Web音遊人(みゅーじん)

連載6[多様性とジャズ]“歌”と“楽器”の関係をたどってみることでジャズを見直したら……

前稿の最後で、次回は“歌なのに言葉がなくても成立する音楽”を掘り進めると予告したが、その前に“歌のある音楽”と“歌のない音楽”の違いについて確認しておかなければならないだろう。

“歌のある音楽”=ヴォーカルは、人声のみ、または人声を用いた演奏のことで、対義語として、人声を用いないインスト(インストゥルメンタル=器楽曲)がある。

つまり音楽は、“歌があるかないか”で大別される。

歌とは、「拍子と節をつけて歌う言葉の総称」(引用:デジタル大辞泉「歌」の解説より)なので、まず言葉ありきだったことがわかる。また、和歌から童唄(わらべうた)、労働歌、聖歌、オペラのアリアまでを含んだ広範囲なものなのだけれど、このなかで歌の有無が関係するのは“声楽曲”と呼ばれるもの。歌があるのが“声楽曲”で、ないのが“インスト”という分け方だ。

“声楽曲”というのは、広範な“歌”のうち「西洋クラシック音楽の歌唱声部に主眼を置いて作曲された作品を示」(引用:日本大百科全書「歌曲」の解説より)としているが、これが分派してポピュラー・ソングが生まれたと言ってもいいだろう。付け加えれば、ポピュラー・ソングから枝分かれしたものが“歌もののジャズ”だ。

対して、辞書・事典における“インスト”の解説は“歌”に比べて極端に少なく、「歌のない、楽器だけで演奏された曲」で済まされていたりする。つまり、音楽は“詞から生まれた歌ありき”だったことをうかがわせるような差が見て取れる。

だが、中世以降の西洋音楽において、インストはそのヴァリエーションを増やしていく。そこでは主に、ピアノなど独奏楽器の発達が影響していたと思われる。つまり、独奏楽器の性能が向上することで、歌に対抗できる表現力をインストがもった、ということだ。いまでも「楽器は歌うように演奏しろ」と言われることが多いけれど、“歌”と“楽器”の主従関係を無意識に表わしていて、“楽器”が“歌”を超える可能性を示しえた言葉だったのかもしれない。

話を本稿のテーマに戻すと、“歌”と“楽器”の距離がどんどん縮まった時期(=19世紀から20世紀にかけて)に現われたのが、ジャズだった──という仮説を立ててみることで、“酒場の賑やかし”や“ダンスのためのBGM”だった音楽が独立した作品性をもつようになっていったことを解き明かせるのではないか──。

おっと、その前に、器楽曲とは区別される管弦楽や室内楽とジャズとの関係をおさらいしておかないといけなかった。

ジャズ界で初めて商業用レコードを発売した(その名に“ジャズ”の文字を最初に掲げたのもこのバンドであるとされている)オリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンドの「Livery Stable Blues」(1917年)を聴きながら、次回をお待ちいただきたい。


参考動画:Original Dixieland Jass Band – Livery Stable Blues (1917)

「多様性とジャズ」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
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