Web音遊人(みゅーじん)

連載31[ジャズ事始め]渡辺貞夫が自らのジャズとして打ち立てた3本の軸

アメリカ滞在を切り上げた渡辺貞夫が、自らのジャズにとって“本題”としたであろう“ブラジルのボサノヴァとジャズの融合”を打ち出したのが、1966年制作の『ジャズ&ボッサ』。

それから、1969年にレーベルを移籍するまでに、14枚のアルバムを制作している。

『ジャズ&ボッサ』を含めて15作のうち、ボサノヴァを連想させるアルバム・タイトルが付いたものは6作。その他、タイトルにこそボサノヴァの影はないものの収録曲には取り上げた作品を入れると全体の6割となり、この時期の彼のボサノヴァに対する“執着”はかなりのものだったことを示している。

さらに、インド音楽に傾倒していたチャーリー・マリアーノとの共演作(『イベリアン・ワルツ』『ウィ・ガット・ア・ニュー・バッグ』)もあるのだから、レコード会社の方針というバイアスがあったことを差し引いても、彼の視線は“ジャズの本流”に向いていなかったと言わざるを得ない。

つまり、本場=アメリカのジャズを学ぶためにアメリカに行ったはずの彼が、『ジャズ&ボッサ』を皮切りに打ち出した“自分自身のためのジャズ”は、決して“ジャズの本流”と思われていたスウィングやビバップを“上手に真似ること”ではなかったということだ。

1969年の『パストラル』では、ある意味でそれまでのジャズっぽさを感じさせない、“牧歌的”と評されるオリジナル曲で全編を構成し、カヴァーを軸とした自己表現から次のステップへ駒を進めたことを内外に示した。

と、ここまでが(『ジャズ&ボッサ』から)3年。

そして、そのまた3年後の1972年に、TV番組の仕事を兼ねたアフリカ訪問で知ることになった、アフリカのプリミティヴな要素が加わることになる。

以降、渡辺貞夫の活動は、ビバップ(特にチャーリー・パーカー)をリスペクトしたもの、サンバやボサノヴァなどブラジル音楽をリスペクトしたもの、そしてアフリカの民族音楽に傾倒したものという、3本の軸を使ってアルバムやライヴを展開。

その時々の先端的なサウンドを発信するミュージシャンとのコラボレーションも交えながら、基本的には1966年からブレることなく3つの糸を絡めながら新しい柄を織り出しているのが、“渡辺貞夫のジャズ”なのではないか──それが、ボクの“渡辺貞夫”の印象だ。

こうした変化と決断を、彼のインタヴューや著書から探るのはなかなか難しい。ボクもかつて、新作のインタヴューで過去の話を聞こうとしたら、「そういうのはもういいよ……」と、やんわりと断わられた経験がある。前しか向いていない人はそうなのだろうと納得し、その質問は保留することにした。

だが、“渡辺貞夫のジャズ”が席巻して“日本のジャズ”を象徴するようになってしまった以上、評論をするものとして過去を“昔の話”にしておくことはできない。

ということで、次回からは、渡辺貞夫のあとを追うようにバークリー音楽大学へ留学して、現在も第一線で活躍している佐藤允彦の著作をもとに、気になった部分をコラージュしながら、“日本のジャズ”の源流へと遡ってみたい。

「ジャズ事始め」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

LEO

今月の音遊人

今月の音遊人:LEOさん「音楽とは、言葉以上のメッセージを伝えられるものであり、喜びの原点です」

1526views

音楽ライターの眼

連載12[多様性とジャズ]ミンガスは黒人差別というバイアスをジャズで打ち破ろうとしたのか〜その1

1950views

懐かしのピアニカを振り返る

楽器探訪 Anothertake

懐かしのピアニカを振り返る

17368views

楽器のあれこれQ&A

エレクトーンについて、知っておきたいことや気をつけたいこと

26023views

大人の楽器練習機

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:世界的ピアニスト上原彩子がチェロ1日体験レッスン

17476views

オトノ仕事人

テレビ番組の映像にBGMや効果音をつけて演出をする音の専門家/音響効果の仕事

3354views

札幌コンサートホールKitara - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

あたたかみのあるデザインと音響を両立した、北海道を代表する音楽の殿堂/札幌コンサートホールKitara 大ホール

18215views

こどもと楽しむMusicナビ

親子で参加!“アートで話そう”をテーマにしたオーケストラコンサート&ワークショップ/第16回 子どもたちと芸術家の出あう街

5571views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

10314views

われら音遊人ー021Hアンサンブル

われら音遊人

われら音遊人:元クラスメイトだけで結成。あのころも今も、同じ思いを共有!

5208views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

だから続けられる!サクソフォンレッスン10年目

4987views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

30783views

大人の楽器練習機

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:世界的ピアニスト上原彩子がチェロ1日体験レッスン

17476views

上野学園大学 楽器展示室」- Web音遊人

楽器博物館探訪

伝統を引き継ぐだけでなく、今も進化し続ける古楽器の世界

13139views

ジョン・メイオール

音楽ライターの眼

ジョン・メイオール(1933 – 2024)/ブリティッシュ・ブルースのゴッドファ−ザー、去る

602views

オトノ仕事人

新たな音を生み出して音で空間を表現する/サウンド・スペース・コンポーザーの仕事

7332views

われら音遊人ー021Hアンサンブル

われら音遊人

われら音遊人:元クラスメイトだけで結成。あのころも今も、同じ思いを共有!

5208views

Pacifica

楽器探訪 Anothertake

「自分の音」に向かって没入できる演奏性と表現力/エレキギター「Pacifica」

1196views

紀尾井ホール

ホール自慢を聞きましょう

専属の室内オーケストラをもつ日本屈指の音楽ホール/紀尾井ホール

14664views

山口正介さん Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

いまやサクソフォンは趣味となったが、最初は映画音楽だった

6873views

ヤマハ製アコースティックギター

楽器のあれこれQ&A

目的別に選ぶ、ヤマハ製アコースティックギター

10756views

こどもと楽しむMusicナビ

親子で参加!“アートで話そう”をテーマにしたオーケストラコンサート&ワークショップ/第16回 子どもたちと芸術家の出あう街

5571views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

10311views