Web音遊人(みゅーじん)

偉大な音楽家たちによる、ベートーヴェン生誕250年記念アルバム

2020年のベートーヴェン生誕250年には、世界各地の実力派アーティストたちの記念碑的な録音が数多く登場している。ここにリリースされた2枚の新譜も、まさに国際舞台で活躍している巨匠たちの聴きごたえのあるアルバム。メモリアルイヤーに作品をより深く知り、ベートーヴェンに近づくための録音で、作曲家の真意が浮き彫りになっている。

ヴァイオリンのアンネ=ゾフィー・ムター、チェロのヨーヨー・マ、ピアノ&指揮のダニエル・バレンボイムがベルリンのフィルハーモニーに集結し、ライヴ収録したベートーヴェンの「ピアノ、ヴァイオリン、チェロと管弦楽のための協奏曲」は、3人の巨匠がそれぞれの持ち味を存分に生かした秀演。ムターとマは、1979年にカラヤンと録音を行って以来40年ぶりの録音であり、マとバレンボイムも以前この作品での共演を行っている。

ベートーヴェンの三重協奏曲は、ベートーヴェンの弟子であった若きルドルフ大公が知人たちと演奏し、ピアノを受け持つために書かれたといわれる。それゆえピアノ・パートは効果的であるが、難しい技巧は使用されていない。ヴァイオリンとチェロは各々楽器の響きを生かした主題が現れ、ピアノとオーケストラがそれに和す。

今回のオーケストラ、ウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団は、1999年にユダヤ系のバレンボイムとパレスチナ出身の思想家エドワード・サイード教授によって創設され、イスラエルとパレスチナの若者たちで構成されている。現在は周辺国の楽員も加わり、欧米では高い評価を得ている。
このアルバムでは3人の巨匠と互角に渡り合い、みずみずしい音楽を披露しているが、交響曲第7番でもバレンボイムのタクトのもと、特有のリズムを躍動感をもって演奏している。

ベートーヴェン:三重協奏曲、交響曲第7番
アンネ=ゾフィー・ムター(ヴァイオリン)、ヨーヨー・マ(チェロ)、ダニエル・バレンボイム(ピアノ&指揮)、ウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団

もう1枚は、オペラとドイツ・リート(歌曲)の表現者として世界中から熱い称賛の目を向けられているドイツのバリトン、マティアス・ゲルネと、ポーランド人の両親のもとカナダに生まれた若きピアニスト、ヤン・リシエツキによるベートーヴェンの「歌曲集」である。

ゲルネの歌声は弱音の繊細な響き、歌詞の的確な発音、表現力の深さ、作品の内奥を極める洞察力などで知られる。このアルバムでは、彼が共演者としてリシエツキを指名したという。
「初めて会ったとき、ヤンが素早く理解する能力をもち、さらにピアノであらゆるアイデアを実現する大きな可能性をもっていることに私は気が付きました」と語っている。

ゲルネは多岐に渡る詩人の歌詞にベートーヴェンの曲を付けたものを選曲した。ゲレルトの「6つの歌」から開幕し、ヤイテレスの「遥かなる恋人に寄せて」で幕を閉じるまで、ヘルティの「嘆き」、マティッソンの「アデライーデ」などをはさみ、リシエツキと一体となり、柔軟性に富む美しいバリトンを聴かせている。

リシエツキは以前のインタビューで、こんなことをいっていた。
「ぼくは幼いころからピアノひと筋の人生を送ってきました。ふつうの子どものように外で遊びまわることはありませんでしたが、ピアノが大好きですから悔いはありません。今後、自分の人生がどのように発展していくのか、とても興味があるのです」
彼はいま、多くの偉大な音楽家から共演のオファーが絶えない人気ピアニストに成長した。ゲルネとの共演で、またひとつ階段を上ったようだ。声に寄り添うそのピアノは、あたかももうひとつの声のようだから。

ベートーヴェン:歌曲集
マティアス・ゲルネ(バリトン)、ヤン・リシエツキ(ピアノ)

