今月の音遊人
今月の音遊人:大貫妙子さん「言葉で説明できないことのなかに本当に素晴らしいものがいっぱいある。それが音楽ですよね」
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ゴージャスなバロック調と、哀愁ただよう昭和歌謡。それぞれの美しいファンタジーへと誘うピアノ曲/五条院凌インタビュー
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2023.10.23
豪華絢爛な雰囲気を漂わせながら、鍵盤の上で華麗に指を踊らせるピアニスト、五条院凌。2021年にTikTokで話題となり、22年にはフジテレビの『TEPPEN』で優勝と勢いにのる。そして、23年に対極的な2作のアルバム『Fabulous』『お愛集』を発表。その謎めいた魅力に迫った。
金髪に、大きな眼鏡にハイヒール。TikTokやYouTubeの動画を見て、まず目に飛び込んでくるのが派手な容姿だ。キャラクター優先かと思いきや、その鍵盤さばきも並ではない。それにしても、異様に目立つ大きな靴。これではペダルも踏みにくいのでは?そう尋ねてみると、五条院は論理的にその理由を語ってくれた。
「ハイヒールは、私の足の一部。私は常に『お丹田』(ヘソの下)を意識して音を奏でているのです。おへそを軸にして引き上げる感覚は、ヒールを履くとやりやすい。幼い頃から、ピアノと並行して、おクラシックバレエをやっていまして、歩く時もかかとが上がっているとモチベーションが上がります。そして、軸を保つことは、腕の脱力につながります。ピアニストは腱鞘炎になる方が多いですけれど、私は全く無縁だったのは、腕に力を入れるのではなく、お腹にパワーを一旦集めて必要な力だけ放出していくから。それが私の奏法なのです」
クラシックバレエを習っていたことは、演奏中の動きを見ればうなずける。弾いている時の堂々とした姿勢の美しさ、弾ききった後に弧を描くような手ぶりも、やや大げさながら実に目を引く。
「美しい音色作りは、美しい姿勢、美しい体作りからだと思っています。皆様には、お耳からだけではなく、お瞳からも、こういう世界を表現したいんだとわかってもらいたい。音を奏でているのは自分の肉体であって音と切り離せない関係ですから、肉体だって美しい方が気持ちよく皆様に浸っていただける。指の爪の先からつま先まで常に意識しながら舞台に立っております」
「私がピアノを始めたのは、0.3条院からですが……」。話がクラシックバレエにおよび、五条院は幼少期からのピアノとの向き合い方を明かしてくれた。「0.3条院」というのは、3歳のことらしい。
「小学校に上がってから、ストイックなピアノ生活が始まりましたね。それはまるで牢獄生活でした。ピアノのお稽古が地獄だとしたら、バレエは逃げ場でした。バレエは趣味であり、教室の方針も親が干渉をしないというものだったので、自由にのびのびと表現を磨く場でありましたが、ピアノの修業は、お勉強やお食事よりも、明らかに人生の大半を占めておりました」
音大の付属高校から上京したことで、ようやく母親によるピアノ教育の呪縛から逃れたという五条院。その後、さまざまな音楽の経験を積んでから、「2021年4月、五条院という人格が覚醒した」と語る。それは、多くのコンサートが中止になり、全ての演奏家たちを苦しめたコロナ禍のまっただ中のことだった。
「コロナ禍で、私の周りでも心を病んでしまう人たちもいました。コロナとは別ですが、私も深い悲しみによって漆黒の闇に引きずり込まれてしまった時期がありまして。『自分はなんのために生きているんだ』『自分は本当にこの世に存在しているのか、実体はあるのか』……。そこまで考えることが日々続いて、ピアノを弾く気力もなくなって、人前に出るのも精神的につらかった。そのころはクラシックから離れて、クラブミュージックなど自分の楽曲をクリエイトしていたのですが世に広がらなかった時期。そこで、自分のやってきたピアノってなんだったんだろうと思い返して、久しぶりに思うままに弾いてみたのです」
その時、光が差したように、これからやるべきことが鮮明に見えたのだという。「おファンタジーの世界の中心となる存在でありたい。誰かの現実逃避の場所となる世界をクリエイトしたいと思ったのです」。テーマは、勇ましく、麗しい音世界。生む楽曲は、クラシック音楽で培ってきた感性を生かし、バロックの時代のサウンド感に近いものを。そして、華やかな衣装に身を包んでさまざまな役になりきるバレエの経験を背景に、浮世を忘れられて浸れるようなゴージャスな世界を構築する。そんな使命を抱いたのだ。
