Web音遊人(みゅーじん)

連載44[ジャズ事始め]ジャズに貼られていたラベルをはがすことに成功した“ランドゥーガ”という自由空間

前稿まで、佐藤允彦のアルバム『ランドゥーガ〜セレクト・ライブ・アンダー・ザ・スカイ’90』収録曲を解説してきた。

このプロジェクトのコンセプトに、本連載のテーマである「(日本の)ジャズ事始め」を探るためのヒントが集約されていると感じていたため、回をまたいでお送りしてきた。

今回は、『ランドゥーガ〜セレクト・ライブ・アンダー・ザ・スカイ’90』解説のまとめとして、このアルバムに集約されているとした“本連載のテーマを探るためのヒント”を考えてみたい。

このコンサート企画の発端については、本人が動画インタヴューで答えているので参照いただきたい。


ランドゥーガの歴史1 ランドゥーガの誕生から道場まで

“ランドゥーガ”という不思議なプロジェクト名は、当時彼がやっていた“がらんどう(伽藍堂)”という、フリーのインプロヴィゼーション・セッションに冠されていた名前をもじったもの。

元になった“伽藍堂”という言葉は、寺院を守護する神を祀るための広いお堂のこと。そのなかには物がほとんど置かれておらず閑散としていることから、転じて「なかになにもなくて広々とした状態」を例えて言うときに使われるようになった。

なにか(音楽的なきっかけが)あって演奏を始めるのではなく、なんの約束事もないところから始めるというバンド・コンセプトを表わした名前が“がらんどう”であるのに対して、それをもじっただけの“ランドゥーガ”という名付けには、思い入れがあまり感じられないとしても仕方がない。

ジャズ・フェスティヴァルという特別な機会だったからこそ実現したステージを契機に“ランドゥーガ・プロジェクト”を継続させようとするには、贅沢すぎるラインナップだったからだ。

ところが、このステージの成功が、彼のなかの“即興魂”に火をつけてしまったらしい。というか、おそらく“がらんどう”が“ランドゥーガ”にスライド(あるいは統合)したと考えたほうがいいだろう。

佐藤允彦は、この“ランドゥーガ”を集団即興演奏の方法論のひとつとして位置づけ、ワークショップを開催するなど、現在もその延長線上で活動を継続している。

「クラシック、ジャズ、ロック、邦楽、民族音楽といったジャンル、また楽器の種類、演奏技術や経験などにかかわら」ないとしている演奏/参加条件は、すなわちセレクト・ライブ・アンダー・ザ・スカイ’90のステージの手応えが確かなものだったことを物語っていると言えるだろう(引用:「ランドゥーガは、佐藤允彦が提唱する集団即興演奏の方式です。」ランドゥーガ研究会 )。

20世紀後半、それまでポピュラー音楽を代表するほどの隆盛を極めていたジャズというジャンルの音楽は、その地位をロックに奪われ、衰退を余儀なくされていた。

そうした状況を打破すべく1980年代にジャズ・シーンが選んだのは、ジャズの魅力を集約的に語ることで活気を取り戻す方法論だった。具体的には、ビバップ~ハード・バップというスタイルを軸とした、アフリカン・アメリカンによる過去の名演を規範とする復古スタイルを前面に出すものだ。

ジャズはアフリカン・アメリカンが“オリジネーター”であるとする主張は、1950年代以降のアメリカにおける公民権運動とリンクしてクローズアップされるようになったが、1980年代以降はこれがマーケティング的なラベリングにスライドしたと思われる。

そして、ジャズがアフリカン・アメリカンのものとして囲われる傾向が強まるとともに、アフリカン・アメリカン以外の演奏者は“なぜジャズを演奏しているのか”というテーマを解決しなければならなくなったわけだ。

おそらく佐藤允彦の胸の奥では、本連載でも触れた“若き日にオスカー・ピーターソンの前で本人そっくりに演奏して冷や汗をかいた記憶”が燻(くすぶ)り続けていたのだと想像している。

