今月の音遊人
今月の音遊人:富貴晴美さん「“音で遊ぶ人”たちに囲まれたおかげで型にはまることのない音作りができているのです」
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桜舞い散る春の午後、ハープのアルペジオが星屑のように降り注ぐ中を、チェロが清澄な調べで歌う。2023年3月30日、東京・銀座のヤマハホールで開かれた「宮田大チェロ・コンサート」は、宮田のチェロと山崎祐介のハープという珍しい編成のデュオだった。ほとんどがスローなバラード風の小品。チェロが奏でる旋律は、スターダストを浴びてきらめきながら、聴き手を癒した。
アンコールを含め全15曲。山崎のハープは一音ごと輝きがあるが、音数の多いアルペジオでは決して音量が大きくない。宮田と山崎は互いにバランスよくデュナーミクを効かせながら、デリケートな響きを引き立て合った。
バッハ『アリオーソ』とヘンデル『オンブラ・マイ・フ(ラルゴ)』は、ハープがアルペジオでリズムを刻み、チェロが有名な旋律を緩やかに奏でる。宮田が「(ハープの音が)天から降りてくるようだ」と言い、山崎が「自分の練習部屋にしたい」と語るほど、同ホールは清澄な二重奏に合っていた。
続いて鳥にまつわる3曲。ヴィラ=ロボス『黒鳥の歌』は、ハープのアルペジオがさざめく水面で、チェロが黒鳥の姿をスローモーションのように描く。厚みと持続性のあるチェロの音色は瀕死の黒鳥の厳粛さを印象付けた。サン=サーンスの人気曲『白鳥』では、チェロが巧みに強弱を付けて表情豊かに歌った。カザルス『鳥の歌』はハープが創り出す満天の星の下、チェロが深みのある歌を奏でた。
2人は独奏も披露した。マーク・サマー『Julie-O』では、宮田がチェロをギターのようにピチカートで弾いたり、打楽器のように叩いたり、開放弦を使ってカントリー音楽のフィドル風に奏でたり、多様な機能で楽しませた。ピエルネ『即興的奇想曲Op.9』はハープの独奏。山崎が紡ぐアルペジオはガラス細工のように繊細だが、終結部では美しい旋律を明晰に浮かび上がらせて感動のクライマックスを築いた。
前半最後はモンティ『チャールダーシュ』のデュオ。ピアノとは異なる雅やかなハープ伴奏でチェロがスリリングな超絶技巧を聴かせた。
後半はフォーレとパラディスの対照的な『シチリアーナ』2曲から始まった。フォーレの『シチリアーナ』は愁いの旋律とハープの深みのある音が印象的だった。
続いてカッチーニの『アヴェ・マリア』。シャンソンの『枯葉』に代表される5度ずつ下がるコード進行(枯葉コード)の典型だ。サブドミナントを効かせたト短調の曲調はカッチーニが生きたバロック期の作品とは思えないシティ・ポップな雰囲気を醸し出す。実際は「1970年頃、(旧ソ連の)ヴァヴィロフが作曲したといわれる」と宮田は公演で説明した。2022年3月に宮田がギターの大萩康司とのデュオで披露したピアソラ『オブリビオン』にもいえるが、ポップスに通じる和声が人気の秘訣なのだ。続くグリーグ『ソルヴェイグの歌』とともに、本公演での哀愁の旋律美は頂点に達した。
トリはブルッフ『コル・ニドライOp.47』。ピアノよりも柔らかいハープの音色が、チェロの祈りの旋律を包み込む。ユダヤ教の敬虔な歌が広がり、中間部からは淡い光が差し込む情景美を出現させた。アンコールはバッハ『ポロネーズ』とラヴェル『亡き王女のためのパヴァーヌ』。名旋律を宮田がいかに美しく自然に奏でるか再確認した。
終演後は同じヤマハ銀座ビルのカフェラウンジ「NOTES BY YAMAHA」に2人が登場し、予約したファン約30人との茶会が開かれた。「ステージオフの姿も見てもらう」(ヤマハの山田美輪子マーケティング統括部主事)という趣旨。ファンの質問に答えて、宮田が映画好きであることや、山崎がフォーレの生誕地を訪ねた経験などが語られた。演奏家の人柄に触れて室内楽の楽しみが深まる体験となった。
池上輝彦〔いけがみ・てるひこ〕
日本経済新聞社チーフメディアプロデューサー。早稲田大学卒。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽レビュー、映像付き音楽連載記事「ビジュアル音楽堂」などを執筆。クラシック音楽専門誌での批評、CDライナーノーツ、公演プログラムノートの執筆も手掛ける。
日本経済新聞社記者紹介
文/ 池上輝彦
photo/ Ayumi Kakamu
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