもロマンチシズムがみなぎる。「左手のためのシャコンヌ」ではバッハの原曲よりも、明らかに編曲者ブラームスの晩年のピアノ曲の叙情が出ていた。このピアニストが原曲に向き合えばどうなるか。2020年生誕250年のベートーヴェン作品による独り舞台も確かめたい。

池上輝彦〔いけがみ・てるひこ〕
日本経済新聞社文化部デスク。早稲田大学卒。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽レビュー、映像付き音楽連載記事「ビジュアル音楽堂」などを執筆。専門誌での音楽批評、CDライナーノーツの執筆も手掛ける。
日本経済新聞社記者紹介

特集

塩谷哲

今月の音遊人

今月の音遊人:塩谷哲さん 「僕の作る音楽が“ポップ”なのは、二人の天才音楽家の影響かもしれませんね」

8748views

音楽ライターの眼

現代ブルースを担うギタリスト、ティンズリー・エリスがニュー・アルバム『Devil May Care』を発表

5034views

トランスアコースティックギター「TAG3 C」

楽器探訪 Anothertake

デジタル技術が広げるアコースティックギターの可能性──トランスアコースティックギター「TAG3 C」

4418views

アコースティックギター

楽器のあれこれQ&A

アコースティックギターの保管方法やメンテナンスのコツ

10693views

世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

9314views

オトノ仕事人

あらゆるトラブルに対応できる、優れたリペア技術者を世に送り出す/管楽器のリペア技術者を育てる仕事

10389views

メニコン シアターAoi

ホール自慢を聞きましょう

五感で“みる”ことの素晴らしさを多くの方と共感したい/メニコン シアターAoi

5243views

日生劇場ファミリーフェスティヴァル

こどもと楽しむMusicナビ

夏休みは、ダンス×人形劇やミュージカルなど心躍る舞台にドキドキ、ワクワクしよう!/日生劇場ファミリーフェスティヴァル2022

4780views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

世界の民族楽器を触って鳴らせる「小泉文夫記念資料室」

27076views

if~

われら音遊人

われら音遊人:まだまだ現在進行形!多くの人に曲を届けたい

2738views

パイドパイパー・ダイアリー Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

あれから40年、おかげさまで「音」をはずさなくなりました

5660views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

12364views

バイオリニスト石田泰尚が アルトサクソフォンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】バイオリニスト石田泰尚がアルトサクソフォンに挑戦!

14941views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

世界に一台しかない貴重なピアノを所蔵「武蔵野音楽大学楽器博物館」

26172views

なぜジャズのハードルは下がらないのか?vol.5

音楽ライターの眼

なぜジャズのハードルは下がらないのか?vol.7

5447views

調律師 曽我紀之

オトノ仕事人

演奏者が望むことを的確に捉え、ピアノを最高のコンディションに整える/コンサートチューナーの仕事

8608views

われら音遊人:「非日常」の充実感が 活動の原動力!

われら音遊人

われら音遊人:「非日常」の充実感が活動の原動力!

9259views

楽器探訪 Anothertake

【モニター募集】37鍵ピアニカに30年ぶりの新モデルが登場!メロウな音色×おしゃれなデザインの「大人のピアニカ」

28789views

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

ホール自慢を聞きましょう

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

12004views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

クラス分けもまた楽しみ、レッスン通いスタート

5724views

楽器のあれこれQ&A

目的別に選ぼう電子ピアノ「クラビノーバ」3シリーズ

5690views

日生劇場ファミリーフェスティヴァル

こどもと楽しむMusicナビ

夏休みは、ダンス×人形劇やミュージカルなど心躍る舞台にドキドキ、ワクワクしよう!/日生劇場ファミリーフェスティヴァル2022

4780views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

29091views