今月の音遊人
今月の音遊人:藤井フミヤさん「音や音楽は心に栄養を与えてくれて、どんなときも味方になってくれるもの」
13134views
【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase23)ベルク「3つの管弦楽曲」、前衛とはヴェルヴェット・アンダーグラウンドな抒情である
この記事は5分で読めます
1007views
2024.5.9
tagged: 音楽ライターの眼, クラシック名曲 ポップにシン・発見, ベルク, ヴェルヴェット・アンダーグラウンド
アルバン・ベルク(1885~1935年)は無調の「ヴォツェック」、十二音技法も取り入れた「ルル」の二大歌劇で名高い。師匠のシェーンベルク、同じ門下生のウェーベルンとともに新ウィーン楽派として現代音楽を創始した。しかしベルクの音楽には濃厚な抒情が漂う。彼のヒーローは後期ロマン派の交響曲作家マーラーだった。ベルク唯一のオーケストラ曲「3つの管弦楽曲 Op.6」では、無調の中にマーラー風の行進曲やハンマーの打撃が顔を出す。それはヴェルヴェット・アンダーグラウンドの抒情的な前衛ロックを予感させる。
新ウィーン楽派は無調や十二音技法を追求した前衛作曲家集団だが、1897~1907年にウィーン宮廷歌劇場の芸術監督として一世を風靡したマーラーからの影響が強い。ベルクはシェーンベルク以上に熱烈なマーラーファンだった。マーラーが「交響曲第4番」を自らの指揮で初演した際、ベルクは楽屋で巨匠の指揮棒を入手し宝物にした。
「3つの管弦楽曲」は第1曲「前奏曲」、第2曲「輪舞」、第3曲「行進曲」から成り、演奏時間は第1、2曲が各5分、第3曲が10分の計20分。マーラー死後の1913年に作曲を始め、14年8月23日に第1曲と第3曲が完成。同年9月13日のシェーンベルクの誕生日に師に献呈した。全3曲を師に贈ったのは15年8月。第一次世界大戦の2年目だった。
ベルクはもともとマーラーの「交響曲第2番『復活』」や「第4番」のような声楽付きの大交響曲を構想したが、実現しなかった。そこでシェーンベルクの助言を得て、ピアノ曲によくある前奏曲やワルツといった性格的小品を管弦楽曲として作曲することにした。手本はシェーンベルクの「5つの管弦楽曲Op.16」(1909年)。この無調作品にウェーベルンも触発され、1909年に「管弦楽のための6つの小品Op.6」を作曲した。
とはいえ、3人の個性は異なる。シェーンベルクは十二音技法の導入前ではあるが、師として精緻な無調を構築した。特に第3曲「色彩」では、音響平面作曲法の先駆といわれる音色変化の手法を取り入れている。一方、ウェーベルンは1曲11~41小節、平均演奏時間1分45秒程度の極小世界に微細な色彩感や広大な強弱法を込めた無調を創り出した。
無調の「行進曲」にハンマーの一撃
これに対しベルクの「3つの管弦楽曲」を特徴付けるのはマーラー風の素材と劇的効果だ。3曲は小品とはいえ、演奏時間が比較的長い。4管編成の大管弦楽による3楽章の交響曲とも捉えられる。銅鑼やシロフォン、チェレスタ、それにマーラーが「交響曲第6番」で使ったハンマーなど、打楽器や鍵盤楽器が充実している。
第1曲「前奏曲」は、銅鑼やシンバルなど打楽器がざわめく噪音風の序奏と後奏を配し、中心部で展開し頂点を築くアーチ構造を聴かせる。しかし次々と短い音型が明滅するため、主題は見つけにくい。ファゴットが鳴らすE―G―A♭の音型が辛うじて主題を思わせる。
頂点へ向かって不協和音が盛り上がる。あえてどんな「和音」が鳴っているか切り取ると、B♭7sus4/A(Aをベース音にしたB♭・E♭・F・A♭)やC♯13などだ。頂点で炸裂するトゥッティ(総奏)はE♭sus4/C (C・E♭・A♭・B♭)に聴こえる。瞬間のテンションコードは複雑な対位法から生成され、様々な主題が破片となって濁流に散る。
