Web音遊人(みゅーじん)

英国スペース・ロックの君主ホークウィンドが新作『ソムニア(夢)』を発表

スペース・ロックの覇者として半世紀以上のあいだ君臨してきたホークウィンドが2021年、ニュー・アルバム『ソムニア(夢)』を発表した。

1960年代末、スウィンギング・ロンドンのヒッピー・シーンから登場、1970年代のプログレッシヴ・ロックやハード・ロック/ヘヴィ・メタルのファンからも支持され、1990年代にはトランス/レイヴのリスナー層から再評価を得てきた。現在イギリスでは自らがヘッドライナーを務める夏のイベント“ホークフェスト”も開催されるなど、世代を超えた人気を誇っている。日本でも彼らは伝説的なバンドとして信奉されており、2011年4月に初の日本上陸が発表されるも東日本大震災の影響で中止に。2015年4月に遂に初来日公演が実現、ファンを喜ばせた。

『ソムニア(夢)』はレコード会社の資料によると“オリジナル・スタジオ・アルバムとしては34作目”とされている。デビュー作『ホークウィンド』(1970)から『宇宙の探求』(1971)、『絶体絶命』(1975)などの名盤、元クリームのジンジャー・ベイカーが参加した『宇宙遊泳』(1980)、アシッド/トランス感溢れる『It Is The Business Of The Future To Be Dangerous』(1993)など多くの名盤アルバムを発表してきた彼らゆえ、34作目というのは少なすぎる?……とも思われるのだが、新曲半分&セルフ・カヴァー半分のアルバムやライヴ作品も多く、バンドの不動のリーダーであるデイヴ・ブロックも”公式アルバム”と”コンピレーション”について「正直、自分の中で両者を区別していない」と語っており、正確な数字は不明である。

エリック・クラプトンのゲスト参加が話題を呼んだ『ロード・トゥ・ユートピア』(2018/バンド史上最悪のジャケット・アートともいわれる)、硬派のスペース・ロックとアコースティックの二段構えの『オール・アボード・ザ・スカイラーク』(2019)、ホークウィンド・ライト・オーケストラ名義の『カーニヴォラス』(2020)など、近年もコンスタントに高品質の作品を発表し続けてきた彼らの最新作である『ソムニア(夢)』もまた、世界中のファンの期待に応える作品だ。

執拗に反復されるリフとギターのフィードバック、シンセのスペーシーなエフェクトがせめぎ合う『ストレンジ・エンカウンターズ』、夢見心地のレイドバックした『アルキオネ』、“スペース・レゲエ”とでも呼ぶべき?『羊を数えて』など、それぞれの曲が異なった個性を放っており、それでいてホークウィンド以外にはあり得ないアイデンティティを持っている。かなり緩く“ソムニア=睡眠”をテーマとする本作だが、その軸を成す『イッツ・オンリー・ア・ドリーム』〜『メディテイション』〜『スウィート・ドリームス』の3連曲は、まるでこのアルバム自体が夢の一部であり、パッと目が覚めたら存在しなくなるのではないかと思えるほどだ。

本作のレコーディングはデイヴ・ブロック(ヴォーカル、ギター、ベース、キーボード)、リチャード・チャドウィック(ドラムス、パーカッション)、マグナス・マ−ティン(ヴォーカル、ギター、ベース、キーボード)という、ロック・バンドとしては最小限のトリオ編成で行われた。壮大な外宇宙よりも、どこまでもインナー・スペースを掘り下げていく、“もうひとつの”スペース・ロックを表現したのが本作だといえる。1970年代の“黄金時代”があってこそバンドが神格化されていることは確かであるものの、初めてホークウィンドに触れたリスナーにも十分以上に魅力が伝わる作品だろう。本作を入口にしてバンドの豊潤な宇宙にハマっていくリスナーも少なからずいそうだ。

