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今月の音遊人:神保彰さん「音楽によって、人生に大きな広がりを獲得できたと思います」
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『恐怖の報酬』とその音楽/ジョルジュ・オーリック、タンジェリン・ドリーム、エリック・セラ
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2024.5.30
2024年3月、Netflixで映画『恐怖の報酬』が配信開始となった。
ジョルジュ・アルノーの小説を原作とする『恐怖の報酬』は1953年、1977年に続いて3度目の映画化。油井の火事を鎮火するべく、ニトログリセリンを積んだトラックで被災地に向かうというストーリーの根幹は共通しているものの、設定やキャラクター、ディテールなどは異なっている。そして、それぞれの音楽もまた、作品に異なった個性と色彩をもたらしている。
1953年版の音楽を手がけたのはジョルジュ・オーリックだ。パリ音楽院でエリック・サティやジャン・コクトーと交流してきた彼だが、映画音楽では『赤い風車』(1952)の『ムーランルージュの歌』がムード音楽のスタンダードとして有名で、オーリックの名前を知らなくても店内BGMなどで馴染みがあるだろう。それ以外にも『ローマの休日』(1953)『悲しみよこんにちは』(1957)などのテーマ曲はよく知られている。
1930年代から1960年代まで数多くの映画音楽を手がけてきた彼にとって『恐怖の報酬』がベスト・ワークに挙げられることは希だが、オープニング・テーマ曲で聴かれる南米の異国情緒と来たるべき苦難を予見する不吉なサウンドは、作品全体の空気を決定づけるインパクトを持っている。
ただ、本作は音楽をあまり使わず緊張感を高めていく作風のため、“音楽的”な作品ではなく、「恐怖の報酬・愛のテーマ」「恐怖の報酬・マリオとルイジのテーマ」などはない。それでもこのテーマ曲は、オーリックの最高傑作の数々と肩を並べるできばえだ。
『エクソシスト』(1973)のウィリアム・フリードキン監督と『ジョーズ』(1975)のロイ・シャイダー主演という、当時世界最大級のヒットメイカーが揃った『恐怖の報酬』で音楽担当として起用されたのはドイツのエレクトロニック・ロック・グループ、タンジェリン・ドリームだった。
1974年、フリードキンは『エクソシスト』のプロモーションでヨーロッパを訪れていたが、フランクフルトで映画会社のスタッフから勧められて、“黒い森”にある廃教会で行われたタンジェリン・ドリームを観に行って「これだ!」と確信したと、インタビューで語っている。
この時期のタンジェリン・ドリームは新興レーベル“ヴァージン・レコーズ”と契約、『フェードラ』(1975)『ルビコン』(1976)が全英チャートでヒットするなど売り出し中だったが、アメリカ市場ではまったく知られていなかった。そんな彼らを抜擢したのはかなりの大英断だったといえる。
ただ、そんな“伝説”には若干の疑義が残る。ドイツのフランクフルトからシュヴァルツヴァルト(黒い森)といえば最短距離でも50キロほどあり、たとえ「深夜零時からのライヴ」だったとしても、わざわざ行くには遠かったのではなかろうか。また、『エクソシスト』で同じ“ヴァージン・レコーズ”所属のマイク・オールドフィールドの『チューブラー・ベルズ』が使われ、彼を世界的なスーパースターへと押し上げたことを考えると、その第2弾としてタンジェリン・ドリームに白羽の矢が立ったのではないかとも思える。「1日取材をこなして、ふと訪れた“黒い森”の教会でライヴを観て惚れ込んだ」というのはドラマチック過ぎないか?という気もするが、フリードキン自身がそう主張し続け、ニコラス・ウィンディング・レフンとのインタビューでもそう語っているため、信じるしかないだろう。
そして本作の音楽は、そんな“伝説”に相応しい充実したものだ。まだ撮影が終わっておらず、脚本だけを読んで曲を書いただけあり、映像に引っ張られることのない“タンジェリン・ドリームのアルバム”として楽しむことができる。ひんやりしたエレクトロニックなサウンドやビートが映画と相乗効果を成し、フリードキンも「もっと早く出会っていたら『エクソシスト』でも一緒にやりたかった」と語るケミストリーを生み出している。
本作を経て、タンジェリン・ドリームはたびたび映画音楽を手がけるようになり、『ザ・キープ』(1983)『炎の少女チャーリー』(1984)『レジェンド/光と闇の伝説』(1985)などの大作にも起用されるようになった。
ちなみにこのアメリカ版『恐怖の報酬』のオリジナル題は『Sorcerer』。「リメイクではなく新しい作品」という意味合いでこのタイトルが冠されたが、マイルス・デイヴィスの『魔術師 Sorcerer』(1967)からヒントを得たものだという。
過去2作が南米を舞台にしていたのを中東に置き換え、トラック輸送メンバーに女性を入れるなど、“新時代の『恐怖の報酬』”を前面に押し出してきた2024年版。民兵やゲリラとの銃撃戦や、カーチェイスで追跡してくる敵の車にニトロの瓶を投げつけて爆発させるなど大雑把なところもあるが、そんな起伏に富んだ作風を踏まえた音楽をエリック・セラが手がけている。
リュック・ベッソン監督の相棒として『グラン・ブルー』(1988)『レオン』『ニキータ』(1990)『フィフス・エレメント』(1997)の音楽を手がけてきたセラは、こう語っている。
「自分のエゴは必要ない。シーンとエモーションに合った曲を書くのが私の仕事だ」
本作では後世に残るようなテーマ曲はないものの、ダイナミックなシーンをより激しく、感動シーンをより感動的にする音楽はまさに観客のエモーションを盛り上げるものだ。
すべての楽器とプログラミングをセラ自身(とアシスタントのミッケルス・レア)が手がけているため、生オーケストラなどは使われていない。かつてマハヴィシュヌ・オーケストラなどのジャズ・ロックに熱狂、2024年3月の来日ライヴにはマグマのツアー・メンバーを帯同するなど、プログレッシヴなロックと関わりの深いセラゆえ、エレクトロニックなパートは1977年版のタンジェリン・ドリームを意識したのでは?とも思える箇所があるのも興味深い。映像と切り離すことができないスコアだが、さまざまな工夫が凝らされているのがさすがだ。
時代と呼応しながら変化を遂げてきた『恐怖の報酬』。その音楽もまた、3作3様の異なる表情を持ったものだ。危険なミッションに挑む人間たちの関係を描いたテーマは、時代を超えて我々の心を揺さぶる。いずれきっと、4回目の映画化が実現するだろう。そのとき映画館ではどんな音楽が鳴り響くのか。見届けたいものである。
配信元:Netflix
山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
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文/ 山崎智之
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tagged: 音楽ライターの眼, エリック・セラ, 恐怖の報酬
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