Web音遊人(みゅーじん)

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#020 個性と“ヒットの法則”を両立させたトリオ・ジャズの傑作~レイ・ブライアント『レイ・ブライアント・トリオ』編

ボクがジャズを好きになり始めたころ、「誰が好き?」と先輩方に問われて「マイルスもいいけどコルトレーンの後期が云々……」となけなしの知識をはたいてひと通りの防御態勢を整えてから、「レイ・ブライアントなんかも好きなんですよ」と微かな反撃を試みてみると、たいていは「ふーん、珍しいねぇ……」と、目線を逸らして別の話題に移るというシチュエーションがたびたびありました。

好きなジャズ・ミュージシャンのトップ3に名を連ねるというわけでもなく、知る人ぞ知るということでもないというビミョーな評価だったというのが、ボク個人の、というより日本で一般的な、レイ・ブライアントの立ち位置なのではないかと思うのです。

それはまた、ミュージシャンズ・ミュージシャン、つまりプロの同業者が支持するタイプのプレイヤーというイメージに近いものであり、実際に本作収録曲をライヴハウスの現場で耳にすることが多かったりして、公言はしていないけれどレイ・ブライアントを聴き込んだことがあるに違いない日本のジャズ・ピアニストは少なくないんじゃないかと思うのですが、ミュージシャンズ・ミュージシャンの定義が“一般の人のウケは良くないがプロのウケが良い”というのであれば、それも当てはまらないから困ったものです。

レイ・ブライアントのスタイルを“カクテル・ピアノ”と評する向きもあるけれど、ホテルのラウンジや高級クラブでパフォーマンスされる“耳触りの良い”、つまり雰囲気を邪魔せず印象に残らないとの揶揄であれば見当違いであるものの、ホテルのラウンジや高級クラブの雰囲気をさらに盛り上げるような“上質感”を備えたサウンドとするのであれば、的を射ていると言えるはず。

そんなビミョーさが本作を“名盤”に押し上げたのではないかということを検証しながら、進めてみましょう。


レイ・ブライアント・トリオ/レイ・ブライアント・トリオ

アルバム概要

1957年4月5日、米ニュージャージー州のヴァン・ゲルダー・スタジオで収録。メンバーは、レイ・ブライアント(ピアノ)、アイク・アイザックス(ベース)、スペックス・ライト(ドラムス)。

リリース時はLP盤で、A面4曲、B面4曲の8曲。CDリリース時もLP盤の収録数と順番は同じ。

レイ・ブライアントのオリジナル曲2曲(『ブルース・チェンジズ』『スプリッティン』)とカヴァー曲で構成されています。

“名盤”の理由

アルバムの冒頭を飾る『ゴールデン・イヤリングス』に誰もが魅了されての“名盤”入りと言えるでしょう。

この曲は1947年公開の同名映画のために作られ、翌年にかけてペギー・リーが歌ってヒットしています。

作曲者のヴィクター・ヤングは、1930年代にハリウッドへ進出して映画音楽に専念。アカデミー賞に22回ノミネートされるも存命中にはオスカー像を手にすることができず、没後に『80日間世界一周』(1956年)で受賞しています。ジャズ・スタンダードの界隈では超有名人のひとりですね。

そんなヴィクター・ヤングが書いた『ゴールデン・イヤリングス』の決定的名演とされているのが、本作収録のトラックです。

いま聴くべきポイント

レイ・ブライアントというピアニストの特徴はアーシーでゴスペルタッチなところにあると言われていて、ボクもそう思います。

ボクがレイ・ブライアントを最初に意識したのは、1977年にスイスのモントルー・ジャズ・フェスティヴァルに出演した際のソロ・ピアノ演奏を収めた『モントルー’77』。B面の『時には母のない子のように』を聴いたとき、それまで関心のなかったチャーチソングの奥深さを垣間見たような気がして、レイ・ブライアントを追いかけるようになりました。

本作は、ヒット曲のカヴァーを中心とした構成が功を奏して彼の代表作になったと分析しているのですが、ボクの琴線に触れたゴスペル味が薄いために、個人的にはもの足りなさを感じていたのも正直なところ。

しかし、なぜレイ・ブライアントが自分の特徴であるゴスペル味を薄めてまでこのアルバムを制作したのかを考えてみると、1950年代後半になってジャズ・シーンがマニアのものからより広い対象へマーケットを広げたことで学んだ“ポピュラー音楽的要素”、言い換えるとするなら“ヒットの法則”が反映された結果ではないかと推察するわけです。

