Web音遊人(みゅーじん)

ブラームスの青春譜、円熟のピアノ三重奏曲/徳永二男、堤剛、練木繁夫による珠玉のピアノトリオ・コンサートVol.6

バイオリン、チェロ、ピアノの大御所3人が、味わい深い三重奏を繰り広げた。2020年2月22日、ヤマハホールでの「徳永二男、堤剛、練木繁夫による珠玉のピアノトリオ・コンサートVol.6」。シリーズ6年目の今回はドイツ語圏の大作曲家ハイドン、ベートーヴェン、ブラームスによるピアノ三重奏曲の傑作を聴けた。白眉はブラームスが20歳頃に作曲し57歳にして改訂した「ピアノ三重奏曲第1番ロ長調作品8」。老練な作曲家の手による改訂版には円熟の演奏が似合う。人生経験を積んだ音楽家だけが奏でられる追憶と哀愁の青春譜だ。

かなり遅めのテンポで第1楽章が始まった。練木のピアノがロ長調の優しい第1主題を分散和音にのせて弾く。5小節目から入る堤のチェロは自然な緩急を付けながら、内省的なつつましい音色で穏やかな旋律を引き継ぐ。徳永のバイオリンが張りのある音色で加わり、長調ながらも憂愁に包まれた歌の流れが生まれる。ゆったりと鳴らす旋律は堂々とした貫禄も感じさせ、達観と諦観が入り交じるブラームスの音楽の本質を突いていた。

NHK交響楽団ソロ・コンサートマスターを長年務めた徳永が73歳、桐朋学園大学前学長でサントリーホール館長の堤は77歳、米国でも活躍した練木は69歳。ブラームスが晩年へと向かう時期に改訂した作品を奏でるには、3人とも十分な円熟ぶりだ。

ブラームスは20歳だった1853年、作曲家シューマンとその妻でピアニストのクララに出会った。2人の励ましに発奮し、この曲を書き進めた。しかし翌54年、シューマンはライン川での自殺未遂後に入院。運命の時の中で書かれた青春譜はのちに、熟練した作曲技法によってスリム化され、真の傑作に生まれ変わった。その波乱の青春ドラマを穏やかな口調で回想するような3人の演奏だ。

第2楽章のスケルツォでは、冒頭でやや綻びもあったが、歌謡曲風の中間部が情感あふれる盛り上がりを見せた。ベートーヴェンの交響曲第7番第3楽章スケルツォの中間部にも通じるような凱歌が、優美な歌となって羽ばたく。清澄な第3楽章を経て、第4楽章では不安と喜びを交錯させながら悲劇の短調で締めるまで、3人の熟達した推進力を印象付けた。

筆者は5年前の同シリーズ第1回について公演評を書く機会に恵まれた(2015年3月16日付日本経済新聞電子版音楽レビュー「徳永二男、堤剛、練木繁夫のピアノ三重奏曲」)。3人の円熟度は今回さらに増していた。ハイドン「ピアノ三重奏曲第25番ト長調『ジプシー・トリオ』作品73の2」の第1楽章では、練木のピアノが全体を包み込むまろやかさ。徳永のバイオリンがはつらつとした歌を奏で、堤のチェロが優しくそれを支える。

ベートーヴェンの「ピアノ三重奏曲第5番ニ長調『幽霊』作品70の1」は「幽玄」と呼ぶべき深みを聴かせた。ピアノが沈鬱な音色でリズムを刻み続ける中で、弦の2人が幻想的な響きを鳴らす第2楽章の終結部は、現代音楽に直結する前衛のイメージを醸し出した。

日本経済新聞電子版音楽レビュー「徳永二男、堤剛、練木繁夫のピアノ三重奏曲」>

 

池上輝彦〔いけがみ・てるひこ〕
日本経済新聞社文化部デスク。早稲田大学卒。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽レビュー、映像付き音楽連載記事「ビジュアル音楽堂」などを執筆。専門誌での音楽批評、CDライナーノーツの執筆も手掛ける。
日本経済新聞社記者紹介

特集

辻󠄀井伸行

今月の音遊人

今月の音遊人:辻󠄀井伸行さん「ピアノは身体の一部、大切な友だちのようなものです」

3371views

音楽ライターの眼

酒井麻生代のフルートには、ジャズのマイナー楽器として張ってきた虚勢を排した清々しさがある

6648views

【楽器探訪 Another Take】演奏に集中できるストレスフリーのキイメカニズム

楽器探訪 Anothertake

演奏に集中できるストレスフリーのキイメカニズム

6467views

アコースティックギター

楽器のあれこれQ&A

アコースティックギターの保管方法やメンテナンスのコツ

5559views

おとなの楽器練習記:岩崎洵奈

おとなの楽器練習記

【動画公開中】将来を嘱望される実力派ピアニスト、岩崎洵奈がアルトサクソフォンに初挑戦!

11942views

オトノ仕事人

ピアノを通じて人と人とがつながる場所をコーディネートする/LovePianoプロジェクト運営の仕事

18507views

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

ホール自慢を聞きましょう

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

9519views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

7103views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

10489views

われら音遊人:1年がかりでビッグバンドを結成、河内からラテンの楽しさを発信!

われら音遊人

われら音遊人:1年がかりでビッグバンドを結成、河内からラテンの楽しさを発信!

11395views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.3

パイドパイパー・ダイアリー

人生の最大の謎について、わたしも教室で考えた

5442views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

31244views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:独特の世界観を表現する姉妹のピアノ連弾ボーカルユニットKitriがフルートに挑戦!

4860views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

歴史的価値の高い鍵盤楽器が並ぶ「民音音楽博物館」

24908views

ドイツ・グラモフォン ベスト・オブ・ベスト

音楽ライターの眼

2018年に創立120年を迎えるドイツ・グラモフォンの歴史を俯瞰する名演集

5923views

オトノ仕事人 ボイストレーナー

オトノ仕事人

思い描く声が出せたときの感動を分かち合いたい/ボイストレーナーの仕事(後編)

9502views

ゲッゲロゾリステン

われら音遊人

われら音遊人:“ルールを作らない”ことが楽しく音楽を続ける秘訣

2006views

懐かしのピアニカを振り返る

楽器探訪 Anothertake

懐かしのピアニカを振り返る

17800views

武満徹の思い「未来への窓」をコンセプトに個性的な公演を/東京オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアル

ホール自慢を聞きましょう

武満徹の思い「未来への窓」をコンセプトに個性的な公演を/東京オペラシティ コンサートホール:タケミツ メモリアル

14839views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

贅沢な、サクソフォン初期設定講習会

5652views

楽器のあれこれQ&A リコーダー

楽器のあれこれQ&A

リコーダーを長く楽しむためのお手入れ方法

10397views

こどもと楽しむMusicナビ

1DAYフェスであなたもオルガン博士に/サントリーホールでオルガンZANMAI!

3372views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

10504views