Web音遊人(みゅーじん)

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#034 ジャズであることの二律背反をまっとうした“祈り”のシンフォニー~ジョン・コルトレーン『至上の愛』編

サブスクの時代となったいまでは“意味不明”と思われるかもしれませんが、ボクはこの作品を、LPで4ヴァージョン、CDでも3ヴァージョンほど所有していました。

ほかに同じタイトルのアルバムを複数所有することはなかったので、客観的に見るまでもなくボクがこの作品に執着していたことは明らかでしょう。

ところが、「ジョン・コルトレーンの代表作」とされながらも、ジャズ史における“置き所”がいまだに曖昧のままであるというのが、正直な評価ではないかと思っています。

さて、そんな“置き所”に困る本作の魅力を解き明かしながら、いまならではの“置き所”を探してみましょう。


A Love Supreme, Pt. I – Acknowledgement

アルバム概要

1964年12月にスタジオでレコーディングされた作品です。

オリジナルはLP盤でリリース。4パートで1曲を、AB面に2パートずつ分けて収録されています。

CD化では、4パート1曲を収録したディスク1枚のほかに未発表トラック9曲(1965年7月に出演したフランス・アンティーブのジャズ・フェスティヴァルでの音源など)を収録した2枚組のデラックス・エディションや、さらに1964年のセッションを加えて3枚組に仕立てたコンプリート・マスターズもあります。

メンバーは、テナー・サックスがジョン・コルトレーン、ピアノがマッコイ・タイナー、ベースがジミー・ギャリソン、ドラムスがエルヴィン・ジョーンズです。デラックス・エディションには、テナー・サックスのアーチー・シェップとコントラバスのアート・デイヴィスも加わっています。

収録曲の『至上の愛(A Love Supreme)』はジョン・コルトレーンのオリジナルです。

“名盤”の理由

本作は、1965年のリリース当時から批評家によって高く評価され、またジョン・コルトレーンのアルバムのなかでも最も売れたタイトルとなって現在に至っています。

『至上の愛』では、各パートに「承認(Acknowledgement)」「決意(Resolution)」「追求(Pursuance)」「賛美(Psalm)」というサブ・タイトルが付され、ジョン・コルトレーンが自らの音楽性のモチーフとしていた宗教的な志向を反映していることをうかがわせる体裁になっています。

それまでの“流行り歌”としてのジャズでは恋愛をテーマにした短い楽曲が多かったのですが、ハード・バップが主流になる1950年代ではそうした短い楽曲を軸にアドリブ・パートを展開して演奏が長時間化するようになり、1960年代を迎えるころには公民権運動と連動したフリー・ジャズでメッセージ性が強まっていきます。

そうした空気感のなかでジョン・コルトレーンは、人種もイデオロギーも超越した“愛”をテーマにして、音楽の可能性を広げようとするメッセージを打ち出した──と評価され、その結果が本作を“名盤”に押し上げることになったのだと思うのです。

いま聴くべきポイント

ソナタ形式を模しているように見えたり、呪文のようなコーラスを挿入したりすることもあって、若いころのボクは「これはコルトレーンの“第九”だっ!」なんて言って悦に入っていたのですが、ベートーヴェンのラスト・シンフォニーがそれまでの交響曲を総括するような内容だったのと同じように、本作もまた単独で評価できるものではなかったことが理解できるようになってきました。

要するにジョン・コルトレーンは、それまでのジャズの概念に拠らないという意味でフリー・ジャズを自分なりに具現しようとし、形式へのこだわりを捨てる前に徹底的に形式にこだわった結果が本作だったのではないか──ということです。

「ジャズに拠らない=西洋音楽の規範に従わない」という意味では、すでに1960年代初頭の諸作で彼はアフリカやインドの音楽への傾倒を前面に打ち出すようになっていることから、それを意識していたことがわかります(『アフリカ』や『インディア』というタイトルの曲を発表していることからもそれは明白でしょう)。

西洋音楽を否定した手法を用いて、西洋音楽の結晶ともいえる交響曲的組曲を成立させるアプローチは、ジョージ・ガーシュウィンの『ラプソディー・イン・ブルー』やデューク・エリントンの『ファー・イースト・スイート(極東組曲)』などとはまったく異なるベクトルです。

そうしたアプローチを彼にとらせた原動力となったのは、やはり1960年代のアメリカにおける人種差別の空気感であり、彼が1963年にアラバマ州バーミンガムの十六番街バプテスト教会で起きた爆破事件(白人至上主義の秘密結社クー・クラックス・クランが黒人排斥を狙ったテロ事件で、4人の黒人少女の命が奪われた)の犠牲者に捧げた『アラバマ』という曲を同年11月にレコーディング(アルバム『ライヴ・アット・バードランド』収録)した延長線上でとらえ直す必要があります。

そこでようやく、彼が“愛”というタイトルと音に込めた“祈り”が、浮かび上がってくるのではないでしょうか。

「ジャズの“名盤”ってナンだ?」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

古澤巌さん

今月の音遊人

今月の音遊人:古澤巌さん「ジャンルを問わず、父が聴かせてくれた音楽が今僕の血肉になっています」

20278views

音楽ライターの眼

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#004 東西の人気者たちが合体して誕生したモダンジャズの傑作~『アート・ペッパー・ミーツ・ザ・リズム・セクション』編

2653views

アコースティックギター「FG9」

楽器探訪 Anothertake

力強さと明瞭さが拓くアコースティックギターの新たな可能性

4631views

楽器のあれこれQ&A

目的別に選ぼう電子ピアノ「クラビノーバ」3シリーズ

5190views

桑原あい

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目の若きジャズピアニスト桑原あいがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

17238views

カッティング・エンジニア

オトノ仕事人

レコードの生命線である音溝を刻む専門家/カッティング・エンジニアの仕事

8753views

ホール自慢を聞きましょう

地域に愛される豊かな音楽体験の場として京葉エリアに誕生した室内楽ホール/浦安音楽ホール

13742views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

8231views

上野学園大学 楽器展示室」- Web音遊人

楽器博物館探訪

伝統を引き継ぐだけでなく、今も進化し続ける古楽器の世界

14793views

われら音遊人

われら音遊人:大学時代の仲間と再結成大人が楽しむカントリー・ポップ

5476views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

もしもあのとき、バイオリンを習っていたら

6583views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

28513views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:若き天才ドラマー川口千里がエレキギターに挑戦!

13870views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

世界中の珍しい楽器が一堂に集まった「浜松市楽器博物館」

37774views

音楽ライターの眼

ラヴェル「ラ・ヴァルス」、ワルツ独り舞台/福間洸太朗ピアノ・コンサート

7350views

西本龍太朗

オトノ仕事人

アーティスト・聴衆・新聞の交点に立つ/音楽記者の仕事

1136views

5 Gravities

われら音遊人

われら音遊人:5つの個性が引き付け合い、多様な音楽性とグルーヴを生み出す

2958views

Disklavier™ ENSPIRE(ディスクラビア エンスパイア)- Web音遊人

楽器探訪 Anothertake

限りなく高い精度で鍵盤とハンマーの動きを計測するヤマハ独自の自動演奏ピアノの技術

29395views

サントリーホール(Web音遊人)

ホール自慢を聞きましょう

クラシック音楽の殿堂として憧れのホールであり続ける/サントリーホール 大ホール

26858views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

だから続けられる!サクソフォンレッスン10年目

5654views

ピアノの地震対策

楽器のあれこれQ&A

いざという時のために!ピアノの地震対策は大丈夫ですか?

52110views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

10530views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

35401views