今月の音遊人
今月の音遊人:亀井聖矢さん「音楽は感情を具現化したもの。だからこそ嘘をつけません」
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ゲイリー・ムーアのオフィシャル・バイオグラフィが刊行。もし彼が生きていたら?と妄想を巡らす
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2023.5.11
ハリー・シャピロ著『ゲイリー・ムーア オフィシャル・バイオグラフィ』が2023年5月19日(金)に刊行される。
北アイルランドに生まれ、ロックやブルース、ジャズ・ロックなど多彩な音楽遍歴を経てきたゲイリーの58年におよぶ軌跡をたどった本書。行動を共にしたミュージシャン達はもちろんのこと、ビジネスの関係者、血縁者や歴代の奥方たち、少年時代に近所に住んでいた隣人たちに至るまで、入念な聞き込みを行いながら、その音楽活動に加えて人間像にまで切り込んでいく。
全580ページを超える大著で1952年の出生から2011年の死までの人生が克明に語られているが、読了した後のカタルシスは決して大きなものではない。というのは、ゲイリーの人生が“未完”で終わったからだ。
2010年4月の日本&韓国ツアーでブルース路線を締めくくり、ゲイリーは翌5月から“サマー・オブ・ロック”と題されたツアーをヨーロッパで開始している。『オーヴァー・ザ・ヒルズ・アンド・ファー・アウェイ』『ブラッド・オブ・エメラルズ』『アウト・イン・ザ・フィールズ』などに加えて“ケルティック・ロック”路線の新曲3曲を加えたライヴは各地で大絶賛され、“サマー=夏”が終わってからも延長。同年10月にはウクライナ〜ロシアでロック路線のツアーが行われている。2011年、一度も公式にステージに立つことなく亡くなった彼だが、もし存命だったらケルティック・ロックのアルバムを発表、日本公演も行われていただろう。
そうなるとイタリアの“フロンティアーズ・レコーズ”あたりが急造スーパーグループ商法でゲイリーに声をかけ、1980年、1985年以来となるグレン・ヒューズとの再合体が実現していたのではないだろうか。ドラマーは『ラン・フォー・カヴァー』(1985)で2人と共演したゲイリー・ファーガスンが適任だろうか。彼は2017年にもケシャの全米ナンバー1アルバム『レインボー』にセッション参加している現役プレイヤーなので、プレイには心配がいらない。
ただ、そこはゲイリーなので、プロジェクトが短命に終わることは想像に難くない。仕事のオファーを受けておきながら、後になって「本当はやりたくなかったけど金が必要だったんだ」と語る苦々しげな表情が目に浮かぶほどだ。
では何故それほどの大金が必要だったのか?というと、それはもちろん2006年初めに売却した1959年製レスポールを買い戻すためである。師匠ピーター・グリーンから譲られたこのギターを、ゲイリーはツアー中止の際の保険金が下りなかったため手放すことになったが(売却額は約1億円だったという)、そのことをずっと悔やんでいた。現実では2014年にメタリカのカーク・ハメットが入手することになるが、約35年間を過ごしてきた愛器はゲイリーの一部といえるものだった。
そんな単発プロジェクトを経て、ゲイリーは「ライヴのフィーリングをスタジオで再現した」と語るブルース・アルバムを数枚発表、イギリスとヨーロッパでツアーを行いそうだが、ぜひ実現させて欲しかったのがジャック・ブルースとのコラボレーションである。
1960年代にクリームで活動、その後ソロ・キャリアで幾多の傑作を生んできたジャックは、ゲイリーの友人であり、最も尊敬するミュージシャンの1人だった。彼らはスタジオやライヴで何度も共演、1994年にはバンドBBMを結成している。
その一方でジャックは実験的なジャズ作品も発表しており、デヴィッド・トーンやミロスラフ・タディチらとの交流も育んできた。ゲイリーが1980年に結成したGフォースのマーク・ナウシーフ、トニー・ニュートン、ゲスト参加のヨアヒム・キューンなども同じジャズ・シーンの住人であり、テリー・ボジオもシン・リジィのオーディションを受けて、ゲイリーとは面識があった。このラインアップにゲイリーを引き込んでアルバムを作ったら、確実に凄いものになっていた。また後期のジャックはアース、OMなどのドローン(持続音)メタルに傾倒しており、『シルヴァー・レイルズ』(2014)には彼なりに咀嚼、再解釈した『ドローン』という曲を収録したほどだった。ジャックとゲイリーによる轟音ドローン・アルバム、想像するだけで胸が高鳴るではないか。この“最後の冒険”を経て、ゲイリーはまたブルースの世界に戻っていったに違いない。
ただ、以上の妄想は現実になることがなかった。2011年2月6日、ゲイリーが世を去ったというニュースが世界を駆け巡ったとき、ジャックはヴァーノン・リードと共に飛行機に乗り込もうとしていた。いち早く先に悲報を知ったヴァーノンはツイッターにこう書き込んでいる(後に削除)。「ジャックにどう伝えたらいいだろう?彼の心は引き裂けてしまうよ」そのジャックも2014年10月25日に亡くなった。
人生のサウンドトラックを奏でたミュージシャンがいなくなるたびに、我々の一部が失われていくように感じる。『ゲイリー・ムーア オフィシャル・バイオグラフィ』を読むことはゲイリーの足跡を追うのと同時に、その音楽を愛したリスナー達が自分の歩んできた道を再確認する作業なのだ。
著者:ハリー・シャピロ
翻訳:山﨑智之
発売元:シンコーミュージック・エンタテイメント
発売日:2023年5月19日(金)
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山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
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文/ 山崎智之
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