Web音遊人(みゅーじん)

和やかさの中に感じる、ジャズアンサンブルの原点/珠玉のリサイタル&室内楽 中川英二郎×エリック・ミヤシロ×川口千里 Special Jazz Night

互いの音をよく聴いて交感し合う、ジャズアンサンブルの原点を心地よく感じたライヴだった。2021年10月29日、夜の銀座の往来にも笑顔が増えてきた印象。会場のヤマハホールに集うメンバーは、中川英二郎(トロンボーン)、エリック・ミヤシロ(トランペット)、川口千里(ドラム)、川村竜(ベース)、宮本貴奈(ピアノ)。年齢、キャリア、バックーボーンがかなり違う5人だが、自身のバンド活動をしながら客演し合っており、ホームコンサートのような和やかさがあった。プログラムは前半7曲、後半5曲。全般、掛け合いや即興などで、各自の持ち味を存分に発揮する構成だった。ダイジェストで振り返る。

オンタイムで開演。オープニングの『Secret Gate』は、この道30年になる中川の、アルバム『E』の収録曲。ゆっくりと門が開かれるような曲調で、トロンボーンとトランペットが旋律をソロやデュオで受け持つ。合間のドラムソロにピアノが明るいニュアンスを添えたりしながら展開。続くプログラムを期待させる演奏だった。

続く『Skydance』はハイトーン・ヒッターで知られるミヤシロのアルバムタイトル曲。「故郷のハワイは真っ青な海があるステキなところですが、高校時代、吹奏楽少年の僕はちっともモテなくて……」と、作曲の背景を語り出す。要約するとこうだ。モテたくてサーフィンを始めたが、ある日、友達と沖に流され、サメに囲まれて大ピンチ。運よく2頭のイルカがサメを追い払ってくれたので無事に浜に戻れた。ライフセーバーから「イルカは守り神で、似たことがよく起こる」と言われ、改心して音楽に専念した。それを思い出し、イルカが楽しげに空へジャンプしているイメージで作ったという。

トランペットが高らかに響き、トロンボーンが引き継ぐ。イルカが大海原を快遊する。ドラムのハイハットが軽快なピッチで刻みを続け、ピアノの高音アルペジオが海原のきらめきを伝える。ベースの重厚な音が弾けて、イルカが豪快にジャンプ!ハワイの海をよく知る人も知らない人も、そんな光景を思い浮かべながら聴いているようだった。

最年少24歳の川口は、年齢差34の人生の大先輩でもあるミヤシロに、敢えて「ハイトーンではなく、トランペットの穏やかな音色の曲をお願いしたくて」と自身のアルバム『Buena Vista』から『The Phoenix』を選曲。ミヤシロのフリューゲルホルンがメロウな響きで朗々と歌う。絶景を眼下に悠々と舞い飛ぶ不死鳥のよう。恐れを知らないその魂の爆燃音を川村のエネルギッシュなエレキベースが発し続け、終盤のドラムソロでブレイク。金管2人が未来へ虹を架けるようなサウンドで閉じた。

宮本の弾き語りも素晴らしかった。ヴォーカルは2020年のアルバム『Wonderful World』で初披露したのだが、『Lady T’s Steps』『What a Wonderful World』ともムーディーなアルト。米英での20年の活動を物語るナチュラルな発音、ヘレン・メリルを彷彿する息使い、しかも心がほぐれて癒やされる。休憩後の後半では、中川のディキシーランドジャズ風『Life is Beautiful』に詞をつけて歌った。いずれも再聴したくなる歌唱だった。

ラストは、2021年2月に亡くなったジャズ・ピアニストのチック・コリアに敬意を込めて『Spain』。ミヤシロが「彼は前向きで純粋に音楽に向き合い、自作曲も常に今の感性で演奏する人でした」といった言葉を手向けてから開始。フリューゲルホルンがイントロの『アランフェス協奏曲』旋律を厳かに奏で、トロンボーンが深く哀愁を湛え、ツインで吹いたり、コール&レスポンスをしたり……。やがて、主旋律を盛り上げるドラムの手数が増え、この日はずっと裏方に回っていたエレキベースも、ネックのハイポジションまで駆け上がったり低音まで駆け戻ったり、思いを込めた超絶テクで魅了する。そういえば、コリアはいつも聴衆に旋律のスキャットを求め、奏者と心が一つになるまで繰り返した。この日の観客は、天国の彼の冥福を祈りながら静かにコール&レスポンス。心でスキャットを楽しんでいたに違いない。

大いに盛り上がって、アンコールは川口の『Ginza Blues』。銀座の大通りを楽しく練り歩くような明るい曲調。各自ソロをバトンタッチ。ラストに川口のドラムソロが、打ち止め花火の如く華やかに弾けて、21時28分にお開きとなった。

 

原納暢子〔はらのう・のぶこ〕
音楽ジャーナリスト・評論家。奈良女子大学卒業後、新聞社の音楽記者、放送記者をふりだしに「人の心が豊かになる音楽情報」や「文化の底上げにつながる評論」を企画取材、執筆編集し、新聞、雑誌、Web、放送などで発信。近年は演奏会やレクチャーコンサート、音楽旅行のプロデュースも。書籍「200DVD映像で聴くクラシック」「200CDクラシック音楽の聴き方上手」、佐藤しのぶアートグラビア「OPERA ALBUM」ほか。
Lucie 原納暢子

 

photo/ Ayumi Kakamu

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