Web音遊人(みゅーじん)

曲が成長していくのを体感できるのが、バンドの醍醐味/川口千里インタビュー

世界的に注目を集め、ソロ活動のみならずサポートでも多忙を極める若きトップ・ドラマー、川口千里。最新作『Dynamogenic』では、日本国内で活動するバンドメンバーとともに深みのあるサウンドを追究し、新たな境地へと踏み出した。

気心の知れたメンバーと作り上げた、元気だけど大人なアルバム

川口千里の最新アルバムタイトル『Dynamogenic』とは、心理学の用語で“活力源”を意味する。そのアルバムのオープニングを飾る『Raging Spur』は、強烈なシャッフル・ビートに導かれ、圧倒的な熱量で疾走するハードなナンバー。アルバムタイトルを象徴するようにパワフルだ。
続く変拍子のファンク『Storm Warning』、ポップなバラード『Turn Right』など、多彩な楽曲が並ぶ本作を貫くのは、決して超絶技巧なだけではなく、バンド的なまとまりも重視したサウンド。櫻井哲夫(ベース)、菰口こもぐち雄矢(ギター)、安部潤(キーボード)という、「川口千里バンド」として何度もステージを重ねてきたメンバーだからこそ成し得たといえる、元気だけどジェントルな大人のアルバムという印象だ。
「これまでは、LAのスタジオで海外のミュージシャンとレコーディングする、みたいな贅沢な経験もさせていただきました。フィリップ・セス(ピアノ/キーボード)と共演した2017年の前作『CIDER〜Hard&Sweet〜』もそんな一枚です。そして2020年、そろそろ次のアルバムを作るタイミングかな、と思ったのですが、コロナ禍になって、自由な動きができなくなってしまいました」
しかし、そんな状況さえもポジティブに捉えることで、アルバムの制作は良い方向へと動き出した。
「こんな状況だからこそ、日本でいつも活動しているバンドで、そして自分がいつも使っている楽器でレコーディングするいい機会だな、と思ったんです。2020年の9月に録音したのですが、メンバーはお互いにクセもわかっている仲なので、反応を読み合いながら深い演奏ができる。その結果、『Dynamogenic』は、いままでのアルバムの中でいちばんまとまりのある内容になりました」

曲をライブで育てていくのがバンドの醍醐味

楽曲はバンドメンバーが数曲ずつ持ち寄った。川口本人も3曲用意したというが、作曲はどのように行っているのだろう。「曲作りは今後の課題なんですけど」と苦笑いしながらも、答えてくれた。
「私、小さい頃からドラムに熱中するあまり、ピアノとかほかの楽器をやってこなかったんですよ。だから音楽理論の勉強もまだまだこれからなんです。普段から、思いついたメロディなど、アイデアはボイスレコーダーで録っておいて、それをPCに打ち込むのですが、いまだに鍵盤を人指し指で押して入力しているほど(笑)。コードも一音ずつ入れるから、時間がかかってしまうんです」
それを、自分で作ったリズムパターンと一緒に持ち込み、キーボードの安部潤に編曲してもらうのだという。
「安部さんは『なんだこの曲は!?』と言いながら、お洒落なコードをつけてくれます(笑)。もし、私の曲が普通に聴こえたら、それは安部さんをはじめ、バンドのメンバーが素晴らしいんです」
もちろん、3曲とも出色の仕上がりだ。シックなファンク・ナンバー『Who Would’ve Known』はグルーヴに徹するシンプルなドラミングでメンバーのソロをサポートし、プログレッシヴ・ロック的な『Blessed Rain After The Drought』では4分の3拍子と8分の6拍子が絶妙に交錯しスケールの大きい世界を描き出す。そしてアルバムの最後を締める『My Way Home』は、ニューオーリンズ・ファンクを思わせる楽しいリズムに、メンバーたちの肩の力を抜いた演奏が印象的だ。
「この曲は、決めごとをほとんど作らず、『ユルく、セッションみたいな感じでやってください』とオーダーしました。そのほうがバンド感を強く出せますよね。ライブでも演奏を積み重ねて、今ではすっかり別の曲みたいな感じになってますよ。そうやって曲が成長していくのを体感できるのが、曲を作ってバンドで演奏する醍醐味だと思います」

演奏するときはいつでも100パーセントの力で

2021年9月には、ヤマハの電子ドラム新製品DTX10シリーズDTX8シリーズの発表会でデモンストレーションを披露した。DTXといえば、川口がドラムを始めるきっかけとなった楽器であり、自身もセミナーに幾度となく登場しているが、今回は特にその進化に驚いたようだ。
「ひとつの電子楽器がひとつの楽器として進化する瞬間をみました。鳴らしたい音と鳴らせる音にギャップがなく、アコースティックドラムで叩いているフレーズが自然に出てしまうほど違和感がありませんでした。今回、さらに機械系が充実し、成熟した新たなジャンルを確立した感があります。これからは、セミナーで解説をするときも、今までとは違う伝え方を考えないと、と思いました」

