Web音遊人(みゅーじん)

ジューダス・プリースト

ジューダス・プリースト、新作『インヴィンシブル・シールド』を発表。「“盾”は攻撃の手段」

『インヴィンシブル・シールド』はジューダス・プリースト流ヘヴィ・メタルを結晶化させたアルバムである。

1974年にアルバム『ロッカ・ローラ』でデビュー。「俺たちは工業都市のバーミンガム出身。金属が粉末になって空気中を舞っていて、それを呼吸して育ってきたから血中をメタルが流れている」とヴォーカリストのロブ・ハルフォードが語るとおり、ヘヴィ・メタルを全身で体現するバンドとして50年間突き進んできた。『ブリティッシュ・スティール』(1980)『復讐の叫び Screaming For Vengeance』(1982)『ペインキラー』(1990)などの名盤を生み出した彼らだが、『インヴィンシブル・シールド』はそれを聴き込んできた熱心な信者も、本作で初めて彼らの音楽に触れる新しい世代の音楽リスナーをも魅了する、ギター・リフとスクリーム、重低音リズムで襲撃する。

“メタル・ゴッズ”ならではの盤石のヘヴィ・メタル

『パニック・アタック』『ザ・サーペント・アンド・ザ・キング』『インヴィンシブル・シールド』と、力尽くで首を振らせるスピード・ナンバー3連打で突入。緩急を付けてテンポを落とすことがあっても、痒いところを掻いて掻いて、鋼鉄の血が噴き出すまで掻きむしる。

もちろんロブ・ハルフォードのヴォーカル、グレン・ティプトンのギター、イアン・ヒルのベースなど、初期からバンドを支えてきた要素が貫かれている(グレンは闘病中だが作曲面で関わっており、ギターでも限定参加している)こともあるが、バンドの音楽性を客観視できる“外部の目”があることも貢献しているだろう。2011年からギタリストとして参加しているリッチー・フォークナーはギターを始めたころからプリーストの曲をコピー、カヴァー・バンドもやっていたという筋金入りのファンで、プリーストかくあるべしという確たるヴィジョンを持っている。それはプロデューサーのアンディ・スニープも同様だ。

ロブは海外インタビューで「そうじゃない!って何度も尻を叩かれた」と語っている。

最近ではプロデューサーがベテラン・アーティストの持ち味を引き出すケースも多く、アンドリュー・ワットがオジー・オズボーン、イギー・ポップ、ザ・ローリング・ストーンズを手がけて、“いかにもの”オジー節・イギー節・ストーンズ節を聴かせていた。本作も同様で、あえて策を弄することなく、“メタル・ゴッズ”ならではの盤石のヘヴィ・メタルに焦点を絞っている。

(この“メタル・ゴッズ”という表現は『ブリティッシュ・スティール』収録曲から取ったものだが、ロボットが意志を持って反逆を起こし、レーザー光線で人間を殺しまくって“鋼鉄神”となる歌詞。映画『ターミネーター』(1984)やAIシンギュラリティを先取りしたともいわれる)

『死の国の彼方に Beyond the Realms of Death』に代表される叙情系ナンバーはないし、『ユナイテッド』『テイク・オン・ザ・ワールド』のようなファンの連帯を歌い上げる曲もない。もちろんこれといった新機軸もない。だが、それは守りの姿勢ではない。ロブは『インヴィンシブル・シールド』というタイトルについて「“シールド=盾”は防御だけではない。敵陣に向かって押し込んでいく攻撃の手段でもあるんだ」と主張しているが、本作の音楽性を象徴したものだといえる。

「切り裂きジャック」へのアンサー・ソング(?)も

『インヴィンシブル・シールド』は全11曲のスタンダード・エディションに加え、3曲のボーナス・トラックを加えたデラックス・エディションも発売される。3曲いずれも良いのでデラックスがオススメだが、注目なのはボブ・ハリガンJrが書いた『ザ・ロジャー』だろう。1980年代に『運命の鎖 (Take These) Chains』『叛旗の下に Some Heads Are Gonna Roll』を提供した外部ソングライターの彼だが、今回の曲はマリー・ベロック=ローンズの小説『下宿人』(1911)をモチーフにしたもの(と思われる)。1927年にアルフレッド・ヒッチコックが映画化もしているこの物語は霧のロンドンで謎の下宿人が連続殺人鬼・切り裂きジャックではないか?……と思わせるもので、プリーストの初期の代表曲のひとつ『切り裂きジャック The Ripper』へのアンサー・ソングと解釈することも可能だ。