ところが特徴的な主題が濁流から時おり浮上する。総譜を見ると、ベルクは主声部を「H」、副声部を「N」と示している。例えば、「前奏曲」が頂点を築いた後、トランペットが鳴らす6連符を含む主題に「H」表示がある。短2度を用いた6連符が印象深いのは、マーラーの「交響曲第1番」のトランペットのファンファーレを連想させるからだ。
Alban Berg: Three Pieces for Orchestra, op.6 (1914/1915) Abbado Live 1969
第2曲「輪舞」では6連符の主題が変形され、ワルツ風の歪んだ舞曲に諧謔を添える。マーラーの「交響曲第4番」第2楽章や「同7番」第3楽章といった不気味なスケルツォ楽章の無調版か。不協和音の頂点では12音の強奏も登場する。
第3曲「行進曲」はマーラーの「交響曲第6番」の影響が強い。マーラー流の行進曲のリズムが現れる。マーラーやベートーヴェンの「交響曲第5番」を想起させる運命の動機も鳴る。そしてハンマーの一撃。無調音楽はより自由に音響の範囲を広げる。ロマン派の残滓も混じる無調の響きは人を酔わせる。「3つの管弦楽曲」の試みは歌劇「ヴォツェック」でさらに実を結ぶ。
半世紀後の1967年、米国の前衛ロックバンド、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのデビューアルバム「ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコ」が出た。プロデュースはポップアートの旗手アンディ・ウォーホル。ギターとボーカルのルー・リードは、シラキュース大学で詩人デルモア・シュワルツに師事した。現代音楽を学んでいたジョン・ケイルらが加わり、ウォーホルがドイツ人女優のニコを歌手として引き入れた。
「ヘロイン」「黒い天使の死の歌」など衝撃作が並ぶ。最大の実験作はシュワルツに捧げた7分46秒の終曲「ヨーロピアン・サン」。ニ長調(D)によるギターの無邪気なカッティングから始まり、ミュージック・コンクレート風に爆音とガラスの破裂音が響き渡ったところから混沌へと突き進む。無軌道なギターソロ、沸騰音のようなドラムス、ハウリング音などが交錯する。調性感の破壊というよりも、楽音と噪音の境界線を消してしまうのだ。「君はヨーロッパの息子を殺した」という歌詞は伝統の西洋音楽に決別する志を示す。
異様な作品群の中にポップな曲が混じるのもこのアルバムの特徴だ。1曲目「日曜の朝」だけはトム・ウィルソンのプロデュース。作詞作曲はリードとケイル。童謡のように無垢なのに不気味なこの曲は親しみやすい。「気をつけな。世界は君の背後にいる」という哲学的な詩。文学センスが光る。
前衛には伝統や名曲への郷愁が付きまとう。ベルクではマーラーの交響曲であり、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドでは古き良きポップスだ。中途半端で折衷だからこそ魅力がある。密集したヴェルヴェットの毛羽に抒情がこびりつく。前衛とはヴェルヴェット・アンダーグラウンドな抒情である。
池上輝彦〔いけがみ・てるひこ〕
音楽ジャーナリスト。日本経済新聞社チーフメディアプロデューサー。早稲田大学卒。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽レビュー、映像付き音楽連載記事「ビジュアル音楽堂」などを執筆。クラシック音楽専門誌での批評、CDライナーノーツ、公演プログラムノートの執筆も手掛ける。
日本経済新聞社記者紹介
文/ 池上輝彦
本ウェブサイト上に掲載されている文章・画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
tagged: 音楽ライターの眼, クラシック名曲 ポップにシン・発見, ベルク, ヴェルヴェット・アンダーグラウンド
ヤマハ音遊人(みゅーじん)Facebook
Web音遊人の更新情報などをお知らせします。ぜひ「いいね!」をお願いします!