Web音遊人(みゅーじん)

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#042 BGMに芸術性と大衆性を共存させた確信犯的カヴァー集~ウェス・モンゴメリー『ア・デイ・イン・ザ・ライフ』編

それにしても、酷いアルバム・ジャケットです。

現在であれば、健康や環境への“警鐘”という社会的な意義を漂わせるといった“言い訳”ができるかもしれませんが、不快感を喚起するであろうことが予想される写真(=デザイン)をエンタテインメントの世界で採用するということは、勇気が必要な決断だったに違いありません。

果たしてこのジャケット写真は、アルバムの内容に関係しているのかいないのか、はたまた別の意味が隠されているのか……。

発表から半世紀以上を経たいま、改めて問い直してみましょう。


A Day In The Life

アルバム概要

1967年6月にアメリカのスタジオでレコーディングされた作品です。

オリジナルはLP盤でリリースされ、A面5曲B面5曲の合計10曲を収録。同曲数同曲順でのみCD化されています。

メンバーは、ギターがウェス・モンゴメリー、ピアノがハービー・ハンコック、ベースがロン・カーター、ドラムスがグラディ・テイト、パーカッションがレイ・バレットとジャック・ジェニングスとジョー・ウォーレッツ。ほかに管弦楽団が起用され、アレンジと指揮をドン・セベスキーが担当しています。

収録曲は、1曲(『エンジェル』)を除いてカヴァー曲で、なかでも『ア・デイ・イン・ザ・ライフ』『エリナー・リグビー』の2曲はビートルズのオリジナル。前者は1967年6月リリースのアルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』収録、後者は1966年8月に『イエロー・サブマリン』との両A面シングルとしてリリース(同日発売のアルバム『リボルバー』にも収録)と、いずれも1年以内に世界的ヒットとなったロックの楽曲をいち早くセレクトしています。

“名盤”の理由

ウェス・モンゴメリーといえば、押しも押されもせぬジャズ・ギターのジャイアント。

ギター・ピック代わりに親指の腹を使うサム・ピック奏法や、原音と8度の音のポジションを2本の指で押さえて発音するオクターヴ奏法など、超絶技巧を駆使しながらブルース・フィーリングあふれる表現でジャズ・ファンを魅了していました。

ところが、1960年代前半にヴァーヴ・レコードへ移籍すると、クリード・テイラーのプロデュースのもとで方針を大転換。ポップなインストゥルメンタル路線を突っ走ることになります。

その集大成ともいえるのが本作で、音楽業界誌「ビルボード」の1967年のジャズ・アルバム・チャートでは首位を飾り、全米チャートでも11位を記録するほどの大ヒット作となりました。

いま聴くべきポイント

ビートルズが事実上の解散をしたのは1970年4月10日。

小学校高学年だったボクは、自分専用のトランジスタ・ラジオを手に入れて洋楽のチャート紹介番組を聴き始めたばかりのころで、それほどビートルズに惹かれたという記憶はありません。

どちらかといえば、サイモン&ガーファンクルの『明日に架ける橋』やカーペンターズの『遙かなる影』なんかのほうが取っつきやすいと思っていました。

ビートルズも、『レット・イット・ビー』や『ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード』あたりはハードルが低かったものの、アルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』や『リボルバー』を買ってまで聴きたいとは思わなかった……。

とはいえ、父親にねだって(なぜかウチにあったオーディオで再生できた)8トラック・テープ(通称“8トラ”=ハットラ)の誰が演奏しているのかわからないインストのビートルズ・ベストを買ってもらって聴いていたことを思い出しました。

中学生になると、“赤盤”と呼ばれた2枚組ベストアルバム『ザ・ビートルズ1962年~1966年』(1973年リリース)をもっている人が周囲には何人かいたのですが、そうした派閥には与せず、ボクはハード・ロックからプログレッシヴ・ロック、そしてジャズの沼へと落ちていくことになります……。