ヘヴィ・メタルの頂点にしてフットワークの軽さ

ヘヴィ・メタル界のトップ・バンドとして君臨してきたジューダス・プリーストだが、“重鎮”らしからぬフットワークの軽さも持ち備えている。1992年、カリフォルニア州コスタメサでのオジー・オズボーンの“引退コンサート”でブラック・サバスがオープニングを務めたとき、当時ヴォーカリストだったロニー・ジェイムズ・ディオが「オジーの前座なんかやれるか」と脱退したため、急遽ロブが代役を務めたこともあった(ただし彼は当時プリーストを脱退していた)。また2019年、“DOWNLOAD JAPAN”フェスのヘッドライナーとして出演予定だったオジーがキャンセルした際にはプリーストが代打出演している。2023年、カリフォルニアの“ポワー・トリップ”フェスでもオジーがキャンセル、代打を務めたのは記憶に新しい。バーミンガムの同郷で頼みやすいのかもしれないが、全部ブラック・サバスあるいはオジー絡みというのが興味深い。

ヘヴィ・メタルの頂点に就きながら、1980年の“モンスターズ・オブ・ロック”フェスや1983年の“USフェスティバル”など、歴史のターニングポイントにおいては意外と?ヘッドライナーになっていないプリースト。だがヘヴィ・メタル・ファンにとって、彼らは永遠の魂のヘッドライナーなのである。

ジューダス・プリースト

■アルバム『インヴィンシブル・シールド』

アルバム『インヴィンシブル・シールド』

発売元:ソニーミュージック・ジャパン

詳細はこちら

山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
ブログインタビューリスト

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:マキタスポーツさん「オトネタ作りも、音楽に関わるようになったのも、佐野元春さんに出会ったことから始まっています」

8220views

エマーソン弦楽四重奏団

音楽ライターの眼

テクニックと知性に裏打ちされた、円熟の響き/エマーソン弦楽四重奏団

6634views

楽器探訪 Anothertake

世界の一流奏者が愛用するトランペット「Xeno Artist Model」がモデルチェンジ

24818views

エレキギター

楽器のあれこれQ&A

エレキギターのサウンドメイクについて教えて!

303views

バイオリニスト石田泰尚が アルトサクソフォンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】バイオリニスト石田泰尚がアルトサクソフォンに挑戦!

12310views

佐藤順

オトノ仕事人

劇伴制作の進行管理や演奏シーンの撮影をサポートする/映画等の劇伴制作をプロデュースする仕事

3455views

サントリーホール(Web音遊人)

ホール自慢を聞きましょう

クラシック音楽の殿堂として憧れのホールであり続ける/サントリーホール 大ホール

22296views

こどもと楽しむMusicナビ

サービス精神いっぱいの手作りフェスティバル/日本フィル 春休みオーケストラ探検「みる・きく・さわる オーケストラ!」

9168views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

世界の民族楽器を触って鳴らせる「小泉文夫記念資料室」

22267views

みどりの森保育園ママさんブラス

われら音遊人

われら音遊人:子育て中のママさんたちの 音楽活動を応援!

6758views

パイドパイパー・ダイアリー Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

あれから40年、おかげさまで「音」をはずさなくなりました

4544views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

9903views

おとなの楽器練習記

【動画公開中】注目の若手ピアニスト小林愛実がチェロのレッスンに挑戦!

9587views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

16~19世紀を代表する名器の音色が生演奏で聴ける!

11226views

音楽ライターの眼

若き精鋭ふたりに、耳も目もぐいぐい引き込まれる/三浦文彰&ヨナタン・ローゼマン デュオ・リサイタル

4438views

テレビや映画の映像を音楽の力で何倍にも輝かせ、人の心を揺さぶる/劇伴作家の仕事

オトノ仕事人

【サインCDプレゼント】テレビや映画の映像を音楽の力で何倍にも輝かせ、人の心を揺さぶる/劇伴作家の仕事

15148views

われら音遊人

われら音遊人:オリジナルは30曲以上 大人に向けて奏でるフォークロックバンド

4296views

アコースティックギター「FG9」

楽器探訪 Anothertake

力強さと明瞭さが拓くアコースティックギターの新たな可能性

2417views

武満徹の思い「未来への窓」をコンセプトに個性的な公演を/東京オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアル

ホール自慢を聞きましょう

武満徹の思い「未来への窓」をコンセプトに個性的な公演を/東京オペラシティ コンサートホール:タケミツ メモリアル

14007views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.8 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

初心者も経験者も関係ない、みんなで音を出しているだけで楽しいんです!

5185views

楽器のあれこれQ&A

ウクレレを始めてみたい!初心者が知りたいあれこれ5つ

4592views

東京文化会館

こどもと楽しむMusicナビ

はじめの一歩。大人気の体験型プログラムで子どもと音楽を楽しもう/東京文化会館『ミュージック・ワークショップ』

7408views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

29678views