Web音遊人(みゅーじん)

稲垣吾郎

ベートーヴェン──作曲家の苦悩と歓喜、演劇と音楽が交わる舞台『No.9 -不滅の旋律-』4度目の上演/稲垣吾郎インタビュー

稲垣吾郎のベートーヴェンが、帰ってくる。作曲家・ベートーヴェンの半生を描く舞台『No.9 -不滅の旋律-』が2024年冬、4度目の上演を迎える。
本作は、主演の稲垣をはじめとする出演者たちの熱演、ピアニストによる生演奏が組み込まれた演出など、舞台ならではの方法でベートーヴェンにアプローチし、反響を呼んでいる。前回公演から4年を経て、フレッシュな気持ちで『No.9』に臨む稲垣に、本作への思い、ベートーヴェンという役の魅力を聞いた。

自分なりのベートーヴェンが生まれてきた

生前の膨大な資料や、研究の積み重ねもあって、ベートーヴェンはユニークな逸話に事欠かない。稲垣は、その中でも“ハイリゲンシュタットの遺書”が印象的だと言う。
「耳が聴こえなくなるのは音楽家にとって絶望的なことなので、まわりの人は遺書だと捉えたのかもしれませんが、彼が過去の自分と決別し、生涯をかけて自分の音楽を作っていく決意をしたのが、あの遺書だったのではないかと僕は思います。オーストリアのウィーンを訪れて実物を見たときは、彼の気配のようなものを感じました」
ベートーヴェンの音楽の素晴らしさに触れていたい、その魅力を伝えたい──稲垣が語ることばは、その一つひとつが作曲家へのリスペクトと親しみにあふれていた。
「エピソードを読んでいると、人間臭くてつかみどころがない一方、チャーミングでもある。他人から煙たがられても、家族や異性、そして音楽に対して正直すぎて、裏表がない。普通、人間ってそんなにむき出しになれないですよね。もちろん断片的なエピソードだけでは本当はどんな人だったかはわからないし、作品によって解釈や描かれ方も異なるけれど、僕もそんなふうに生きられたら、と憧れるところがあります」
自分とはまったく異なるキャラクターだからこそ、“こんな側面が自分にもあるのかも”と楽しめる。『No.9』の初演からライフワークのように向き合ってきたベートーヴェンには、敬意だけでなく愛着も芽生えてきている。
「『No.9』の上演は、今回の興行中に100回を迎えます。白井晃さんの演出、中島かずきさんの脚本に添いつつ、ときには自分にも引き寄せながら演じてきたことで、自分なりのベートーヴェンが生まれてきたように思います」

稲垣吾郎

『第12番』のピアノ・ソナタを口ずさみながら

名手によるピアノ・ソナタの生演奏が組み込まれた演出も、『No.9』の醍醐味のひとつだ。稲垣はベートーヴェン作品の中でもピアノ・ソナタ、とりわけ『第12番』が好きとのことで、そのメロディを口ずさみながら語ってくれた。
「べートーヴェンの作品は“本当にひとりの作曲家が作ったの?”と疑うくらい、それぞれ表情が違います。『第30番』のピアノ・ソナタのように繊細で穏やかな曲があるかと思えば、『交響曲第5番』のような激しい音楽もある。交響曲もみんなキャラクターが違うし、後期のピアノ・ソナタは現代的な響きすらあります」
『No.9』の劇中で演奏されるピアノ・ソナタはおよそ30曲。稲垣がお気に入りの『第12番』も、もちろん登場する。ピアニストは前回に引き続き、末永匡と梅田智也。そしてヤマハのピアノが、演奏者たちの心強いパートナーとなる。舞台上で間近に聴こえてくるピアノ演奏は、俳優たちにどんな影響を与えるのだろうか。
「最高です。ピアニストのおふたりもベートーヴェンになりきって、一緒に演じているような感覚です。とくに『第30番』は優しい響きに染み入るようで……ベートーヴェンのもっとも繊細な部分に触れられる気がします。観ている人も、きっと同じ感覚を共有できるはずです」
ふだんもベートーヴェンのピアノ・ソナタやバイオリン協奏曲を聴くことがあるという稲垣。その音楽の魅力を、どのように捉えているのか、あらためて聞いてみた。
「エンターテインメントや音楽、文学は、時代とともに受け止め方が変わってきます。そんな中、流行り廃りもなく、いつの時代も人に影響を与え続け、今の音楽のベースにもなっている。時を超えて、これほどまでに人々に愛され続ける音楽というのは、すごいですよね」