ファーストアルバム『Fabulous』には、五条院凌の独自なサウンドが明確に表現されている。特に、『CASTLE〜迷宮の城〜』『INFERNO GATE〜煉獄の門〜』は打ち込みによる激しいビートのトラックをバックに、ピアノを奏でている。
「『ピアノビートミュージック』というジャンルを築き上げるべく、その曲たちを世に出したのです。それはまさに麗しいピアノの音色と、勇ましく強い堅いおビートが融合した音世界。クラブミュージックを作っていた時代の学びを生かし、私が一つ一つ音を打ち込みました。五条院が覚醒したお陰で、今までの苦しい自分自身が救われ、癒やされているのだとも思いました」
『ARTEMIS〜美しきお月光に照らされ、君は何を想ふ〜』は、静謐な曲想から一転、激烈な展開を見せる緩急を生かした構成の曲だ。
「低音部から高音部までアルペジオで鳴らし、ピアノという楽器の特性を表している曲です。アルペジオは聴いた瞬間に、豪華絢爛なお風が吹く。3オクターブぐらいを5本の指で駆け巡ると、ある時は激しい川の流れ、ある時は清らかな湖の動きと、いろいろな性格を表現できます」
88鍵の上を縦横無尽に移動し、ピアノの迫力と繊細さを存分に引き出した『Fabulous』の一方、『愛の水中花』『愛のメモリー』『シルエット・ロマンス』など昭和の名曲をカバーしたアルバム『お愛集』は、引き算の美学が漂う。「この曲たちをピアノで蘇らせようとした時、悲しさ、切なさ、哀愁漂うセピア色の世界を思い浮かべました。悲しい思いに浸りたい時、誰かの思い出を遠くの景色を眺めながら、雨に打たれながら、音に浸るような世界を今回は表現してみたかったのです」。タイトルは、ラブソングを集めたことと、哀愁をかけている。
アルバム制作のきっかけは、春のツアーのファイナルとなる東京公演で、中森明菜の『難破船』を披露したこと。
「『弾き始めた時から涙が止まりませんでした』といった反響がすごかった。静かに始まったものですから、他の曲とのギャップもあって、皆様の心に印象深く残ったのかなと。私は常におファン様のお声で動く。自分のバイブスとおファン様の気持ちがリンクして進んできております」
音数こそ多くはないが、自身のオリジナル曲以上に心血を注いでレコーディングに臨んだようだ。
「お歌なので、歌詞が生む世界をピアノ単体で表さないといけない。一曲一曲を録り終えた時は、一つの大きな映画を見終わった後のような、『あ、終わってしまったんだ』という喪失感もあるほど、曲の持つ情熱とかドラマを感じながら収録しました」
昭和歌謡は、祖父母や母親が親しんでいたものだが、自身の転機に寄り添ってくれた経験があり、好んで聴くようになったのだという。「音楽高校に行くときに、ずっと母が聴いていた山口百恵さんの『秋桜』を東京に行く道中で聴いたら、母は上京する私のことをこういう気持ちで思っているのかなと思って、『ありがとう』という気持ちが初めて芽生えました」と振り返る。
もっとも、母親に対しては、「それまで地獄の日々で、人間とも思っていなかったのですが」とも付け加える。だが、そう言い切ってしまうのが五条院らしさと言える。
「五条院は、楽しいとかハッピーという感情ではなく、悔しさ、苦しみ、怒りなどネガティブなエネルギーを原動力として生まれてきた生命。そういうバイブスから、私のテーマである勇ましく麗しい音世界が生まれていく。表現する時に常に思っているのは、私の音を求めて来てくださったおファンの方のお美しい心をお守りし、光の方へ導きたい。そういう存在であるには自分が勇ましくないといけないのです」
発売元:Piano Beat Music Castle / apart.RECORDS
発売日:2023年4月5日
料金(税込):3,300円
詳細はこちら
発売元:Piano Beat Music Castle / apart.RECORDS
発売日:2023年10月25日
料金(税込):3,300円
詳細はこちら
文/ マメタ・オサム
photo/ 坂本ようこ
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