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今月の音遊人:辻󠄀井伸行さん「ピアノは身体の一部、大切な友だちのようなものです」
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【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#001 遺された“会話”をたよりに“ワルツ”を選んだ意図を再考する~『ワルツ・フォー・デビイ』編
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2022.12.5
tagged: 音楽ライターの眼, ジャズの“名盤”ってナンだ?, ビル・エヴァンス
自分で決めておいてなんですが、通しタイトルの「ジャズの“名盤”ってナンだ?」って、ヘンな問いかけですよね……。
「“名盤”なんでしょ?」と返されればそれまでですし、いまさらジャズの“名盤”の定義をおさらいしてもカビ臭いだけですし。
「ジャズの“名盤”ってどうなんだ?」と改めて問いたかったのがきっかけですが、その背景には「こうなんだ!」という押し付け、あるいは権威主義的なものを“なんとかしたい”という反発心があったりします。
まぁ、そんなデコボコした感情を織り交ぜようとしたのが「〜ナンだ?」という通しタイトルになったということでお付き合いください。
初回はビル・エヴァンス・トリオの『ワルツ・フォー・デビイ』。
1961年にリリースされた、ライヴ演奏を収録したアルバムです。
編成は3人、すなわちピアノ・トリオと呼ばれる形態です。
アナログLPに6曲が収録され、後のCD化で別テイクや未収録曲が追加されています。
1.トリオというシンプルな編成
2.ジャズっぽすぎない味付け
3.3拍子スロー・バラードの親しみやすさ
といったあたりが、表面的なこのアルバムの特徴です。
まず、1について。
一般的にジャズは、譜面より演奏者個人の表現力を評価する傾向にあり、その表現力は共演者の演奏に強く影響されます。
つまり、“音で会話”できているかどうかが、その演奏者や演奏の評価を左右するというわけですね。
こうした“会話”を理解するには、リスナーのジャズに対する習熟度も問われるわけですが、リスナーの立場からすれば、誰がなにを演奏しているのかが“見えやすい”ほうがハードルが低くなるわけです。
音楽を成立させるには、メロディ、ハーモニー、リズムが必要です。この3要素をメンバー3人が、曲の場面ごとに代わる代わる担当しながら“会話”することができるトリオという編成は、リスナーに“ジャズを見えやすくする”効果がある、ということがこのアルバムの評価の根底にあると思っています。
2については、メンバーのプロフィールが影響していると言えます。
リーダーのビル・エヴァンス(ピアノ)、スコット・ラファロ(ベース)、ポール・モチアン(ドラムス)のいずれもが、アフリカン・アメリカンではないジャズ・ミュージシャン。
アフリカン・アメリカンの音楽的な特徴である“グルーヴ”と呼ばれる“リズムの揺れ”などを前面に押し出していたのが当時のジャズの主流であったところ、その対極とも言える“整然としたリズムと音色”で演奏をまとめていたのがこのトリオ。
もちろんそのアプローチは“アンチ・ジャズ”でも“白人主義”でもありません。
その証拠のひとつとして挙げられるのが、ビル・エヴァンスがトリオ結成前に参加していたのはマイルス・デイヴィスのバンドだったということ。マイルス・デイヴィスはジャズを象徴するアフリカン・アメリカンのミュージシャンですが、ビル・エヴァンスとともに、クール・ジャズと呼ばれた“整然としたリズムと音色”のサウンドを、追求しようとしていました。
つまり、ビル・エヴァンスはアフリカン・アメリカン由来の音楽を異なるアプローチでまとめ上げようとしたジャズの功労者のひとりであり、その結晶が本作であるから、“ジャズっぽすぎない”けれど“アンチ・アフリカン”ではない、というわけです。
3についても、“ジャズはフォー・ビート(4拍子)”という先入観を覆すインパクトと、メロディを追いやすいスローなテンポによって、2の解説で述べたような(リスナーに“ジャズを見えやすくする”)効果を高めていると言えるでしょう。
ダイバーシティという視点では、アフリカン・アメリカンが主流のジャズというフィールドで、白人という逆差別を受ける立場を考えながら、このトリオがどこへ向かおうとしていたのかを考えてみるのはいかがでしょうか。
残念ながら、不世出と言われたスコット・ラファロがこのアルバムを収録してまもなく交通事故で逝去し、彼がビル・エヴァンスやポール・モチアンと交わそうとした“会話”は途絶えてしまいました。
スコット・ラファロは同時期に、アフリカン・アメリカンでフリー・ジャズの旗手として知られるオーネット・コールマンのレコーディングにも参加。このことから、彼がアフリカン・アメリカンの仲間に交じって自由な音楽をめざし、その志を周囲も認めていたことがわかるでしょう。
黒人公民権運動が過激化する時期に生まれたこの“名盤”は、当事者であるアフリカン・アメリカンではないメンバーたちだからこそ昇華させることのできた“自由のメロディ”だったのではないか──と思うのです。
富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ/富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook
文/ 富澤えいち
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