Web音遊人(みゅーじん)

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#001 遺された“会話”をたよりに“ワルツ”を選んだ意図を再考する~『ワルツ・フォー・デビイ』編

自分で決めておいてなんですが、通しタイトルの「ジャズの“名盤”ってナンだ?」って、ヘンな問いかけですよね……。

「“名盤”なんでしょ?」と返されればそれまでですし、いまさらジャズの“名盤”の定義をおさらいしてもカビ臭いだけですし。

「ジャズの“名盤”ってどうなんだ?」と改めて問いたかったのがきっかけですが、その背景には「こうなんだ!」という押し付け、あるいは権威主義的なものを“なんとかしたい”という反発心があったりします。

まぁ、そんなデコボコした感情を織り交ぜようとしたのが「〜ナンだ?」という通しタイトルになったということでお付き合いください。

初回はビル・エヴァンス・トリオの『ワルツ・フォー・デビイ』。


参考動画:Bill Evans Trio – Waltz For Debby(Official Visualizer)

アルバム概要

1961年にリリースされた、ライヴ演奏を収録したアルバムです。

編成は3人、すなわちピアノ・トリオと呼ばれる形態です。

アナログLPに6曲が収録され、後のCD化で別テイクや未収録曲が追加されています。

“名盤”の理由

1.トリオというシンプルな編成

2.ジャズっぽすぎない味付け

3.3拍子スロー・バラードの親しみやすさ

といったあたりが、表面的なこのアルバムの特徴です。

まず、1について。

一般的にジャズは、譜面より演奏者個人の表現力を評価する傾向にあり、その表現力は共演者の演奏に強く影響されます。

つまり、“音で会話”できているかどうかが、その演奏者や演奏の評価を左右するというわけですね。

こうした“会話”を理解するには、リスナーのジャズに対する習熟度も問われるわけですが、リスナーの立場からすれば、誰がなにを演奏しているのかが“見えやすい”ほうがハードルが低くなるわけです。

音楽を成立させるには、メロディ、ハーモニー、リズムが必要です。この3要素をメンバー3人が、曲の場面ごとに代わる代わる担当しながら“会話”することができるトリオという編成は、リスナーに“ジャズを見えやすくする”効果がある、ということがこのアルバムの評価の根底にあると思っています。

2については、メンバーのプロフィールが影響していると言えます。

リーダーのビル・エヴァンス(ピアノ)、スコット・ラファロ(ベース)、ポール・モチアン(ドラムス)のいずれもが、アフリカン・アメリカンではないジャズ・ミュージシャン。

アフリカン・アメリカンの音楽的な特徴である“グルーヴ”と呼ばれる“リズムの揺れ”などを前面に押し出していたのが当時のジャズの主流であったところ、その対極とも言える“整然としたリズムと音色”で演奏をまとめていたのがこのトリオ。

もちろんそのアプローチは“アンチ・ジャズ”でも“白人主義”でもありません。

その証拠のひとつとして挙げられるのが、ビル・エヴァンスがトリオ結成前に参加していたのはマイルス・デイヴィスのバンドだったということ。マイルス・デイヴィスはジャズを象徴するアフリカン・アメリカンのミュージシャンですが、ビル・エヴァンスとともに、クール・ジャズと呼ばれた“整然としたリズムと音色”のサウンドを、追求しようとしていました。

つまり、ビル・エヴァンスはアフリカン・アメリカン由来の音楽を異なるアプローチでまとめ上げようとしたジャズの功労者のひとりであり、その結晶が本作であるから、“ジャズっぽすぎない”けれど“アンチ・アフリカン”ではない、というわけです。

3についても、“ジャズはフォー・ビート(4拍子)”という先入観を覆すインパクトと、メロディを追いやすいスローなテンポによって、2の解説で述べたような(リスナーに“ジャズを見えやすくする”)効果を高めていると言えるでしょう。

いま聴くべきポイント

ダイバーシティという視点では、アフリカン・アメリカンが主流のジャズというフィールドで、白人という逆差別を受ける立場を考えながら、このトリオがどこへ向かおうとしていたのかを考えてみるのはいかがでしょうか。

