今月の音遊人
今月の音遊人:諏訪内晶子さん「音楽の素晴らしさは、人生が熟した時にそれを音で奏でられることです」
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まるで楽器で対話するように──弦楽アンサンブルの可能性を楽しむステージ/伊藤亮太郎、柳瀬省太、 辻󠄀本玲インタビュー
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2021.12.7
2018年にヤマハホールでスタートした「伊藤亮太郎と名手たちによる弦楽アンサンブル」。2022年1月には、第4回となる公演が予定されている。バイオリニスト伊藤亮太郎はもちろん、登場する6人の演奏家たちは4回とも同じメンバー。実は、これはすごく珍しいことだそうだ。
「このシリーズは、弦楽三重奏曲、五重奏曲、そして六重奏曲をやろう、というコンセプトでやっているんです。弦楽四重奏となると、また少し違ってきますからね」
こう説明してくれたのは、ビオラ奏者の柳瀬省太。読売日本交響楽団のソロ・ビオラ奏者を務めるほか、室内楽の分野でも積極的な活動を行っている。
“伊藤亮太郎と名手たちによる弦楽アンサンブル”を主宰するバイオリニストの伊藤亮太郎とは、ともにストリング・クァルテット ARCOのメンバーとして、20年以上の時を共に過ごしてきた。伊藤も柳瀬には全幅の信頼を寄せているのだろう、2018年にこのシリーズをヤマハホールで始めることになったとき、誰よりもまず柳瀬に声をかけて相談したのだった。
「弦楽四重奏は、もちろん楽しいんだけど、ジャンルとして大きすぎるというか、演奏するほうも聴くほうも身構えてしまうところがありますよね」と柳瀬は続ける。
「作曲家も周囲の意見を気にしてか、時間をかけてしっかり作品を書いている。モーツァルトでさえそうなんです。ハイドン・セット(※)がいい例ですよね」
※ハイドン・セット:モーツァルトが1782~85年の間に作曲した6曲の弦楽四重奏曲(第14~19番)
「演奏する側も、4人に表現の統一性を持たせるため、かなりの時間を割いて練習します。弦楽四重奏は、完成された美しさの裏に、音程ひとつとってもかなりシビアな世界があるといえるでしょう」
そう伊藤は語るが、1997年の結成以降、ARCOの中心メンバーとして弦楽四重奏団を引っ張り続けているだけに、その言葉には説得力がある。では、三重奏、五重奏、六重奏に関してはどのように考えているのだろうか。
「いい意味で、肩の力が抜けているような感じがしますよね」(伊藤)
「そうそう。弦楽四重奏曲とは対照的に、作曲家も楽しんで書いているような雰囲気が、楽譜から伝わってくるんです。リハーサルでは亮太郎さんも心なしかリラックスしているように感じるし(笑)、辻󠄀本さんをはじめ、ほかのメンバーもいろんな提案をしてきてくれる。もちろん、亮太郎さんにそれを受け入れる懐の深さがあるからなんだけど、やはりみんな楽しいんじゃないのかな」(柳瀬)
「違う考えを持った人間同士が集まってひとつの音楽を作るのが室内楽の醍醐味だと私は思うのですが、このメンバーだとそれが最大限に発揮できるのかな、と思います」(伊藤)
「このメンバーでのアンサンブルは、みんなバラバラなんだけど、実は合っているんです。不思議ですよね。それは、皆さん室内楽が好きで、基礎もしっかり勉強されているからだと思います」
こう言うのは、チェリストの辻󠄀本玲。NHK交響楽団の首席チェロ奏者を務めつつ、やはり室内楽での活動も大切にしている実力派だ。
“伊藤亮太郎と名手たちによる弦楽アンサンブル”のメンバーは、伊藤、柳瀬、辻󠄀本のほかに横溝耕一(バイオリン)、大島亮(ビオラ)、横坂源(チェロ)と、文字通りに名手が揃う。シリーズを通してメンバーが変わっていないことについて「こういうことって、本当に珍しいんですよ」と柳瀬も驚きを隠せない。
「全員が、ソロで弾いても十分に観客を惹きつけられる強烈な個性の持ち主。そういう奏者が集まると、個性がぶつかり合って面白いんだけど、後々まで印象に残っているかどうかは、また別の話。多くの場合は一回きりで終わってしまうんです」
実際、伊藤も最初はこのメンバーのまま何回も続くとは思っていなかったらしい。
