今月の音遊人
今月の音遊人:木嶋真優さん「私は“人”よりも“音楽”を信用しているかもしれません」
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イギリス出身で、現在はロンドン在住のスティーヴン・ハフは、さまざまな顔をもっている。長年におよぶピアニストとしての活動のほか、作曲家、編曲家、作家という面も備え、それぞれの分野で高い評価を得ている。彼は2001年に「各分野の偉人、天才に授けられる賞」として有名な「マッカーサー フェローシップ」をクラシックのピアニストとして初めて受賞し、2022年の故エリザベス女王の誕生日の叙勲では、騎士(ナイト)の称号を授与されている。
ピアニストとしては世界各地のオーケストラと共演を重ね、各地の著名な音楽祭にも招かれている。一方、後進の指導にも積極的に携わり、ロンドン王立音楽院やジュリアード音楽院で教鞭を執っている。さらに作曲家としてはロンドンのウィグモアホール、パリのルーヴル美術館、アメリカ・テキサスのヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールなどから作品を委嘱(2022年)されている。
そんな彼が2023年6月14日にトッパンホールでリサイタルを開いた。当日の使用楽器はヤマハのコンサートグランドピアノCFX。このピアノとともに得意な作品をプログラムに詰め込んだ。
ハフといえば、代名詞のように思われているのがフェデリコ・モンポウの作品だ。今回もモンポウの『魔法の歌』からスタート。「力強い」「闇の」「深く」「純粋な」「安らかな」と題された全5曲に潜む鐘の響き、神秘的な色彩、秘めた情熱などを鮮やかに映し出し、情熱と静寂と幻想と流麗さを紡ぎ出した。
次いでドビュッシーの『版画』が登場したが、もやもやしたあいまいさがまったくなく、「塔」「グラナダの夕べ」「雨の庭」の3曲ともクリアな響きに徹し、変幻自在な音のパレットを繰り広げ、輪郭のしっかりした音をCFXから紡ぎ出した。その音楽からは大家の風格がただよっていた。
次いで登場したショパンの『バラード第3番』と『ノクターン第5番』は、あまりにも斬新な響きに心が高揚し、主題のうたわせ方、リズム、テンポ、ルバートにいたるまで、息をのむほどの衝撃を受けた。しかもそれがごく自然で 「自分のショパンはこれだ!」という自信と創造性を打ち出したのである。
後半はハフの自作『パルティータ』から始まった。教会の音楽を聴いているような壮大さを醸し出し、絵巻物を見ているような感覚に陥った。最後はリストの『巡礼の年 第2年:イタリア』より「ペトラルカの3つのソネット」と「ダンテを読んで」が登場したが、これらは超絶技巧を前面に押し出すことなく、作曲家が作品に込めた喜怒哀楽の感情を表出し、ここではCFXから新たな響きを前面に押し出すことに成功した。その高音域はすっきりと晴れやかに、中音域は美しく詩情豊かに、そして低音域はすべてのストーリーを明確に支え、リストの作品の奥深さとドラマ性を描き出すことに集中していたため、聴き手もともに各々の音に集中できた。
スティーヴン・ハフの演奏は随所に作曲家の顔がのぞくもので、各作品のなかに自身の心情を吐露するようなリアルなピアニズム。リストでは、その響きの奥に天使や悪魔の表情、地獄や天国などの情景が描き出され、聴き手は異次元の世界へと運ばれていく。
鳴りやまぬ拍手に応え、アンコールはショパンの『ノクターン第2番』とモンポウの『庭の乙女たち』。再び、有名なショパンのノクターンで絶妙のルバートが味わえ、大満足。これは癖になりそう。モンポウも、「もっと聴いていたい、他の作品も聴きたい」と切望するくらい魅惑的。前半はモンポウの作品だけでプログラムを組んでほしいくらいだ。可能なら、彼にじっくりモンポウについて語ってもらうインタビューをしたいと願う。モンポウについて語れる人はそうそういないから。いつの日か、それを夢見て……。
文/ 伊熊よし子
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