Web音遊人(みゅーじん)

ブリティッシュ・ロックの神ドラマー、ビル・ブルーフォードの1970年代の2作品がリミックス再発

ビル・ブルーフォードが1970年代後半に発表した名盤アルバム2タイトル『フィールズ・グッド・トゥ・ミー』『ワン・オブ・ア・カインド』が2019年11月、紙ジャケット仕様で日本盤リイシューされた。

イエス、キング・クリムゾン、ジェネシス(ライヴ・メンバーとして)、UKなど、イギリスのプログレッシヴ・ロックを代表するバンドを渡り歩き、またロックとジャズの垣根を超えた孤高のスタイルで活動してきた神ドラマーのビルが1978年に発表したソロ・アルバムが『フィールズ・グッド・トゥ・ミー』だった。アラン・ホールズワース(ギター)、ジェフ・バーリン(ベース)、デイヴ・スチュワート(キーボード)、アネット・ピーコック(ヴォーカル)が参加した同作はソロ名義ながら各ミュージシャンの超絶プレイをフィーチュア、“バンド感”を放っていた(ビル自身も自伝でこのラインアップを“私のグループ”と呼んでいる)。

ビルとアランは同作発表後にジョン・ウェットン、エディ・ジョブソンとUKを結成。『憂国の四士』(1978)を発表する。だが、よりメインストリームな音楽性を志向するジョンとアランが決裂。ビルはアランと行動を共にし、さらにジェフとデイヴを呼び戻して、ブルーフォード(バンド名義)としての『ワン・オブ・ア・カインド』(1979)をリリースした。このアルバムはアネットが不参加、ほぼ全編インストゥルメンタルになったことで、テクニカルかつスリリングなプレイの応酬を堪能することが出来る。

アランが脱退、ジョン・クラークを後任ギタリストに迎えてブルーフォードは『ザ・ブルーフォード・テープス』(1979) 、『グラデュアリー・ゴーイング・トルネード』(1980)を発表するが、ビルがキング・クリムゾンの再結成に加わったことで幕を下ろすことになった。

今回、日本盤リリースされる『フィールズ・グッド・トゥ・ミー』と『ワン・オブ・ア・カインド』は、2017年に海外で発売された6CD+2DVDボックス・セット『Seems Like A Lifetime Ago 1978-1980』に収録された両アルバムを単体リリースしたものだ。オリジナル・マスターからのリミックスを担当したのはキング・クリムゾンの一員であるジャッコ・ジャクジク。彼はキング・クリムゾンやエマーソン・レイク&パーマー、アナセマ、ムーディ・ブルースなどのリミックス/リマスターなども手がけており、今回もオリジナルを尊重しながら、新鮮なサウンドへと生まれ変わらせている。40年以上これらのアルバムを聴き続けてきたオールド・ファンもいるだろうが、このパートが前面に出たり、あのパートが引っ込んだり、印象が異なるのが面白い。

今回のリミックスで『フィールズ・グッド・トゥ・ミー』収録曲の多くが若干長くなっているのが嬉しいが、そのハイライトといえるのが「アイザー・エンド・オブ・オーガスト」だ。オリジナル盤で5分27秒と表示されているのが今回は6分6秒となっており、アランの唯一無二のギターが長く入っている。

一方『ワン・オブ・ア・カインド』の方は大きな変化は見つからなかった(さらに聴き込めば新しい発見があるかも?)。今回は「ファイヴG」の別テイクがボーナス収録されており、違いを楽しむことが出来るが、ギターが入っていないのが残念だ。

2005年の再発時に『ワン・オブ・ア・カインド』にボーナス収録されていた「マナクルズ(ライヴ)」はボックス『Seems Like A Lifetime Ago 1978-1980』では『ザ・ブルーフォード・テープス』の方に移されたので、今回の単体再発には収録されていない。

ちなみに今回の日本盤CDの帯には“2019年リミックス”とあるが、実際にはボックス『Seems Like A Lifetime Ago 1978-1980』と同様の2017年リミックスで、発売元“マーキー/ベル・アンティーク”レーベルの直営店“World Disque”店長のブログで訂正が出されている。

