今月の音遊人
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音楽って、隠したいこともすべてがそのまま残ってしまう。それは残酷であり、でも素敵なこと/一路真輝インタビュー
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2020.11.11
tagged: ベートーヴェン, 一路真輝, Op.110 べートーヴェン「不滅の恋人」への手紙, インタビュー
ベートーヴェンの生誕250周年で盛り上がる2020年の終わりに、『Op.110 べートーヴェン「不滅の恋人」への手紙』と題された演劇が上演される。ベートーヴェンの死後、遺品の中から発見された宛名のない恋文。そこに書かれた「不滅の恋人」とされるアントニー・ブレンターノにスポットライトを当て、禁断の恋と真の芸術をめぐるドラマが描かれる。日本を代表する演出家、栗山民也が手がけるこの舞台で、アントニー役を務める一路真輝に役柄への思いや意気込みを語っていただいた。
ウィーン貴族の家から、フランクフルトの実業家のもとへ政略結婚で嫁いだアントニー。女性は子どもを産む道具のような存在で、まったく自由がなかった時代、彼女はベートーヴェンとその音楽に出会い、恋に落ちる。このアントニーという女性について、一路はどのように捉えているのだろうか。
「“不滅の恋人”が誰だったのかは、いまだにミステリーで、歴史的に解明されたわけではありませんが、この台本の中ではアントニーがその恋人であると設定されています。彼女はベートーヴェンと愛情で結ばれようとする一方で、作曲家としてのベートーヴェンを支えようとする。そういった姿勢は19世紀初頭という時代ならでは。上流社会では体裁が大事だったのではないでしょうか。そうしたアントニーの恋だけに突き進まず、冷静にベートーヴェンと家族を守ろうとした姿に、とても強い女性だったのだなと感じました。そしてなにより、宮廷や貴族のものだった音楽を市民のものにしたベートーヴェンの偉大な功績の後ろに、アントニーの姿があったという部分が、台本を読みながら強く心に残りました」
この舞台にはベートーヴェンは登場しない。一台のピアノを囲んで、アントニーと夫のフランツ、弟子のフェルディナンド・リースらベートーヴェンと関係のあった者たちの回想と音楽によって物語が進んでいく。その音楽とピアノ演奏を担当するのが作曲家の新垣隆である点も興味深い。
「どのような演出になるかはまだ分かりませんが、おそらく新垣さんの奏でる音楽がベートーヴェンの存在を示すものとして響くのではないかと思います。そういった意味では、お芝居と音楽の融合と言える、新しい世界をお見せできるのではないかと。ベートーヴェンの音楽にのせて歌う場面もあるんですよ。リース役の田代万里生さんは〈第九〉を歌いますし、私も歌曲を歌います。
最初、歌うとは聞いていなかったので、台本を読んで“アントニー、歌う”と書いてあってびっくりしました(笑)。田代さんは藝大の声楽科出身ですからクラシック歌唱も大丈夫だと思いますが、私が日頃歌っているミュージカルの曲とクラシックは音域が違うので、どんな感じになるか模索中です」
タイトルにある「Op.110」とは、アントニーに捧げられるはずだったとされるピアノ・ソナタ第31番のこと。この舞台を通して、ベートーヴェンに対する印象も変わったと一路は語る。
「昔、音楽室に飾ってあった肖像画の中で、ベートーヴェンだけが怖かったイメージがありました。耳が不自由なのに、どうやって作曲していたのだろう?とか、私にとっては謎だらけの人でしたね。けれど今回、台本を読みながらベートーヴェンの音楽を聴いたり、調べたりしていくうちに、“ああ、そういうバックボーンがあって生まれた音楽なんだ”と発見することがたくさんありました。アントニーを想って作ったとされるピアノ・ソナタを聴いていると、ベートーヴェンのすごく繊細な気持ちや、背負っている運命、そのときの精神状態が痛いほど伝わってきます。音楽って、隠したいこともすべてがそのまま残ってしまうんだなあと。それは残酷であり、でも素敵なことだなって、あらためて思いました」
ウィーン発のミュージカル『エリザベート』で宝塚時代はトート役を、退団後は6年にわたりエリザベート役を務めた一路だけに、ウィーンとの縁も深い。今回の舞台には、そうしたウィーンでの見聞や、『エリザベート』での経験も活かされているという。
「この舞台の原案を手がけられた小熊節子さんは、ウィーンと日本の架け橋となる活動をなさっている方なのですが、私もエリザベート役を演じていた頃から、年に1度はウィーンに行って、小熊さんのお世話になっていました。ベートーヴェンの生家に連れて行っていただいたことも。ですから小熊さんから“アントニーは一路さんが絶対ぴったりだと思う”というお言葉をいただいたときは、とても嬉しかったです。ウィーンは音楽とは切っても切り離せない街。私はお芝居でいろいろな役をやるときに、その方のお墓に行ったり、ゆかりの土地をめぐったりするのが好きなのですが、今回はコロナ禍でそれができない状況ですよね。けれど、ウィーンに毎年通っていた記憶が身体の中に残っていて、台本を読みながら街や劇場の空気を感じることができました。またこうしてウィーンが舞台の作品に出させていただくことに、不思議なご縁を感じています」
舞台『Op.110 べートーヴェン「不滅の恋人」への手紙』
出演:一路真輝(アントニー・ブレンターノ)、田代万里生(フェルディナンド・リース)、神尾佑(フランツ・ブレンターノ)、前田亜季(ジョゼフィーネ)
兵庫公演
日時:2020年11月28日(土)13:00開演(12:15開場)、18:00開演(17:15開場)/11月29日(日)13:00開演(12:15開場)
会場:兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール
富山公演
日時:2020年12月2日(水)18:30開演(17:40開場)
会場:富山県民会館ホール
愛知公演
日時:2020年12月5日(土)14:00開演(13:00開場)
会場:東海市芸術劇場 大ホール
東京公演
日時:2020年12月11日(金)~12月26日(土)
会場:よみうり大手町ホール
チケットの詳細、東京公演のスケジュールは、以下の『Op.110 べートーヴェン「不滅の恋人」への手紙』オフィシャルサイトでご確認ください。
オフィシャルサイトはこちら
一路真輝オフィシャルブログ
文/ 原典子
photo/ 坂本ようこ
tagged: ベートーヴェン, 一路真輝, Op.110 べートーヴェン「不滅の恋人」への手紙, インタビュー
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