稲垣吾郎

『No.9』はこれからも続いていく

本作の演出を手がけている白井について、稲垣は「ご自身がベートーヴェンみたいです」と微笑む。
「僕だったら諦めてしまうようなことを、何が何でも諦めない。本当に徹底していて、そのエネルギーからいつも影響を受けています。『No.9』の選曲にあたっては、白井さん自らベートーヴェンのピアノ・ソナタを全曲聴いて、それぞれのシーンに当てはまる作品を選んだそうです」
その白井から、本作に向けた熱いメッセージが届いている。
「ベートーヴェンが残した楽曲の持つ力は計り知れません。その楽曲に宿った魂に迫るための冒険をわたしたちはこれまでも繰り返してきました。この作品は、継続して上演する運命にあると思っています。今回の上演は、まだ通過点。この通過点を皆さんに見守っていただきたいと、心から願っております」
演劇作品として、そして天才作曲家に迫る舞台として。ベートーヴェンの音楽が演奏され続けるように、『No.9』も繰り返し上演されていくのかもしれない。
「同じ舞台でも、時代が移って、観る人の心が変われば、また新しい作品になっていく。自分なりに作ってきたベートーヴェンが、正解なのかはわかりません。でも、お客さんが舞台を見終わって喜んでくれる、それが一番大切なこと。最後は『交響曲第9番』を聴いて、感動していただけたらうれしいです」(稲垣)
『交響曲第9番』の初演から200年目を迎える2024年。節目となるタイミングに、『No.9』のステージで披露される魂の「第九」に心を震わせてみてはいかがだろうか。

稲垣吾郎

■舞台『No.9 -不滅の旋律-』

出演:稲垣吾郎、剛力彩芽、末永 匡(ピアノ)、梅田智也(ピアノ)ほか
演出:白井 晃 脚本:中島かずき(劇団☆新感線) 音楽監督:三宅 純
2024年公演:
12月21日(土)~12月31日(火)東京・東京国際フォーラム ホールC
2025年公演:
1月11日(土)~1月12日(日)福岡・久留米シティプラザ
1月18日(土)~1月20日(月)大阪・オリックス劇場
2月1日(土)~2月2日(日)静岡・アクトシティ浜松 大ホール
オフィシャルサイトはこちら

オフィシャルX(旧Twitter)

photo/ 後藤泰宏

本ウェブサイト上に掲載されている文章・画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。

facebook

twitter

特集

今月の音遊人:仲道郁代さん「多様性こそが音楽の素晴らしさ、私自身もまだまだ変化していきます」

今月の音遊人

今月の音遊人:仲道郁代さん「多様性こそが音楽の素晴らしさ、私自身もまだまだ変化していきます」

10861views

音楽ライターの眼

連載6[多様性とジャズ]“歌”と“楽器”の関係をたどってみることでジャズを見直したら……

2008views

楽器探訪 Anothertake

おしゃれで弾きやすい!新感覚のアコースティックギター「STORIA」

47921views

楽器のあれこれQ&A

いつも清潔にしておきたい!ピアニカのお手入れ、お掃除方法

313320views

ぱんだウインドオーケストラの精鋭たちがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ぱんだウインドオーケストラの精鋭たちがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

13558views

ステージマネージャーの仕事 - Web音遊人

オトノ仕事人

オーケストラのステージの“演奏以外のすべて”を支える/オーケストラのステージマネージャーの仕事(前編)

43345views

サラマンカホール(Web音遊人)

ホール自慢を聞きましょう

まるでヨーロッパの教会にいるような雰囲気に包まれるクラシック音楽専用ホール/サラマンカホール

21488views

Kitaraあ・ら・かると

こどもと楽しむMusicナビ

子どもも大人も楽しめるコンサート&イベントが盛りだくさん。ピクニック気分で出かけよう!/Kitaraあ・ら・かると

6206views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

歴史的価値の高い鍵盤楽器が並ぶ「民音音楽博物館」

24498views

ゲッゲロゾリステン

われら音遊人

われら音遊人:“ルールを作らない”ことが楽しく音楽を続ける秘訣

1787views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.3

パイドパイパー・ダイアリー

人生の最大の謎について、わたしも教室で考えた

5337views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

25553views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:和洋折衷のユニット竜馬四重奏がアルトヴェノーヴァのレッスンを初体験!

4884views

上野学園大学 楽器展示室

楽器博物館探訪

日本に一台しかない初期のピアノ、タンゲンテンフリューゲルを所有する「上野学園 楽器展示室」

20030views

ピート・ファイン&ザ・フロウ

音楽ライターの眼

幻の摩天楼ヘヴィ・サイケが蘇る。ピート・ファイン&ザ・フロウ

1591views

ステージマネージャーの仕事 - Web音遊人

オトノ仕事人

ステージマネージャーひと筋に、楽員とともにハーモニーを奏で続ける/オーケストラのステージマネージャーの仕事(後編)

17719views

われら音遊人

われら音遊人:ママ友同士で結成し、はや30年!音楽の楽しさをわかちあう

5091views

“音を使って音楽を作る”音楽の冒険を「ELC-02」で

楽器探訪 Anothertake

音楽を楽しむ気持ちに届ける「ELC-02」のデザインと機能

8644views

ホール自慢を聞きましょう

歴史ある“不死鳥の街”から新時代の芸術文化を発信/フェニーチェ堺

8773views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

もしもあのとき、バイオリンを習っていたら

5743views

これからアコースティックギターを始める際のギターの選び方や準備について

楽器のあれこれQ&A

これからアコースティックギターを始める際のギターの選び方や準備について

17246views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

6926views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

30731views