“ヒットの法則”を反映させることで、ジャズはヒット・チャートを賑わせるポピュラー・ソングの仲間入りをするわけですが、“光の多いところには強い影あり”の名言どおり、ポピュラー化に抗うプレイヤーとそれを支持するリスナーの存在も大きくなり、ジャズ・シーンの分断は進んでいくことになります。

マニアは“抗う”ほうを応援する習性があるので、ジャズにのめり込んでいった時期のボクも当然のように“ヒットの法則”から遠ざかろうとしたので、本作をちゃんと評価できる状態になかったことを告白します。

では、改めて現在の評価はどうなのかというと、“ヒットの法則”を踏まえて制作していたからといって必ずしも名盤が生まれるわけではないし、逆に“縛り”があるなかで“レイ・ブライアントのジャズ”をバランス良く成立させることができた手腕に注目すべきだと思っています。

おそらく、そうした“手腕”に着目したミュージシャンたちが、密かにレイ・ブライアントを研究・愛好しているという傾向が2010年代以降に強まっている気がしているのですが、誰か当事者の方、“告白”していただけませんかね?

「ジャズの“名盤”ってナンだ?」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:谷村新司さん「音がない世界から新たな作品が生まれる」

8755views

音楽ライターの眼

キャリアの最終章に入ったドミンゴが「音楽の力」で聴き手の心を魅了する

3532views

ギター文化館

楽器探訪 Anothertake

歴史的ギターの音を生で聴けるコンサートも開催!

7487views

楽器のあれこれQ&A

サクソフォン講師がアドバイス!ステップアップのコツ

2556views

おとなの 楽器練習記 須藤千晴さん

おとなの楽器練習記

【動画公開中】国内外で演奏活動を展開するピアニスト須藤千晴が初めてのギターに挑戦!

8514views

弦楽器の調整や修理をする職人インタビュー(前編)

オトノ仕事人

見えないところこそ気を付けて心を配る/弦楽器の調整や修理をする職人(後編)

8506views

荘銀タクト鶴岡

ホール自慢を聞きましょう

ステージと客席の一体感と、自然で明快な音が味わえるホール/荘銀タクト鶴岡(鶴岡市文化会館)

12191views

日生劇場ファミリーフェスティヴァル

こどもと楽しむMusicナビ

夏休みは、ダンス×人形劇やミュージカルなど心躍る舞台にドキドキ、ワクワクしよう!/日生劇場ファミリーフェスティヴァル2022

3284views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

世界の民族楽器を触って鳴らせる「小泉文夫記念資料室」

23658views

ONLYesterday

われら音遊人

われら音遊人:愛するカーペンターズをプレイヤーとして再現

1081views

サクソフォン、そろそろ「テイク・ファイブ」に挑戦しようか、なんて思ってはいるのですが

パイドパイパー・ダイアリー

サクソフォンをはじめて10年、目標の「テイク・ファイブ」は近いか、遠いのか……。

8481views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

31113views

バイオリニスト石田泰尚が アルトサクソフォンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】バイオリニスト石田泰尚がアルトサクソフォンに挑戦!

13033views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

10435views

音楽ライターの眼

タイガース・オブ・パンタン、1980年代中期の幻のアルバム2タイトルが新装再発

2148views

ステージマネージャーの仕事 - Web音遊人

オトノ仕事人

ステージマネージャーひと筋に、楽員とともにハーモニーを奏で続ける/オーケストラのステージマネージャーの仕事(後編)

17881views

われら音遊人:バンド経験ゼロの主婦が集合 家庭を守り、ステージではじける!

われら音遊人

われら音遊人:バンド経験ゼロの主婦が集合 家庭を守り、ステージではじける!

8994views

CLP-800シリーズ

楽器探訪 Anothertake

グランドピアノの演奏体験を全身で感じられる電子ピアノ── クラビノーバ「CLP-800シリーズ」

2413views

アクトシティ浜松 中ホール

ホール自慢を聞きましょう

生活の中に音楽がある町、浜松市民の音楽拠点となる音楽ホール/アクトシティ浜松 中ホール

15024views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.7

パイドパイパー・ダイアリー

最初のレッスンで学ぶ、あれこれについて

4850views

エレキベース

楽器のあれこれQ&A

エレキベースを始める前に知りたい5つの基本

5639views

こどもと楽しむMusicナビ

サービス精神いっぱいの手作りフェスティバル/日本フィル 春休みオーケストラ探検「みる・きく・さわる オーケストラ!」

10179views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

26231views