今月の音遊人
今月の音遊人:岡本真夜さん「親や友達に言えない思いも、ピアノに聴いてもらっていました」
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ブラームスの青春譜、円熟のピアノ三重奏曲/徳永二男、堤剛、練木繁夫による珠玉のピアノトリオ・コンサートVol.6
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2020.3.17
バイオリン、チェロ、ピアノの大御所3人が、味わい深い三重奏を繰り広げた。2020年2月22日、ヤマハホールでの「徳永二男、堤剛、練木繁夫による珠玉のピアノトリオ・コンサートVol.6」。シリーズ6年目の今回はドイツ語圏の大作曲家ハイドン、ベートーヴェン、ブラームスによるピアノ三重奏曲の傑作を聴けた。白眉はブラームスが20歳頃に作曲し57歳にして改訂した「ピアノ三重奏曲第1番ロ長調作品8」。老練な作曲家の手による改訂版には円熟の演奏が似合う。人生経験を積んだ音楽家だけが奏でられる追憶と哀愁の青春譜だ。
かなり遅めのテンポで第1楽章が始まった。練木のピアノがロ長調の優しい第1主題を分散和音にのせて弾く。5小節目から入る堤のチェロは自然な緩急を付けながら、内省的なつつましい音色で穏やかな旋律を引き継ぐ。徳永のバイオリンが張りのある音色で加わり、長調ながらも憂愁に包まれた歌の流れが生まれる。ゆったりと鳴らす旋律は堂々とした貫禄も感じさせ、達観と諦観が入り交じるブラームスの音楽の本質を突いていた。
NHK交響楽団ソロ・コンサートマスターを長年務めた徳永が73歳、桐朋学園大学前学長でサントリーホール館長の堤は77歳、米国でも活躍した練木は69歳。ブラームスが晩年へと向かう時期に改訂した作品を奏でるには、3人とも十分な円熟ぶりだ。
ブラームスは20歳だった1853年、作曲家シューマンとその妻でピアニストのクララに出会った。2人の励ましに発奮し、この曲を書き進めた。しかし翌54年、シューマンはライン川での自殺未遂後に入院。運命の時の中で書かれた青春譜はのちに、熟練した作曲技法によってスリム化され、真の傑作に生まれ変わった。その波乱の青春ドラマを穏やかな口調で回想するような3人の演奏だ。
第2楽章のスケルツォでは、冒頭でやや綻びもあったが、歌謡曲風の中間部が情感あふれる盛り上がりを見せた。ベートーヴェンの交響曲第7番第3楽章スケルツォの中間部にも通じるような凱歌が、優美な歌となって羽ばたく。清澄な第3楽章を経て、第4楽章では不安と喜びを交錯させながら悲劇の短調で締めるまで、3人の熟達した推進力を印象付けた。
筆者は5年前の同シリーズ第1回について公演評を書く機会に恵まれた(2015年3月16日付日本経済新聞電子版音楽レビュー「徳永二男、堤剛、練木繁夫のピアノ三重奏曲」)。3人の円熟度は今回さらに増していた。ハイドン「ピアノ三重奏曲第25番ト長調『ジプシー・トリオ』作品73の2」の第1楽章では、練木のピアノが全体を包み込むまろやかさ。徳永のバイオリンがはつらつとした歌を奏で、堤のチェロが優しくそれを支える。
ベートーヴェンの「ピアノ三重奏曲第5番ニ長調『幽霊』作品70の1」は「幽玄」と呼ぶべき深みを聴かせた。ピアノが沈鬱な音色でリズムを刻み続ける中で、弦の2人が幻想的な響きを鳴らす第2楽章の終結部は、現代音楽に直結する前衛のイメージを醸し出した。
日本経済新聞電子版音楽レビュー「徳永二男、堤剛、練木繁夫のピアノ三重奏曲」>
池上輝彦〔いけがみ・てるひこ〕
日本経済新聞社文化部デスク。早稲田大学卒。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽レビュー、映像付き音楽連載記事「ビジュアル音楽堂」などを執筆。専門誌での音楽批評、CDライナーノーツの執筆も手掛ける。
日本経済新聞社記者紹介
文/ 池上輝彦
photo/ Ayumi Kakamu
tagged: 徳永二男, 音楽ライターの眼, 堤剛, 練木繁夫
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