伊熊 よし子〔いくま・よしこ〕
音楽ジャーナリスト、音楽評論家。東京音楽大学卒業。レコード会社、ピアノ専門誌「ショパン」編集長を経て、フリーに。クラシック音楽をより幅広い人々に聴いてほしいとの考えから、音楽専門誌だけでなく、新聞、一般誌、情報誌、WEBなどにも記事を執筆。著書に「クラシック貴人変人」(エー・ジー出版)、「ヴェンゲーロフの奇跡 百年にひとりのヴァイオリニスト」(共同通信社)、「ショパンに愛されたピアニスト ダン・タイ・ソン物語」(ヤマハミュージックメディア)、「魂のチェリスト ミッシャ・マイスキー《わが真実》」(小学館)、「イラストオペラブック トゥーランドット」(ショパン)、「北欧の音の詩人 グリーグを愛す」(ショパン)など。2010年のショパン生誕200年を記念し、2月に「図説 ショパン」(河出書房新社)を出版。近著「伊熊よし子のおいしい音楽案内 パリに魅せられ、グラナダに酔う」(PHP新書 電子書籍有り)、「リトル・ピアニスト 牛田智大」(扶桑社)、「クラシックはおいしい アーティスト・レシピ」(芸術新聞社)、「たどりつく力 フジコ・ヘミング」(幻冬舎)。共著多数。
伊熊よし子の ークラシックはおいしいー

特集

宮本笑里

今月の音遊人

今月の音遊人:宮本笑里さん「あの一音目を聴いただけで、救われた気持ちになりました」

10132views

クリストーン“キングフィッシュ”イングラム

音楽ライターの眼

名門アリゲイターから“現代ブルース・ギター四天王”登場/クリストーン“キングフィッシュ”イングラム、トロンゾ・キャノン、セルウィン・バーチウッド、クリス・ケイン

1675views

Venova(ヴェノーヴァ)

楽器探訪 Anothertake

やさしい指使いと豊かな音色を両立させた、「分岐管」と「蛇行管」

1views

知って得する!木製楽器の お手入れ方法

楽器のあれこれQ&A

木製楽器に起こりやすいトラブルは?保管やお手入れで気を付けること

22486views

バイオリニスト石田泰尚が アルトサクソフォンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】バイオリニスト石田泰尚がアルトサクソフォンに挑戦!

13439views

ホールのクラシック公演を企画して地域の文化に貢献する/音楽学芸員の仕事

オトノ仕事人

アーティストとお客様とをマッチングさせ、コンサートという形で幸福な時間を演出する/音楽学芸員の仕事

12788views

しらかわホール

ホール自慢を聞きましょう

豊潤な響きと贅沢な空間が多くの人を魅了する/三井住友海上しらかわホール

14783views

こどもと楽しむMusicナビ

“アートなイキモノ”に触れるオーケストラ・コンサート&ワークショップ/子どもたちと芸術家の出あう街

7333views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

世界に一台しかない貴重なピアノを所蔵「武蔵野音楽大学楽器博物館」

23691views

われら音遊人:バンド経験ゼロの主婦が集合 家庭を守り、ステージではじける!

われら音遊人

われら音遊人:バンド経験ゼロの主婦が集合 家庭を守り、ステージではじける!

9289views

サクソフォン、そろそろ「テイク・ファイブ」に挑戦しようか、なんて思ってはいるのですが

パイドパイパー・ダイアリー

サクソフォンをはじめて10年、目標の「テイク・ファイブ」は近いか、遠いのか……。

8770views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

26835views

コハーン・イシュトヴァーンさん Web音遊人

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ハンガリー出身のクラリネット奏者コハーン・イシュトヴァーンがバイオリンを体験レッスン!

10897views

上野学園大学 楽器展示室」- Web音遊人

楽器博物館探訪

伝統を引き継ぐだけでなく、今も進化し続ける古楽器の世界

13672views

ディープ・パープル

音楽ライターの眼

ディープ・パープル、最後の来日となるか?2018年10月、The Last Goodbyeジャパン・ツアー決定!

16199views

オトノ仕事人

歌、芝居、踊りを音楽でひとつに束ねる司令塔/ミュージカル指揮者・音楽監督の仕事

3804views

Red Pumps BIGBAND

われら音遊人

われら音遊人:出自がさまざまなメンバーと、誰もが楽しめる音楽をビッグバンドで

1345views

【楽器探訪 Another Take】ベルの彫刻デザインとマウスピースも一新

楽器探訪 Anothertake

ベルの彫刻デザインとマウスピースも一新

11277views

水戸市民会館

ホール自慢を聞きましょう

茨城県最大の2,000席を有するホールを備えた、人と文化の交流拠点が誕生/水戸市民会館 グロービスホール(大ホール)

8095views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

大人の音楽レッスン、わたし、これでも10年つづけています!

7466views

楽器のあれこれQ&A

モチベーションがアップ!ピアノを楽しく効率的に練習するコツ

42480views

ズーラシアン・フィル・ハーモニー

こどもと楽しむMusicナビ

スーパープレイヤーの動物たちが繰り広げるステージに親子で夢中!/ズーラシアンブラス

15195views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

26835views