「柳瀬さんが言うとおりに、上手い奏者が集まればいいアンサンブルができるかというと、決してそういうわけではない。だけど、第1回の演奏で手ごたえを感じたんです。メインはブラームスの『弦楽六重奏曲第1番』だったのですが、みんなが向いている方向が一緒だと実感できて、また同じメンバーでやりたいと思いました。これは奇跡といっても過言ではありません」
「辻󠄀本さんが『バラバラだけど合っている』と言っていたけど、それは全員、自分が何をすべきかを心得ているからなんですよね。作品を表現するというベクトルが同じだから、個性がぶつかったり弾き方が多少違っていたりしても、それほど気にならないんです」(柳瀬)
「皆さんは、ほかのメンバーの音を本当によく聴いているので、自分の表現に妥協しなくていいんですよね。ギリギリのところまで攻めても音楽として成立させる力量のある方たちだから、冒険しても後悔しないんです」(辻󠄀本)
さて、2022年1月9日に予定されている4回目の公演では、フランセの『弦楽三重奏曲』、グラズノフの『弦楽五重奏曲』、マルティヌーの『弦楽六重奏曲』、そしてシェーンベルク『浄められた夜』がラインナップされた。19世紀末から20世紀前半にかけて作られた曲が並ぶ「攻めた」プログラムになった。
「シェーンベルク『浄められた夜』は有名な作品で、フランセも耳にしたことのあるファンは少なくないと思います。だけど、グラズノフとマルティヌーはまず演奏されることがないので、ぜひこの機会に聴いていただきたいと思います」(伊藤)
「フランセの『弦楽三重奏曲』はフランスらしい軽やかな曲で、オープニングにぴったりなんだけど、技術的にはとても難しく、やりがいのある作品です。グラズノフは低音の使い方が上手くて、弦楽五重奏曲というと普通はビオラが2挺になるんだけど、この作品はチェロが2挺なんですよね。その上に乗るビオラとともに、注目して聴いていただけたらうれしいですね」(柳瀬)
プログラムを決めた伊藤によると、まずは『浄められた夜』をメインに据えようと決め、カップリングする曲を選んでいくうえで出てきたのが、グラズノフとマルティヌーという組み合わせだったという。グラズノフ『弦楽五重奏曲』は30分ほどもある大曲だが、チェロ2挺とは思えないほど軽やかで優美な作品。マルティヌー『弦楽六重奏曲』は演奏時間でいうと20分弱だが、その中に抒情的なメロディやドラマティックな展開が詰め込まれている。伊藤は、特にマルティヌーが楽しみで仕方ないといった様子だ。
「これはマルティヌーの出世作といえる作品なのですが、とにかく濃密で美しいんです。日本での演奏機会がほとんどないのが信じられないくらいの名曲なので、楽しみにしていてください」
辻󠄀本のおすすめは、一晩でバラエティ豊かな響きを楽しめることだという。
「いままでの公演ではドイツやオーストリア系の楽曲が多かったのですが、今回はフランスやチェコ、ロシアといろんな国の作品が集まったので面白いと思いますよ。個人的には『浄められた夜』がやはり楽しみですね。6人の奏者が、まるで楽器で対話するように曲が進んでいくのですが、この個性あるメンバーでどんなやりとりができるのか。この曲はオーケストラの印象が強いという方もいらっしゃるかもしれませんが、オケでは表現しきれない、奏者の息遣いまで聴こえてきそうな音の対話をお楽しみください」
「あと、ヤマハホールでできるというのがいいですよね。6人で演奏するにはちょうどいいサイズだし、響きもよくお客様との距離も近い。室内楽をやる人間にとって、これ以上の環境はないですよ」(柳瀬)
オーケストラとも、弦楽四重奏とも違う、弦楽アンサンブルならではの魅力を、この機会にぜひ味わってみてはいかがだろう。
日時:2022年1月9日(日)14:00開演(13:30開場)
会場:ヤマハホール(東京都中央区銀座7-9-14)
料金:来場チケット 5,000円(全席指定・税込)/配信コンサート視聴チケット 2,000円(税込)
出演:伊藤亮太郎/横溝耕一(バイオリン)、柳瀬省太/大島亮(ビオラ)、横坂源/辻󠄀本玲(チェロ)
曲目:J.フランセ/弦楽三重奏曲(伊藤、柳瀬、横坂)
A.グラズノフ/弦楽五重奏曲 イ長調 Op.39(伊藤、横溝、柳瀬、辻󠄀本、横坂)
B.マルティヌー/弦楽六重奏曲(全員)
A.シェーンベルク/浄められた夜 Op.4(全員)
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