Web音遊人(みゅーじん)

ブルース・トラヴェラー

ブルース・トラヴェラー、ルーツ探訪アルバム『トラヴェラーズ・ソウル』発表

現代アメリカ音楽シーンにおいて、ひとつの潮流として多くのファンの心を捉えているのがジャム・バンド・カルチャーである。

主題となる楽曲をステップにして、ライヴで即興演奏を交えながらロング・ヴァージョンにしていくスタイルはジャズにもあったが1960年代後半、グレイトフル・デッドやオールマン・ブラザース・バンドらがロックの世界にも取り入れていく。当初は単に“サイケデリック・ロック”と呼ばれていたが、1990年代に入ると“ジャム・バンド”という呼称が生まれ、ブルース・トラヴェラー、フィッシュ、ストリング・チーズ・インシデント、デイヴ・マシューズ・バンドなどが台頭してきた。

ジャム・バンドというスタイル

インプロヴィゼーションを多く含む偶発性の高い演奏ゆえに、ジャム・バンドは一般のロック・コンサートとは異なるライヴ文化を築いてきた。まず公演ごとにセット・リストやジャム内容が異なるため、熱心なファンは1回だけではなく、複数公演を見に行くのがデフォルトになる。グレイトフル・デッドの追っかけファンは“デッドヘッズ”と呼ばれ、キャンピングカーでツアーを追いかけることが生活の中心となる強者もいたほどだ。

スタジオ・アルバムとライヴでは演奏内容がまったく異なっており、CD/レコードとライヴを録音したテープはビジネス的に競合しない。そのため、ジャム・バンドはコンサート会場への録音機材の持ち込みを許可していることも少なくない。歓声が入らないよう録音希望の観客を特定のブロックに隔離して心置きなく録音させる“テーパーズ・セクション”を設けるバンドもいるほどだ。

(ただし多くの場合、ライヴの録音は観客が私的に楽しむ、あるいはファン同士でトレードするためだけに許可されており、テープの販売など営利行為は許されていない)

曲作りや演奏能力に加えて、一流のジャム・バンドに求められるのは、インプロヴィゼーションの“引き出し”と“対応力”である。何十分に及ぶロング・ジャムを行うのは、センスだけでは追いつかない。ロック、ジャズ、ブルース、ソウル、ブルーグラスなど、あらゆるジャンルに関する深い知識と応用力が必要となるのだ。また長いツアーをしていると、同じメンバーとばかりジャムをやるのでは煮詰まってくる。時には対バンのメンバー、友人のミュージシャンなどをステージに上げ、刺激を受けることが大事なのである。

ブルース・トラヴェラーの『Traveler’s Blues』(2021)と『トラヴェラーズ・ソウル』(2023)は、彼らの“引き出し”と“対応力”が露わになったアルバムである。

1987年、ニュージャージー州プリンストンで結成したブルース・トラヴェラーはアルバム『フォー』(1994)が全米チャート8位、『ラン・アラウンド』がグラミー賞ロック部門を受賞するなど、メインストリーム市場で人気を博するが、それ以上にライヴ・バンドとしてポスト・グレイトフル・デッド候補のひとつとなる。彼らはまたジャム・バンドも多く出演する北米“H.O.R.D.E.”フェスティバル・ツアーのキュレーションを務めるなど、シーンにおいて重要な位置を占めるようになった。

ブルース・トラヴェラー

ブルース&ソウルのルーツへの旅路

近年でも北米のツアーで根強い人気を誇ってきた彼らだが、『Traveler’s Blues』ではそのルーツのひとつであるブルースをクローズアップ。フレディ・キング、ハウリン・ウルフ、リトル・ウィリー・ジョンからニナ・シモーンの『トラブル・イン・マインド』、ザ・ドアーズの『ロードハウス・ブルース』などの楽曲を独自のスタイルでカヴァー。ゲストも豪華で、ウォーレン・ヘインズ、ジョン・スコフィールド、クリストーン“キングフィッシュ”イングラム、ケヴ・モ、ウェンディ・モートンらが参加している。

このアルバムが好調なセールスを収め、グラミー賞トラディショナル・ブルース部門にノミネートされるなど高評価を得たことによるものか(それとも当初からシリーズ化するつもりだったのか)、第2弾『トラヴェラーズ・ソウル』は前作に対する“ソウル編”となった。

