Web音遊人(みゅーじん)

奥田弦

旅から帰ると“こんな景色を観てきたよ”と大切なピアノに語りかけるんです/奥田弦インタビュー

2011年に10歳という若さでメジャー・デビューを果たし、話題を集めたジャズ・ピアニストの奥田弦。ピアニストとして活躍する一方、舞台やアニメの作曲を手掛けたり、NHKのEテレ「ムジカ・ピッコリーノ」にレギュラー出演したりするなど、幅広い活動を展開してきた。そんな奥田が、4枚目となるアルバム『journey~ジャズピアノ・ストーリー』をリリース。テーマにしているのはタイトルにも込められた“旅”だ。

旅から帰るとピアノに語りかけている

「旅って遠くに行かなくても、お金をかけなくてもできるということに、最近になって気がついたんです。CDショップでジャンルを決めずに目につくアルバムをランダムに買って、聴いて初めて“こんな音楽もあるんだ!”と楽しむ、というのをよくやるんです。音楽と関係のないところでも、たとえば自動販売機で、いつもは飲まないような飲み物をあえて買ってみると、それが意外と美味しい。そういう新しい発見をすることは、知らない場所に行く旅の本質と共通していると思うんです。今回のアルバムには、そういう日々の発見=小さい旅を積み重ねて大人になったよ、という想いを込めました」

このアルバムは奥田のオリジナル曲『プロローグ』で幕を開け、『エピローグ』で締めくくられている。やさしいタッチで奏でられた曲たちには、奥田の経験したことや感情をリスナーに追体験してもらいたいという狙いがあった。
「『プロローグ』は “これから行ってきます”って挨拶をする感じ。『エピローグ』は “こんなことがあったんだよ”って話しかけている感じで弾いています。実際に旅から帰ると、自宅にある大切な人からもらったヤマハのグランドピアノC3に“こんな景色を観てきたよ”って語りかけながら弾いているんです。ピアノは3歳のころからずっとそばにある欠かせないものだし、仲のいい相手とはいろいろ話したいじゃないですか。同じように今回のアルバムでは、聴いてくれる人に向けて“こんなことがあったよ”って話しかけるイメージを意識しました」

セッションは音楽をとおして会話できるのが楽しい

2曲目からは『雨に唄えば』『サマータイム』『枯葉』『ムーンリヴァー』といったスタンダードナンバーがならぶ。デビュー当時、10歳とは思えない卓越したプレイから“天才”と評されたが、22歳となった今の奥田のプレイには、さまざま経験を重ねて培った“おもむき”も感じられる。
「こうしてスタンダードを演奏してみると、昔よりアドリブの幅が広がっているなと思います。成長と言っていいのかはわかりませんが、小さいころよりアイデアが浮かぶようになりました」
アルバムでは奥田のソロ演奏以外に、これまでの活動をとおして知り合った演奏家たちとの競演も収録。普段から仲良くしている人たちとの“想定外”のセッションが楽しかったそうだ。
「セッションって、音楽をとおして会話できるのが楽しいんですよ。バイオリンの水谷晃さんとの『チャルダッシュ』は暴れ馬みたいな演奏で。こっちがしかけてもついてきてくれるし、それ以上のものを返してきてくれるから、僕ものってしまって。ギターの井上銘さんとの『テイク・ファイブ』も、軽く打ち合わせしてすぐに録り始めましたが、回を重ねるごとに演奏が変わっていって、何テイクか録ったけど結局最初のテイクが一番いいねって落ち着きました」
奥田にとって代名詞となっている『ラプソディ・イン・ブルー』でも、東京フィルハーモニー交響楽団を巻き込んでの“想定外”が楽しかったそうだ。
「この曲だけ2022年の収録なので、ボーナストラックとして入れることにしました。曲の聴きどころである“ジャズとクラシックの融合”を自分が演ってみたらどうなるんだろうという想いで演奏したのですが、東京フィルの指揮者の方に“ピアノ・ソロがアドリブだから、いつソロが終わるのかヒヤヒヤする”と言われて。そういった意味では、東京フィルさんにとっても“想定外”の演奏になったんだと思います」

