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マーク・ノップラー

マーク・ノップラーが新作『One Deep River』を発表。ギターにテレビにチャリティに大忙しの74歳

マーク・ノップラーが2024年4月、ニュー・アルバム『One Deep River』を発表した。

ダイアー・ストレイツで爆発的なヒット

1978年にダイアー・ストレイツのギタリスト/シンガー/ソングライターとしてデビュー。パンク・ロック旋風が吹き荒れるイギリスにおいて、マークの乾いたギターの音色と素朴なヴォーカルは新鮮な驚きをもって迎えられ、ファースト・シングル『悲しきサルタン』はイギリス、ヨーロッパ、アメリカ、オーストラリアで大ヒットした。デビューがやや遅かったのと(とはいっても29歳)“渋め”のロック・サウンド、飾りのないヴィジュアル、うらぶれた酒場でプレイするバンド“サルタンズ・オブ・スウィング”を描いた歌詞などは無闇に若さを売りにすることがなく、彼らはアダルト層の音楽リスナーからも絶大な支持を得ている。

ダイアー・ストレイツとマークの才能はファンのみならず、世界の第一線級ロック・アーティストからも注目された。ボブ・ディランは『スロー・トレイン・カミング』(1979)で彼をギタリストとして起用しているし、エリック・クラプトンは1979年の日本公演で彼の『セッティング・ミー・アップ』をカヴァー(アルバム『ジャスト・ワン・ナイト〜エリック・クラプトン・ライヴ・アット武道館』に収録)。シン・リジィのフィル・ライノットはソロ作『ソーホー街にて』(1980)の『キングズ・コールに捧ぐ』で彼をフィーチュアしている。

それからもコンスタントにヒットを飛ばしてきたダイアー・ストレイツだが、アルバム『ブラザーズ・イン・アームズ』(1985)が世界で3,000万枚という爆発的なヒットを記録する。その成功は『君にさよなら So Far Away』『マネー・フォー・ナッシング』『ウォーク・オブ・ライフ』など珠玉の名曲が収録されていることも理由だったが、1980年代という時代の追い風を得たことも大きかった。

まず、1981年に開局した音楽ビデオ専門テレビ局MTVの大躍進である。決して若いイケメンとは言い難いダイアー・ストレイツだったが、それを逆手にとって『マネー・フォー・ナッシング』では「イヤリングとメイクのオカマ野郎を見てみろよ、あれは自前の髪の毛なんだぜ」とヴィジュアル重視のアーティストを揶揄。当時としては斬新だったCGを使ったユーモラスなミュージック・ビデオがキャッチーなコーラスと相乗効果を成してヒットに繋がった。

さらにアルバム発売の2か月後、1985年7月には空前のライヴ・イベント“ライヴ・エイド”が開催。ダイアー・ストレイツも衛星中継で世界の音楽ファンに素晴らしいライヴを披露、その人気をさらに高めている。

もうひとつ、コンパクト・ディスク(CD)の誕生も要因だった。1982年に市販されたCDは名前通りコンパクトに持ち運びが出来て扱いやすく、アナログ・レコード盤のようなパチパチノイズが発生しないなどの利便性で、一気に普及していく。レコード会社の“ヴァーティゴ”の親会社である“フィリップス”が自社のCDプレイヤーの販促に『ブラザーズ・イン・アームズ』を“抱き合わせ”販売することもヨーロッパ市場ではあったそうで、同作はCD史上初めて100万枚を突破するベストセラーとなった。

ソロ・アーティストとしての円熟

だがこの後、ダイアー・ストレイツはペースを落とし、1992年のワールド・ツアーの後に活動休止に入る。2002年、筆者(山﨑)とのインタビューで、マークはバンドが眠りについたことについてこう説明してくれた。

「ダイアー・ストレイツは本来あるべき姿よりも大きくなり過ぎてしまった。世界中を2年間もかけてツアーしたりね。ソロでやる方が好きなことをできるし、アルバム作りもずっと速いし、私に向いてると思う。私はオールド・ファッションで、音楽を作って、ギターを弾いて、歌うだけで満足なんだ」