こちらは一言で“ソウル”といっても幅が広くインプレッションズ、アル・グリーン、パーシー・スレッジといった正統派からドクター・ジョン、アラン・トゥーサン、ザ・ミーターズなどのニューオリンズ系、ザ・ビートルズの『恋を抱きしめよう』、TLCやディー・ライトなどのよりモダンなアーティスト(とはいっても30年前だが……)などをカヴァーしている。今回のゲスト陣はシンガーが多く、アリサン・ポーター、トレインのパトリック・モナハン、ヴァレリー・ジューン、クライド・ローレンス、ライアン・ショウ、前作に続いてウェンディ・モートンなどだが、いずれの曲もブルース・トラヴェラーならではのアレンジとエモーションが込められており、彼らの多様な音楽性の“解題”というのに加えて、純然たるブルース・トラヴェラーのアルバムとしても楽しむことも可能だ。

アルバムの発売を待たずして、バンドはツアーに出発。北米をサーキットしているところだ。彼らの次なるステップがルーツ探訪第3弾アルバムか、それともオリジナル新作か。あるいはスタジオ作品にこだわることなく、ライヴでのジャムを追求していくかも知れない。いずれの道を往くにしても、我々はブルース・トラヴェラーの旅路に注目せねばならない。


Blues Traveler “Qualified”

■アルバム『トラヴェラーズ・ソウル』

アルバム『トラヴェラーズ・ソウル』

発売元:BSMF RECORDS
価格:2,200円(税込)
詳細はこちら

山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
ブログインタビューリスト

特集

森山良子

今月の音遊人

今月の音遊人:森山良子さん「音で自由に遊べたら、最高に愉快な人生になりますね」

17001views

音楽ライターの眼

連載25[ジャズ事始め]ジャズ・メッセンジャーズの初来日が日本のジャズ・シーンの空気感を一変させた

3887views

サイレントブラス

楽器探訪 Anothertake

“練習”の枠を超え人とつながる楽しさを「サイレントブラス」

6517views

サクソフォンの選び方と扱い方について

楽器のあれこれQ&A

これからはじめる方必見!サクソフォンの選び方と扱い方について

61607views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目のピアノデュオ鍵盤男子の二人がチェロに挑戦!

9658views

オトノ仕事人 ボイストレーナー

オトノ仕事人

思い描く声が出せたときの感動を分かち合いたい/ボイストレーナーの仕事(後編)

10132views

アクトシティ浜松 中ホール

ホール自慢を聞きましょう

生活の中に音楽がある町、浜松市民の音楽拠点となる音楽ホール/アクトシティ浜松 中ホール

17212views

Kitaraあ・ら・かると

こどもと楽しむMusicナビ

子どもも大人も楽しめるコンサート&イベントが盛りだくさん。ピクニック気分で出かけよう!/Kitaraあ・ら・かると

7242views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

16~19世紀を代表する名器の音色が生演奏で聴ける!

13447views

横浜レンタル倉庫(YRS)

われら音遊人

われら音遊人:目指すはフェス! 楽しみ、楽しませ、さらなる高みへ

2796views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

すべては、あの日の「無料体験レッスン」から始まった

6038views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

34868views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:和洋折衷のユニット竜馬四重奏がアルトヴェノーヴァのレッスンを初体験!

6139views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

専門家の解説と楽器の音色が楽しめるガイドツアー

9503views

音楽ライターの眼

連載2[ジャズ事始め]ジャズ前夜に北アメリカ大陸ではなにが起こっていたのか?

5570views

鬼久保美帆

オトノ仕事人

音楽番組の方向性や出演者を決定し、全体の指揮を執る総合責任者/音楽番組プロデューサーの仕事

4153views

われら音遊人:クラノワ・カルーク・ オーケストラ

われら音遊人

われら音遊人:同一楽器でハーモニーを奏でる クラリネット合奏団

9279views

エレクトーンに新風を吹き込んだ「ステージア」

楽器探訪 Anothertake

エレクトーンに新風を吹き込んだ「ステージア」

25585views

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

ホール自慢を聞きましょう

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

11342views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.3

パイドパイパー・ダイアリー

人生の最大の謎について、わたしも教室で考えた

6030views

アコースティックギター

楽器のあれこれQ&A

アコースティックギターの保管方法やメンテナンスのコツ

9485views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

8041views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

34868views