ずっと子どものままで活動している部分がある

そんな楽曲たちのなかで、オリジナル曲『ゲット・オーヴァー』のエネルギッシュな演奏は異才を放っている。そこには独学でピアノを習得した奥田ならではの苦労や、それすらも楽しもうという前向きな人間性が息づいているのだ。
「この曲は“乗り越える”という意味があって、何があっても乗り越えてく力強さを込めているんです。独学でピアノを始めたから、楽譜を読む力を強化しなければいけない場面もありましたし、アニメ『死神坊ちゃんと黒メイド』の劇伴では自分の引き出しにないものを要望されて、それに応えるために、そのジャンルの音楽を何度も繰り返し聴いて作るということもしました。でも、乗り越えたら新しい自分が見えてくるんじゃないかと思えるタイプなので。今回のアルバムでもそういう力強さを入れたくて収録しました」
ポジティブなメッセージが込められたこの楽曲に、奥田のアーティストとしての確かな成長を感じることができる。しかし意外にも、彼自身は“アーティストであること”にはあまりこだわりを持っていないようなのだ。
「デビューした当時は木登りばかりしていて、親にも“コンサート一週間前なのに木登りするから困る”ってよく言われていましたが、あれから十数年経った今、アーティストである自覚があるかというと、実はそんなになくて。何かを表現するのがアーティストだと思うんですけど、まだ自分はそこまで深く考えてないというか……それよりも“ここに、この音があったら楽しいんじゃないか”とシンプルに音を楽しんでいる感じなんです。だから今も、子どものころと変わらない心境で活動している部分がありますね」
多彩な活動を繰り広げながらも、気負うことなく、シンプルに音楽を楽しんでいる。そんな彼を羨ましいと思う。だから『journey~ジャズピアノ・ストーリー』の表情豊かなピアノ=奥田弦との会話を、もっともっと楽しんでみよう。そうすることで心が刺激されて、僕らも音楽を、日常をもっと楽しめるようになれる気がする。

■『journey~ジャズピアノ・ストーリー』

奥田弦
発売元:キングレコード
発売日:2024年3月27日
料金(税込):3,300円
詳細はこちら

facebook

twitter

特集

林英哲

今月の音遊人

今月の音遊人:林英哲さん「感情までを揺り動かす太鼓の力は、民族や国が違っても通じるものなんです」

2143views

音楽ライターの眼

現代ブルースを担うギタリスト、ティンズリー・エリスがニュー・アルバム『Devil May Care』を発表

3692views

楽器探訪 Anothertake

改めて考える エレクトーンってどんな楽器?

130730views

大人のピアニカ

楽器のあれこれQ&A

「大人のピアニカ」の“大人”な特徴を教えて!

2911views

ぱんだウインドオーケストラの精鋭たちがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ぱんだウインドオーケストラの精鋭たちがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

13269views

オトノ仕事人

テレビ番組の映像にBGMや効果音をつけて演出をする音の専門家/音響効果の仕事

2156views

札幌コンサートホールKitara - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

あたたかみのあるデザインと音響を両立した、北海道を代表する音楽の殿堂/札幌コンサートホールKitara 大ホール

17713views

東京文化会館

こどもと楽しむMusicナビ

はじめの一歩。大人気の体験型プログラムで子どもと音楽を楽しもう/東京文化会館『ミュージック・ワークショップ』

7405views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

見るだけでなく、楽器の音を聴くこともできる!

13770views

われら音遊人:「非日常」の充実感が 活動の原動力!

われら音遊人

われら音遊人:「非日常」の充実感が活動の原動力!

7970views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

だから続けられる!サクソフォンレッスン10年目

4812views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

25060views

世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

7600views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

世界中の珍しい楽器が一堂に集まった「浜松市楽器博物館」

30467views

音楽ライターの眼

だんだんと熱気を帯びてドラマチックに/三浦文彰 ブラームス:バイオリン・ソナタ・リサイタル-清水和音(ピアノ)を迎えて-

1335views

オトノ仕事人

音楽フェスのブッキングや制作をディレクションする/イベントディレクターの仕事

12861views

ギグリーマン

われら音遊人

われら音遊人:誰もが聴いたことがあるヒット曲でライブに来たすべての人を笑顔に

2028views

楽器探訪 Anothertake

空間を包み込む豊かな響き「フリューゲルホルン」

4290views

水戸市民会館

ホール自慢を聞きましょう

茨城県最大の2,000席を有するホールを備えた、人と文化の交流拠点が誕生/水戸市民会館 グロービスホール(大ホール)

4764views

サクソフォン、そろそろ「テイク・ファイブ」に挑戦しようか、なんて思ってはいるのですが

パイドパイパー・ダイアリー

サクソフォンをはじめて10年、目標の「テイク・ファイブ」は近いか、遠いのか……。

8111views

ピアノの地震対策

楽器のあれこれQ&A

いざという時のために!ピアノの地震対策は大丈夫ですか?

41334views

東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

こどもと楽しむMusicナビ

子ども向けだからといって音楽に妥協は一切しません!/東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

10672views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

29672views