ホークウィンドに在籍してきたメンバーや作品数は膨大なもので、熱心なファンであってもその情報量をフォローするのは困難だ。それゆえに、2021年だけでも数々の詳細な資料本が刊行されている。Dave Thompson著『Encyclopaedia Hawkwindia』はアルファベット順に人名やトピックを列記したまさに“ホークウィンド百科全書”で、好きなところからペラペラ読むことが出来る。Joe Banks著の『Days Of The Underground: Radical Escapism In The Age Of Paranoia』はメンバー達の異なる視点や時代背景を交えながら、1980年までの軌跡をフォローしている。Duncan Harris著『On Track… Every Album, Every Song』は“全曲解説”本で、さまざまな資料本や雑誌などから丁寧にピックアップしたものだ。さらに2021年10月にはMartin Popoff著『A Visual Biography』が刊行される。これはタイトル通り、テキストとレアな写真やレコード・ジャケット、ポスター、雑誌広告などヴィジュアルを交えている。4冊それぞれ異なった視点からバンドに光を当てており、ぜひ全部押さえておきたい。

さらにファーストから『ソムニア(夢)』まで50年の歴史から全81曲をピックアップしたCD6枚組アンソロジー『Dust Of Time 1969-2021』も発売される。『シルヴァー・マシーン』『ブレインストーム』などの名曲から最新作の『ストレンジ・エンカウンターズ』まで、そのキャリアを一望出来るのが嬉しい。

どこまでもディープなホークウィンドの宇宙、今からでも遅くない。シルヴァー・マシーンに乗って旅立とうではないか。

■インフォメーション

アルバム『ソムニア(夢)』

発売元:BELLE ANTIQUE
発売日:2021年9月25日
価格:2,970円(税込)
詳細はこちら

山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
ブログインタビューリスト

facebook

twitter

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:大塚 愛さん「私にとって音は生き物。すべての音が動いています」

21718views

音楽ライターの眼

20世紀の過激な音楽を集めたアンソロジー『Notes From The Underground』発表

3470views

“銘器”のその先へ。次世代のフラグシップ―カスタムユーフォニアム「YEP-843(T)S」

楽器探訪 Anothertake

“銘器”のその先へ。次世代のフラグシップ——カスタムユーフォニアム「YEP-843S/YEP-843TS」

3568views

バイオリン

楽器のあれこれQ&A

アコースティックからサイレント、エレクトリックまで多彩なバイオリンを楽しもう!

762views

世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

8980views

オトノ仕事人

アーティストの個性を生かす演出で、音楽の魅力を視聴者に伝える/テレビの音楽番組をプロデュースする仕事

10003views

サントリーホール(Web音遊人)

ホール自慢を聞きましょう

クラシック音楽の殿堂として憧れのホールであり続ける/サントリーホール 大ホール

26260views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

8041views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

見るだけでなく、楽器の音を聴くこともできる!

15484views

IMOZ

われら音遊人

われら音遊人:そろイモそろってイモっぽい?初心者だって磨けば光る!

2105views

山口正介さん

パイドパイパー・ダイアリー

「自転車を漕ぐように」。これが長時間の演奏に耐える秘訣らしい

6887views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

34868views

桑原あい

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目の若きジャズピアニスト桑原あいがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

16987views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

世界中の珍しい楽器が一堂に集まった「浜松市楽器博物館」

36915views

DOWNLOAD JAPAN 2019

音楽ライターの眼

DOWNLOAD JAPAN 2019はスレイヤー最後の日本メタル・フェス出演となるか

9337views

金谷かほり

オトノ仕事人

ひとりとして取り残すことなく、誰もが楽しめる世界を創出/演出家の仕事

1091views

ざぶとんず

われら音遊人

われら音遊人:本家ディアマンテスが認めた 力強く、心躍るサウンド!

1071views

reface シリーズ

楽器探訪 Anothertake

ひざの上に乗せてその場で音が出せる!新感覚のシンセサイザー「reface」シリーズ

15723views

ホール自慢を聞きましょう

地域に愛される豊かな音楽体験の場として京葉エリアに誕生した室内楽ホール/浦安音楽ホール

13294views

パイドパイパー・ダイアリー Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

あれから40年、おかげさまで「音」をはずさなくなりました

5399views

楽器のあれこれQ&A

いつも清潔にしておきたい!ピアニカのお手入れ、お掃除方法

389699views

日生劇場ファミリーフェスティヴァル

こどもと楽しむMusicナビ

夏休みは、ダンス×人形劇やミュージカルなど心躍る舞台にドキドキ、ワクワクしよう!/日生劇場ファミリーフェスティヴァル2022

4415views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

34868views