残念ながら、不世出と言われたスコット・ラファロがこのアルバムを収録してまもなく交通事故で逝去し、彼がビル・エヴァンスやポール・モチアンと交わそうとした“会話”は途絶えてしまいました。

スコット・ラファロは同時期に、アフリカン・アメリカンでフリー・ジャズの旗手として知られるオーネット・コールマンのレコーディングにも参加。このことから、彼がアフリカン・アメリカンの仲間に交じって自由な音楽をめざし、その志を周囲も認めていたことがわかるでしょう。

黒人公民権運動が過激化する時期に生まれたこの“名盤”は、当事者であるアフリカン・アメリカンではないメンバーたちだからこそ昇華させることのできた“自由のメロディ”だったのではないか──と思うのです。

「ジャズの“名盤”ってナンだ?」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

小野リサさん

今月の音遊人

今月の音遊人:小野リサさん「ブラジルの人たちは、まさに『音で遊ぶ人』だと思います」

12733views

アレクサンドル・タロー ピアノ・リサイタル

音楽ライターの眼

その夜、《ゴルトベルク変奏曲》はフランス語で”演じられた”/アレクサンドル・タロー ピアノ・リサイタル

5511views

マーチングドラムの必須条件とは?

楽器探訪 Anothertake

マーチングドラムの必須条件とは?

11251views

楽器のあれこれQ&A

エレクトーンについて、知っておきたいことや気をつけたいこと

25817views

今、注目の若き才能 ピアニスト實川風が ドラム体験レッスン!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】今、注目の若き才能 ピアニスト實川風が ドラム体験レッスン!

8726views

打楽器の即興演奏を楽しむドラムサークルの普及に努める/ドラムサークルファシリテーターの仕事(前編)

オトノ仕事人

一期一会の音楽を生み出すガイド役/ドラムサークルファシリテーターの仕事(前編)

15177views

ホール自慢を聞きましょう

地域に愛される豊かな音楽体験の場として京葉エリアに誕生した室内楽ホール/浦安音楽ホール

10563views

こどもと楽しむMusicナビ

“アートなイキモノ”に触れるオーケストラ・コンサート&ワークショップ/子どもたちと芸術家の出あう街

6926views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

専門家の解説と楽器の音色が楽しめるガイドツアー

8505views

われら音遊人:クラノワ・カルーク・ オーケストラ

われら音遊人

われら音遊人:同一楽器でハーモニーを奏でる クラリネット合奏団

8264views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.8 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

初心者も経験者も関係ない、みんなで音を出しているだけで楽しいんです!

5285views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

25373views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:和洋折衷のユニット竜馬四重奏がアルトヴェノーヴァのレッスンを初体験!

4808views

ギター文化館

楽器博物館探訪

19世紀スペインの至宝級ギターを所蔵する「ギター文化館」

14917views

DIO: Dreamers Never Die

音楽ライターの眼

ヘヴィ・メタル稀代の名シンガー、ロニー・ジェイムズ・ディオの勇姿が蘇る映画『DIO: Dreamers Never Die』海外公開

1413views

弦楽器の調整や修理をする職人インタビュー(前編)

オトノ仕事人

見えないところこそ気を付けて心を配る/弦楽器の調整や修理をする職人(後編)

8313views

われら音遊人:ずっと続けられることがいちばん!“アツく、楽しい”吹奏楽団

われら音遊人

われら音遊人:ずっと続けられることがいちばん!“アツく、楽しい”吹奏楽団

10775views

Venova(ヴェノーヴァ)

楽器探訪 Anothertake

すぐに音を出せて、自由に演奏できる。管楽器の楽しみを多くの人に

14210views

しらかわホール

ホール自慢を聞きましょう

豊潤な響きと贅沢な空間が多くの人を魅了する/三井住友海上しらかわホール

13737views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

泣いているのはどっちだ!?サクソフォン、それとも自分?

5982views

初心者におすすめのエレキギターとレッスンのコツ!

楽器のあれこれQ&A

初心者におすすめのエレキギターと知っておきたい練習のコツ

22480views

こどもと楽しむMusicナビ

1DAYフェスであなたもオルガン博士に/サントリーホールでオルガンZANMAI!

3161views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

30342views