「やるしかない!」と決めた“俺のジャズ”のためには、ジャズの方法論という“枠”以上に、国境や人種という“枠”を取っ払う必要があったのだ。

ただ、こうした動きは佐藤允彦独自のものではなく、この時期にボクが体験したいくつかのライヴでも感じたことがあった。それについては次回。

「ジャズ事始め」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

facebook

twitter

特集

今月の音遊人 岡本真夜さん

今月の音遊人

今月の音遊人:岡本真夜さん「親や友達に言えない思いも、ピアノに聴いてもらっていました」

9504views

音楽ライターの眼

ローリー・ブロックが偉大なるブルース・ウィメンに捧げるアルバム『プルーヴ・イット・オン・ミー』を発表

4136views

CLP-600シリーズ

楽器探訪 Anothertake

強弱も連打も思いのままに、グランドピアノに迫る弾き心地の電子ピアノ クラビノーバ「CLP-600シリーズ」

45413views

知って得する!木製楽器の お手入れ方法

楽器のあれこれQ&A

木製楽器に起こりやすいトラブルは?保管やお手入れで気を付けること

22063views

バイオリニスト石田泰尚が アルトサクソフォンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】バイオリニスト石田泰尚がアルトサクソフォンに挑戦!

13132views

鬼久保美帆

オトノ仕事人

音楽番組の方向性や出演者を決定し、全体の指揮を執る総合責任者/音楽番組プロデューサーの仕事

2839views

しらかわホール

ホール自慢を聞きましょう

豊潤な響きと贅沢な空間が多くの人を魅了する/三井住友海上しらかわホール

14191views

こどもと楽しむMusicナビ

1DAYフェスであなたもオルガン博士に/サントリーホールでオルガンZANMAI!

3399views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

専門家の解説と楽器の音色が楽しめるガイドツアー

8752views

われら音遊人

われら音遊人:アンサンブルを大切に奏でる皆が歌って踊れるハードロック!

5232views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

だから続けられる!サクソフォンレッスン10年目

5096views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

31385views

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ギタリスト木村大とピアニスト榊原大がトランペットに挑戦!

7615views

ギター文化館

楽器博物館探訪

19世紀スペインの至宝級ギターを所蔵する「ギター文化館」

15394views

【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase36)武満徹の歌は仮面か素顔か、安部公房「他人の顔」の映画音楽「ワルツ」

音楽ライターの眼

【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase36)武満徹の歌は仮面か素顔か、安部公房「他人の顔」の映画音楽「ワルツ」

845views

ステージマネージャーの仕事 - Web音遊人

オトノ仕事人

オーケストラのステージの“演奏以外のすべて”を支える/オーケストラのステージマネージャーの仕事(前編)

43994views

われら音遊人ー021Hアンサンブル

われら音遊人

われら音遊人:元クラスメイトだけで結成。あのころも今も、同じ思いを共有!

5868views

Disklavier™ ENSPIRE(ディスクラビア エンスパイア)- Web音遊人

楽器探訪 Anothertake

ピアノのエレガントなフォルムを大切にしたデザイン

7465views

音の粒までクリアに聴こえる音響空間で、新時代へ発信する刺激的なコンテンツを/東京芸術劇場 コンサートホール

ホール自慢を聞きましょう

音の粒までクリアに聴こえる音響空間で、刺激的なコンテンツを発信/東京芸術劇場 コンサートホール

12825views

サクソフォン、そろそろ「テイク・ファイブ」に挑戦しようか、なんて思ってはいるのですが

パイドパイパー・ダイアリー

サクソフォンをはじめて10年、目標の「テイク・ファイブ」は近いか、遠いのか……。

8543views

これからアコースティックギターを始める際のギターの選び方や準備について

楽器のあれこれQ&A

これからアコースティックギターを始める際のギターの選び方や準備について

17408views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

7134views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

26348views