閑話休題。ボクが“赤盤”を“ポピュラー・ロックの象徴”のようにとらえて避けたように、当時のジャズ界でも本作は(絶大な売上を記録したにもかかわらず)評価が低かったと思います。

それは、本作が“イージー・リスニング・ジャズ”と呼ばれたことにも表われているのではないでしょうか(アメリカでの批評で“背景音楽=バック・グラウンド・ミュージック=BGM”という言葉も使われています)。ジャズは難しくて高尚なものなのだから、“イージー”であることは価値が劣るという認識があったことをうかがわせますね。

ところが、そうした風潮をあざ笑うかのように本作は広く受け入れられたわけです。

イージーだろうがバック・グラウンドだろうが「いいものはいい」と──。

ジャズのサブ・ジャンルの枠とリスナーの裾野を広げた本作は、やっぱり“名盤”になるべくしてなったのだなぁと思います。

あっ、ジャケット写真とアルバムの内容についての考察は、また改めて。

「ジャズの“名盤”ってナンだ?」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

宮本笑里

今月の音遊人

今月の音遊人:宮本笑里さん「あの一音目を聴いただけで、救われた気持ちになりました」

9515views

音楽ライターの眼

連載16[多様性とジャズ]人種統合施策の歴史的事件をテーマにした『フォーバス知事の寓話』

1400views

Venova(ヴェノーヴァ)

楽器探訪 Anothertake

やさしい指使いと豊かな音色を両立させた、「分岐管」と「蛇行管」

1views

楽器のあれこれQ&A

初心者必見!トランペットをうまく鳴らすコツと練習方法

125655views

【動画公開中】沖縄民謡アーティスト上間綾乃がバイオリンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】沖縄民謡アーティスト上間綾乃がバイオリンに挑戦!

9399views

鬼久保美帆

オトノ仕事人

音楽番組の方向性や出演者を決定し、全体の指揮を執る総合責任者/音楽番組プロデューサーの仕事

2685views

サラマンカホール(Web音遊人)

ホール自慢を聞きましょう

まるでヨーロッパの教会にいるような雰囲気に包まれるクラシック音楽専用ホール/サラマンカホール

21604views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

9054views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

10359views

われら音遊人

われら音遊人:みんなの灯をひとつに集め、大きく照らす

5856views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.8 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

初心者も経験者も関係ない、みんなで音を出しているだけで楽しいんです!

5902views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

30894views

ぱんだウインドオーケストラの精鋭たちがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ぱんだウインドオーケストラの精鋭たちがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

13622views

上野学園大学 楽器展示室」- Web音遊人

楽器博物館探訪

伝統を引き継ぐだけでなく、今も進化し続ける古楽器の世界

13188views

サンタナ

音楽ライターの眼

サンタナ、スピリチュアルな旅路の出発地。『キャラバンサライ』50周年エディション発売

2244views

オトノ仕事人 ボイストレーナー

オトノ仕事人

歌うときは、体全部が楽器となるように/ボイストレーナーの仕事(前編)

25603views

われら音遊人:年齢も職業も超えた仲間が集う 結成30年のビッグバンド

われら音遊人

われら音遊人:年齢も職業も超えた仲間が集う、結成30年のビッグバンド

9853views

クラビノーバ「CSPシリーズ」

楽器探訪 Anothertake

これまでピアノを諦めていた多くの人を救う楽器。楽譜作成・鍵盤ガイド機能が付いた電子ピアノ/クラビノーバ「CSPシリーズ」

22011views

HAKUJU HALL(白寿ホール)

ホール自慢を聞きましょう

心身ともにリラックスできる贅沢な音楽空間/Hakuju Hall(ハクジュホール)

23233views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

大人の音楽レッスン、わたし、これでも10年つづけています!

7252views

楽器のあれこれQ&A

ドラムの初心者におすすめの練習方法や手が疲れないコツ

11173views

こどもと楽しむMusicナビ

“アートなイキモノ”に触れるオーケストラ・コンサート&ワークショップ/子どもたちと芸術家の出あう街

7055views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

30894views