そのため、ボックスを既に押さえているファンにはさほど嬉しくないかも知れないが、2千セット限定のボックスは既に完売して久しいし、名盤と呼ばれる初期2作を容易に聴くことが出来るのは有り難い。なお2枚のアルバムは海外でも2019年、それぞれCD+DVDの2枚組フォーマットで発売されている。

2009年に引退宣言、ライヴとレコーディングから撤退したビルだが、近年では過去作品の再発(未発表音源の発掘を含む)などの作業で、相変わらず音楽に深く関わっている。彼はそんな状態を、イーグルス「ホテル・カリフォルニア」の歌詞にある「いつでもチェックアウトは出来るけど、去ることは出来ない」という一節に例えている。

1949年に生まれ、70歳を迎えたビルは自らのキャリアの整理を行っているようにも見える。だが、今回リリースされた2作で聴くことが出来るドラムスは、永遠の輝きを放つものだ。

■アルバムインフォメーション

『ビル・ブルーフォード:フィールズ・グッド・トゥ・ミー〜リミックスト・エディション』
発売元:マーキー/ベル・アンティーク
価格:3,143円(税抜)
詳細はこちら

『ブルーフォード:ワン・オブ・ア・カインド〜イクスパンディド&リミックスト・エディション』
発売元:マーキー/ベル・アンティーク
価格:3,143円(税抜)
詳細はこちら

 

山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に850以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
ブログインタビューリスト

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:反田恭平さん「半音進行が使われている曲にハマります」

15638views

音楽ライターの眼

連載1[多様性とジャズ]ジャズはなぜ20世紀に求められたのかを“個人主義”という視点で考えてみると……

1967views

REVSTAR

楽器探訪 Anothertake

いまの時代に鳴るギターを目指し、音もデザインも進化したエレキギターREVSTAR

5637views

楽器のあれこれQ&A

いまさら聞けない!?エレクトーン初心者が知っておきたいこと

25850views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目のピアノデュオ鍵盤男子の二人がチェロに挑戦!

8069views

江藤裕平

オトノ仕事人

音楽ゲームの要となるリズムノーツをつくる専門家/『太鼓の達人』の譜面制作の仕事

7155views

ホール自慢を聞きましょう

地域に愛される豊かな音楽体験の場として京葉エリアに誕生した室内楽ホール/浦安音楽ホール

10039views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

8359views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

世界に一台しかない貴重なピアノを所蔵「武蔵野音楽大学楽器博物館」

21927views

われら音遊人:Kakky(カッキー)

われら音遊人

われら音遊人:オカリナの豊かな表現力で聴いている人たちを笑顔に!

7880views

山口正介 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

この感覚を体験すると「音楽がやみつきになる」

8187views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

9622views

桑原あい

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目の若きジャズピアニスト桑原あいがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

15029views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

16~19世紀を代表する名器の音色が生演奏で聴ける!

10986views

ジョン・コルトレーン編 vol.7|なぜジャズには“踏み絵”が必要だったのか?

音楽ライターの眼

ジョン・コルトレーン編 vol.7|なぜジャズには“踏み絵”が必要だったのか?

8936views

トーマス・ルービッツ

オトノ仕事人

アーティストに寄り添い、ともに楽器の開発やカスタマイズを行うスペシャリスト/金管楽器マイスターの仕事

1127views

みどりの森保育園ママさんブラス

われら音遊人

われら音遊人:子育て中のママさんたちの 音楽活動を応援!

6607views

楽器探訪 Anothertake

ピアノならではのシンプルで美しいデザインと、最新のデジタル技術を両立

6453views

アクトシティ浜松 中ホール

ホール自慢を聞きましょう

生活の中に音楽がある町、浜松市民の音楽拠点となる音楽ホール/アクトシティ浜松 中ホール

13948views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.7

パイドパイパー・ダイアリー

最初のレッスンで学ぶ、あれこれについて

4510views

楽器のメンテナンス

楽器のあれこれQ&A

大切に長く使うために、屋外で楽器を使うときに気をつけることは?

49747views

東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

こどもと楽しむMusicナビ

子ども向けだからといって音楽に妥協は一切しません!/東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

10450views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

9622views