Web音遊人(みゅーじん)

ブルース・ホーンズビーが“スパイク・リー三部作”で新たなる飛躍へ

1986年に『ザ・ウェイ・イット・イズ』が全米チャート1位となったブルース・ホーンズビーが近年“スパイク・リー三部作”で再び注目を集めている。
シンガー・ソングライターとして、またピアノ奏者として絶大な支持を得たブルースだが、『ザ・ウェイ・イット・イズ』は社会にはびこる偏見や差別を描いたメッセージ・ソングだった。この曲では1964年にアメリカで公民権法が成立、人種差別が禁止されながらも“法律で人の心は変えられない”という現実を憂いている。

そんな社会意識の高さに共鳴したのが、映画監督のスパイク・リーだった。『ドゥ・ザ・ライト・シング』(1989)で一躍人気を博し、『ジャングル・フィーバー』(1991)『マルコムX』(1993)などでアフリカ系アメリカ人の視点から描いてきたリーからのラブコールを受けて、ブルースは『クロッカーズ』(1995)にチャカ・カーンとのコラボレーション曲『ラヴ・ミー・スティル』を提供。それから準レギュラーとしてリー監督作品に音楽を提供してきた。劇場最新作『ブラック・クランズマン』(2018)でもそのピアノがフィーチュアされており、彼の参加を知らずに見た人もその個性的なフレーズに気付いたかも知れない。

ブルースは238に及ぶ楽曲やフレーズ、パターンをリーに提供したというが、実際に映画で使われたのはその約半分で、しかも断片的だった。映画の劇伴音楽というものの性質上それは仕方ないことだが、彼はそれらを発展、楽曲として完成させ、さらに新曲を加えてアルバム化することに。そうして発表されたのが『アブソリュート・ゼロ』(2019)『ノン・セキュア・コネクション』(2020)『フリクテッド』(2022)という3枚のアルバムだった。

スパイク・リー監督作品用に書かれたというひとつの共通項で繋がれたこれらの作品だが、アルバムとしてはそれぞれ独立したものであり、どれから聴いても楽しむことが出来る。
第1作『アブソリュート・ゼロ』にはボン・イヴェールのジャスティン・ヴァーノンとショーン・キャリーやシンガー・ソングライターのブレイク・ミルズ、6人編成チェンバー・コンテンポラリー・クラシック・グループのyMusic(ワイミュージック)らゲスト陣から刺激を受けて、ブルース自らが「歳を取ったからこそ作らなければならなかった、実験的な作品」と表現するアルバムとなっている。

第2作『ノン・セキュア・コネクション』はさらに実験性を増した、「半音階と不協和音は前作の2倍以上」というアルバムだ。スティーヴ・ライヒばりのミニマルなピアノ演奏を聴かせる曲もあるが、決して敷居の高いものではなく、ブルースの歌ごころ溢れるメロディを生かしたソングライティングを軸に据えている。こちらもR&Bシンガーのジャミーラ・ウッズやリヴィング・カラーのヴァーノン・リードらがゲスト参加、レオン・ラッセルのヴォーカルをサンプリングするなどして、起伏に富んだサウンドを出している。

三部作の“最終章”である『フリクテッド』はジョニー・グリーンウッド(レディオヘッド)のソロ作からもインスピレーションを受けたという作品で、“アップビート”で高揚感のあるサウンドで魅せてくれる。ブルースは自らヴァイオリンやダルシマー、シタールなども演奏しており、ゲストにヴァンパイア・ウィークエンドのエズラ・クーニグとハイムのダニエル・ハイムを迎えるなど、多彩なアプローチは一気に聴かせるものだ。

いずれのアルバムもブルースならではの社会派メッセージが込められており、彼から見た2019年から2022年の世情を反映したものだ。アフリカ系アメリカ人の自由と権利を主張するナンバーもあるし(それらは必ずしも近年の“ブラック・ライヴズ・マター”運動を踏まえたものではなく、それ以前から構想があった)、生活のすべてをショッピング・モールに依存するカルチャーの崩壊などへの言及もある。そして特に『フリクテッド』(レコーディングは2021年の夏に行われた)には新型コロナウィルスを題材にした曲がいくつも収録されている。