それからマークはソロ・キャリアを開始。『ゴールデン・ハート』(1996)から一貫して、ドライなギターの鳴りと温かみのあるヴォーカル、イングランド北部の寒空とアメリカの広大な大地が交錯する円熟のサウンドで魅了してきた。時にエミルー・ハリスとの共演作や映画サウンドトラックなど目先を変えながらも、コンスタントに発表されるアルバムはいずれも基本路線は同様で、イギリス・ヨーロッパでヒット・チャートの上位にランクインしている。

『One Deep River』もまた過去作と同様、高いクオリティのギター&シンガー・ソングライター・アルバムだ。マーク自身の身辺雑記的なことから若き日の愛する人との別離を歌った『Watch Me Gone』(ボブ・ディランやヴァン・モリスンへの言及もある)、1923年にオレゴン州で列車強盗事件を描いた『Tunnel 13』など多彩な題材が取り上げられており、マンネリに陥ることのない、鮮度の高い楽曲の数々には溜息が出る。ダイアー・ストレイツ時代と較べると派手さに欠けるが、オールド・ファンから新規リスナーまで満足させる本作は全英チャートで初登場3位という高ポジションを獲得した。

マークは本作に伴う海外メディアとのインタビューで、こう語っている。

「歳を取ると時間が経つのが速くなる。少年時代の物理の授業なんて何年もの長さに感じたけど、最近では年1回の定期検診の案内が来ると『こないだ受けたばかりだろ?』と思ってしまう」

そんな感覚は思い当たる方もいらっしゃると思われるが(筆者もそんな1人だ)マークの場合、それは年齢によるものよりも、その活動が精力的で、本当に忙しいということがある。

「4台のバスが同時にやって来た気分」の忙しさ

アルバムに続いて、彼は2024年5月にEP『The Boy』を発表している。“レコード・ストア・デイ”に限定アナログ盤がリリースされた本作は全4曲、すべてアルバム未収録の新曲。どの曲も『One Deep River』と較べて何ら遜色ない出来映えで、アルバム本編を聴いた後の“アンコール”として楽しむことが可能だ。

また、彼は十代の癌患者の治療と支援を目的とするチャリティ団体“ティーンエイジ・キャンサー・トラスト”と“ティーン・キャンサー・アメリカ”の運営活動資金を募るべく、シングル『ゴーイング・ホーム』をリリースしている。映画『ローカル・ヒーロー』(1983)に提供したテーマ曲をセルフ・カヴァーするこのヴァージョンには、世界のトップ・ギタリスト達がゲスト参加。ジェフ・ベック、エリック・クラプトン、ブルース・スプリングスティーン、スーザン・テデスキ&デレク・トラックス、トニー・アイオミ、スティーヴ・ヴァイ、トム・モレロ、デュエイン・エディ、日本から灰野敬二などなど、総勢約60人がプレイする超豪華な内容となっている。


Mark Knopfler’s Guitar Heroes – Going Home (Theme From Local Hero)(Official Video)

さらに彼はAC/DCのブライアン・ジョンソンと共同司会を務めるテレビ番組『Johnson and Knopfler’s Music Legends』を4月から英“スカイ・アーツ”チャンネルでスタート。スコットランドのグラスゴー生まれのマークだが育ったのはニューカッスルで、ブライアンとはほぼ“同郷”となる。ウェブで予告編映像が公開されているが、ジョーディー(イングランド北部)訛りと親しみやすい笑顔で、この2人が合わせて3億枚以上のアルバム・セールスを記録しているスーパースターとはにわかには信じられないほどだ。

1940年生まれの74歳にして、そんな多忙ぶりに「4台のバスが同時にやって来た気分だよ」と笑うマーク。ここしばらく日本を訪れていない彼だが、ぜひまたその枯れた味わいのギターを堪能させてもらいたいものである。

■アルバム『One Deep River』

アルバム『One Deep River』

発売元:ユニバーサル ミュージック合同会社(輸入盤)
発売日:2024年4月

詳細はこちら
公式ウェブサイト

山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
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