また、2021年10月24日には、「ハママツ・ジャズ・ウィーク」を締めくくるイベント「ヤマハ・ジャズ・フェスティバル」で、エリック・ミヤシロ(トランペット)率いるヤマハ・オールスタービッグバンドの一員として出演した。エリック・ミヤシロは『Dynamogenic』にもゲスト参加していて、ライブでも川口とは数多く共演している。
「私はもともとロックのように人数の少ないバンドから始めているので、エリックさんとの共演で、初めてビッグバンドのように大人数のアンサンブルを経験したんです。それ以来、エリックさんのバンドでは何度も演奏していますが、毎回、何かしらの学びがありますね」
演奏の現場ではいつも力を100パーセント出しきるのが川口の流儀。ジャズやフュージョンのファンのみならず、ロック好きの方もぜひ、川口のパワフルでキレのいいドラムを体感してみてほしい。

■インフォメーション

●アルバム『Dynamogenic』


発売元:キングレコード
発売日:2020年12月23日
価格:通常盤3,300円/初回限定盤5,500円(いずれも税込)
詳細はこちら
オフィシャルサイト

オフィシャルFacebook YouTube公式チャンネル オフィシャルTwitter

facebook

twitter

特集

Web音遊人_上原ひろみ

今月の音遊人

今月の音遊人:上原ひろみさん「初めてスイングを聴いたときは、音と一緒に心も躍るような感覚でした」

26717views

“ビートルズ嫌い”という思い込みを正すきっかけをつくってくれたジャズ・カヴァーという“遺産”

音楽ライターの眼

“ビートルズ嫌い”という思い込みを正すきっかけをつくってくれたジャズ・カヴァーという“遺産”

36816views

サイレントブラス

楽器探訪 Anothertake

“練習”の枠を超え人とつながる楽しさを「サイレントブラス」

3984views

楽器上達の心強い味方「サイレント™シリーズ」&「サイレントブラス™」

楽器のあれこれQ&A

楽器上達の心強い味方「サイレント™シリーズ」&「サイレントブラス™」

38450views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目の若手サクソフォン奏者 住谷美帆がバイオリンに挑戦!

9066views

オトノ仕事人 ボイストレーナー

オトノ仕事人

思い描く声が出せたときの感動を分かち合いたい/ボイストレーナーの仕事(後編)

9175views

ザ・シンフォニーホール

ホール自慢を聞きましょう

歴史と伝統、風格を受け継ぐクラシック音楽専用ホール/ザ・シンフォニーホール

23987views

日生劇場ファミリーフェスティヴァル

こどもと楽しむMusicナビ

夏休みは、ダンス×人形劇やミュージカルなど心躍る舞台にドキドキ、ワクワクしよう!/日生劇場ファミリーフェスティヴァル2022

2970views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

専門家の解説と楽器の音色が楽しめるガイドツアー

8409views

5 Gravities

われら音遊人

われら音遊人:5つの個性が引き付け合い、多様な音楽性とグルーヴを生み出す

1785views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.3

パイドパイパー・ダイアリー

人生の最大の謎について、わたしも教室で考えた

5196views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

9968views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:和洋折衷のユニット竜馬四重奏がアルトヴェノーヴァのレッスンを初体験!

4731views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

見るだけでなく、楽器の音を聴くこともできる!

13850views

ナイン・インチ・ネイルズ

音楽ライターの眼

ナイン・インチ・ネイルズ漬けの2018年夏。サマーソニック/ソニックマニア出演&新作アルバム『バッド・ウィッチ』

8102views

ステージマネージャーの仕事 - Web音遊人

オトノ仕事人

ステージマネージャーひと筋に、楽員とともにハーモニーを奏で続ける/オーケストラのステージマネージャーの仕事(後編)

17495views

われら音遊人

われら音遊人:ただ今、バンド活動リハビリ中!

7885views

82Z

楽器探訪 Anothertake

アンバー仕上げが生む新感覚のヴィンテージ/カスタムサクソフォン「82Z」

2949views

メニコン シアターAoi

ホール自慢を聞きましょう

五感で“みる”ことの素晴らしさを多くの方と共感したい/メニコン シアターAoi

2701views

山口正介さん Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

いまやサクソフォンは趣味となったが、最初は映画音楽だった

6739views

楽器のあれこれQ&A

エレクトーンについて、知っておきたいことや気をつけたいこと

25617views

東京文化会館

こどもと楽しむMusicナビ

はじめの一歩。大人気の体験型プログラムで子どもと音楽を楽しもう/東京文化会館『ミュージック・ワークショップ』

7454views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

29943views