単独来日公演も行ったことのあるブルースだが、日本では『ザ・ウェイ・イット・イズ』の一発屋的なイメージを持たれがちだったりする。だが、この“三部作”でのアーティスティックな充実ぶりは、そんな認識を払拭させることになるだろう。

コロナ禍の2020年には単発のライヴを行うのみだったブルースは、2021年6月から本格的にツアーを再開。自らのバンド、ザ・ノイズメイカーズを率いて北米をサーキットしている。2022年にも大きめのクラブからホール規模の会場、野外フェスティバルまで、さまざまなロケーションでの公演が行われる。
今、アーティストとして新たな飛躍の時を迎えているブルース・ホーンズビーの活動には、注目しておかねばならないだろう。

■アルバム『フリクテッド』


発売元:BSMF RECORDS
発売日:2022年5月27日
価格(税込):2,640円
詳細はこちら

山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
ブログインタビューリスト

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:富貴晴美さん「“音で遊ぶ人”たちに囲まれたおかげで型にはまることのない音作りができているのです」

4290views

音楽ライターの眼

シン・リジィのフィル・ライノットの人生を辿ったドキュメンタリー映画『Phil Lynott: Songs For While I’m Away』が海外で公開

3743views

【楽器探訪 Another Take】ベルの彫刻デザインとマウスピースも一新

楽器探訪 Anothertake

ベルの彫刻デザインとマウスピースも一新

9405views

日ごろからできるピアノのお手入れ

楽器のあれこれQ&A

日ごろからできるピアノのお手入れ

64369views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:若き天才ドラマー川口千里がエレキギターに挑戦!

11153views

佐藤順

オトノ仕事人

劇伴制作の進行管理や演奏シーンの撮影をサポートする/映画等の劇伴制作をプロデュースする仕事

3456views

水戸市民会館

ホール自慢を聞きましょう

茨城県最大の2,000席を有するホールを備えた、人と文化の交流拠点が誕生/水戸市民会館 グロービスホール(大ホール)

4778views

Kitaraあ・ら・かると

こどもと楽しむMusicナビ

子どもも大人も楽しめるコンサート&イベントが盛りだくさん。ピクニック気分で出かけよう!/Kitaraあ・ら・かると

6001views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

16~19世紀を代表する名器の音色が生演奏で聴ける!

11226views

われら音遊人

われら音遊人:路上イベントで演奏を楽しみ地域活性にも貢献

3189views

サクソフォン、そろそろ「テイク・ファイブ」に挑戦しようか、なんて思ってはいるのですが

パイドパイパー・ダイアリー

サクソフォンをはじめて10年、目標の「テイク・ファイブ」は近いか、遠いのか……。

8113views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

25066views

大人の楽器練習記:バイオリニスト岡部磨知がエレキギターを体験レッスン

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:バイオリニスト岡部磨知がエレキギターを体験レッスン

19355views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

専門家の解説と楽器の音色が楽しめるガイドツアー

8357views

ジョージ・ハリオノ

音楽ライターの眼

チャイコフスキー国際コンクール第2位の若き天才ピアニストが待望のヤマハホール・デビュー!!/ジョージ・ハリオノ ピアノ・リサイタル

648views

江藤裕平

オトノ仕事人

音楽ゲームの要となるリズムノーツをつくる専門家/『太鼓の達人』の譜面制作の仕事

8202views

われら音遊人

われら音遊人:アンサンブルを大切に奏でる皆が歌って踊れるハードロック!

4829views

赤ラベルが再現!ヤマハギター50周年記念モデル

楽器探訪 Anothertake

赤ラベルが再現!ヤマハギター50周年記念モデル

11467views

ホール自慢を聞きましょう

歴史ある“不死鳥の街”から新時代の芸術文化を発信/フェニーチェ堺

8346views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

音楽知識ゼロ&50代半ばからスタートしたサクソフォンのレッスン

7754views

ヴェノーヴァ

楽器のあれこれQ&A

気軽に始められる新しい管楽器 Venova™(ヴェノーヴァ)の魅力

1896views

こどもと楽しむMusicナビ

サービス精神いっぱいの手作りフェスティバル/日本フィル 春休みオーケストラ探検「みる・きく・さわる オーケストラ!」

9169views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

25066views